コンコンと病室をノックする音にどうぞ、と返事をすればその扉はそろりと開かれた。
何年ぶりだろうか、そこには以前と変わらぬ姿のままの彼がいた。
「病気もしてみるものね」
「馬鹿な事言うなよ」
自然と上がる口角、久しぶりにちゃんと笑えた気がする。
「貴方って変わらないのね」
ゆっくりとベッドへの近付き立ち止まった彼に病室に備え付けの椅子に座るよう促せば彼はそれに素直に従った。
最後に会ってからどのくらいだろうか。
もうそれを思い出せない程時が経った。
それでも何年経っても彼の顔だけは忘れた事がなかった。
「名前も変わってない、ずっと、昔と変わらず綺麗なままだ」
彼はそう言って私のしわくちゃになった手を取り両手で包み込んだ。
やはりその手は変わらず綺麗なままで。
「中身は変わったみたい。貴方の口から綺麗だ、なんて言われたの初めてよ」
「当たり前だろ。俺も名前と同い年なんだから」
あの箱庭から巣立ってから数年目までは彼は年に何度か顔を見せてくれていた。
その度に沢山話をして、デュエルをして、その瞬間だけは私も目一杯子供に戻ったような感覚で。
楽しかった、本当に。
でもいつからかそれはなくなって。
友人の誰に聞いても彼とは長い間会っていない、と。
もしかして何かあったのではないか、病気や怪我で動けないのではないか、最悪の事態になっているのではないかと心配していた。
だがそれから暫くして一枚の手紙が届いた事でその不安は一先ず杞憂に終わる。
その手紙の差出人は十代だった。
封を開けば中に入っていたのは写真が一枚入っているだけだった。
そこに写っていたのは彼の写真などではないどこか異国の風景、彼は今ここにいるのだろうかと考えながら写真を裏返せばそこには写真を撮ったであろう日付けと街の名前らしきものが書いてあった。
手紙なんて彼らしくないと思いはしたがこの飾り気のない手紙が彼が元気だという事を知らせてくらた。
その手紙は年に数回届くようになった。
だがその手紙が届くようになってから今日まで私の前に彼が現れる日は無かった。
「貴方からの手紙に返事を出したかったのに結局一度も出せなかったわ。
だって貴方ってば世界中飛び回っているんですもの」
「...悪い」
十代私の手を強く握ったまま項垂れて自身の額を手に押し付けた。
今どんな顔をしているのか、見えなくたって私にもそれくらい分かってしまい少し申し訳ない気持ちになった。
「いやね、本気で責めているわけじゃないのよ。
だから落ち込まないで、ね?」
項垂れる彼にそう声をかけるも顔を上げようとはしない。
余計な事を言ってしまったと後悔しつつもどう言葉を続けるべきかと思案するが気の利いた台詞は浮かんでこない。
年の功ってものは案外肝心な時に発揮しないのだと内心ため息をついた。
私は中身はある意味変わっていないのかもしれない。
「...十代は暫くは日本にいるの?」
妙案が浮かばなかった私はそう訊ねた。
顔は伏せたまま十代は頷いた。
私と違い豊かで若々しい彼の髪、私は空いた方の手で彼の頭を撫でた。
懐かしい感覚に私の心が熱を帯びていく。
「昔はこうしたら怒ったのに今は許してくれるようになったのね」
同い年なのに子供扱いするな、と押しのけられたことをまるで昨日の事かのように思い出した。
十代はただただ黙って私に撫でられている。
「...勇気が出なかった」
「そう?私は貴方より勇気のある人を知らないけれど」
こんなに近くにいるというのに彼は顔を見せてくれない。
それはやはり少し寂しい。
「拒絶されるんじゃないか、怖がられるんじゃないかって」
「...馬鹿ね。私達あの学園で共に学んだのよ?」
色濃い3年間だった。
卒業してから今まで、そりゃあしんどい事は沢山あった。
でもあの頃に比べたら、今だからこそただ一つの思い出として語れるが正直トラウマにならなかったことが奇跡だと思える程怖い事は何度もあった。
「寧ろずっとカッコいいままの貴方で羨ましいなって、年甲斐もなくまた恋に落ちそうで困ってるわよ」
物心がついてから彼ほど好きになった人はきっといなかった。
それでも私は彼に会えなくなって数年後両親の紹介で会った人と結婚し家庭を持った。
子供も産んで、もうその子供も大人になって結婚し、孫も生まれた。
私と50年連れ添った夫は去年この世を去った。
その夫を追いかけるかのように病に侵された私はこうしてここで静かに余生を過ごしている。
私は幸せだった。
それでもまた恋に落ちようとしているだなんて。
私は自分が思っている以上に欲深い人間だったらしい。
「...まだ、去くなよ、...まだ一緒にいたい、話したい事が沢山あるんだ。ずっと、ずっと話したかった事が、でも言えなくて...」
こんな彼を見るのも初めての事だ。
抱きしめたい。
彼がこれ以上苦しまずに済むように。
彼を今苦しめているのは私だというのに。
「十代は案外いくじなしだったのね。...いくらでも、なんでも聞くから。折角またこうして会えたのに泣いてたら勿体ないわ。だから沢山話をしましょう」
私に残された時間はあとどのくらいなのだろうか。
正直まだまだ大丈夫、なんて約束出来ない。
ここはただゆっくりと終りを待つ場所だから。
だからこそ今日この1日を無駄には出来ない。
私は彼の耳に顔を寄せた。
「私ね、貴方と出会えたこときっと私の人生で1番......」
私の言葉にやっと彼は顔を上げた。
今にも泣きそうな顔で。
「あっちにいったら夫に謝らなくちゃいけなくなったわ」
続けてそう言葉にした私に十代はやっと笑顔を見せてくれた。
それは少し歪なものだったけれど。
「...俺もいつか謝るから。大事な奥さん口説いて悪かったな、って...」
「100年後くらいに?」
久しぶりに声を出して笑った。
そして彼も今度こそあの頃と変わらぬ笑顔を見せてくれた。
私はなんて幸せものなのだろうか。
しわくちゃのおばあちゃんになった今、またあの時の気持ちを思い出させてくれた。
あの時私は確かに恋をしていた。
大好きだったのだ、今も変わらず目の前にいる遊城十代という男の子が