秋風が吹く夜

「寒くない?」

今年の夏の暑さは本当に凄まじかった。
社会人になってからの貴重なお盆休み、今年は結構な連休となったのでどこかに行こうか、なんて話していたのも束の間。
テレビに映った天気予報を見た私たちはそれっきり言葉を無くしてしまった。

「ちょっと前まで地獄みたいに暑かったのにね」

「朝5時に34℃なんて初めてだったな」

最高気温38℃、それを見た私たちは外に出る事を諦めた。
連休初日の早朝、というには更に早い午前4時、私達はこの夏を自宅で快適に過ごす為の準備をする為24時間営業している本当に有難いスーパーに買い出しに行った。
その時刻であれば比較的涼しいだろう、なんて。
私達はこの夏を舐めていたのだ。

冷凍出来る食材やお菓子を沢山カゴに入れた。
大学生が集まって飲み会でも開くような食べ物で山盛りになったカゴを見て笑った。
なんやかんやはしゃいでいたのだろう。

最後にアイスを選んでレジに向かった。
二つ持ってきていた大型のリュックはパンパンになった。
当然それはずしりと重くリュックでなければとても家まで辿りつけなかっただろうと今では思う。

アイスが溶けてしまうから早く帰ろうか、それは軽い気持ちから発した言葉だった。
そして2人揃ってスーパーを出た私達は洗礼を食らうはめになったのだ。

「あの時はカップアイスにしてたのだけは救いだったよね、ほんと」

「後で食べた時明らかに一回溶けたんだろうなって感分かっちまったよな」

朝5時の世界はとても朝と呼んでいい気温ではなかった。
その想定外の暑さに私は時間を勘違いしていたのかと不安になって時計を見た。
だが時刻はあと10分で5時になるところだった。
間違ってなどいなかった。

ほんの数秒2人して呆然としてしまったがすぐに我に返ってお互い顔を見合わせて走らなきゃヤバい、と。

当然荷物が重くそう慌てる程の暑さだ、それ程早くは走れなかった。
それでも必死で走って家に着く頃にはお互い汗だくになっていた。
それはそれはハードなトレーニングになってしまったのだ。

「さすがにハーゲン溶かしたのはへこんだよ。
まぁ普通に美味しかったんだけど」

「滅多に食わねぇもんな」

急いで食材を仕分けして冷蔵庫にしまった。
その後浴びたシャワーの気持ちよさは過去一だったと思う。
その時浴びたシャワーはほとんど水浴びくらいの温度だった。
お互い順番待ちなんて出来る余裕がなかった私達は相手の了承なんて得ることもせず同時に浴室に入った。
温いシャワーを浴びお互いその気持ちよさに同じような言葉が出た。
一緒にシャワーなんて普段であればその後何かしろそれなりの事が起こるような状況。
でもその日はそんな展開になることはなかった。

「お風呂上がりのビールは最高だったよね」

「こんなに美味かったか?ってな」

汗だくになってその直後のアルコールは危なかっただろう。
でもお風呂から出た私達は髪もきちんと乾かすこともせず適当にタオルで拭いて同じように冷蔵庫に向かったのだ。
そして2人そろって以前より冷蔵庫で冷やしていた缶ビールを取り出し何も言わずにプルタブを開け一気に流し込んだ。
私も十代もそれ程無茶をする方ではないのに。

「名前はあの後すぐ顔真っ赤になってたよな」

「いや、あれは酔っ払ってっていうより熱がまだ冷めてなかっただけだったと思うけど」

あの時十代はそんな私を見てトマトみたいになってる、と笑った。
せめてりんごにでも例えてくれた方がまだ可愛げがあるのにと少し不満を抱きつつ人の事が言えないくらい朱みを帯びた彼の頬に2本目のビールを押し付けてやった。

本当に暑い夏だった。






「これ、十代に似合うと思って」

今日仕事帰りにふらりと立ち寄ったお店でマネキンが着ていたそれを一目見た瞬間十代の顔が浮かんだ。
きっと似合う、そう確信した私は値段を見ることもせずに店員さんに声をかけていた。
ショッピングモールに入っている服屋さんだ、普通に働いてこれといった散財をしない大人が買えない値段のものではないだろうと。
いや、そんなことすら考えていなかったかもしれない。
ただただ彼に似合う、それを着た彼が見たいと思ってのことだったのかもしれない。

「え、俺に?」

差し出された紙袋を受け取り十代は綺麗に畳まれたジャケットを取り出し広げた。
そして「おおー」と感嘆の声をあげた。

「これすげぇいいな!でもいいのか?その、貰っちまって...」

「私が着るにはサイズが合わないしそもそも私の好みじゃないから。
十代に似合うと思って買ったんだからもらってくれた方が嬉しい」

そう伝えれば十代は少し悩みながらもお礼を言って素直にそれを受け取りそれに袖を通した。
サイズ感もばっちり、そしてやはり彼に本当に似合っていた。

「やっぱり、かっこいいよ十代」

「なんか照れるな。いやでも、ありがとうな、名前」

身軽な人だった。最低限の荷を持つことしかしない彼はその分沢山の人の期待を背負って今も生きている。
十代は既にまとめられていた荷物から一枚服を取り出しそれと入れ替える形で私がプレゼントしたジャケットを鞄にしまった。

「いい機会だしそれ、もうだいぶ傷んでるから捨ててもらってもいいか?」

「...捨てるならこっちは私が貰ってもいい?」

私にとってそれは彼と一緒に旅をしてきた彼の相棒の中の1人だった。
そんなものを私の手で処分することはとても出来る気がしなかったのだ。

私が着るにはボロすぎると思うけど、と苦笑いしながらも十代は私のお願いを聞き入れてくれた。
雑に畳まれていたそれを丁寧にに畳みなおして私がプレゼントした服が入っていた不要になった紙袋にそれをしまった。

ああ、もう明日なのだと。
明後日からはまたしばらくこの家に1人なのだと。

それを実感した。



「ねぇ、十代。今夜はちょっと寒いくらいだからゆっくりお風呂つかろうよ」

「2人で、か?」

彼の問いに首を一度縦に振れば少し照れたような顔を見せた。
互いに見ていない場所など殆どない。
過去に何度かそういう機会もあった。
でもやはり改めてこういう事を提案すると彼も少しは照れてしまうらしい。

夏の終わりは別れを運んできた。
でも私に彼を誘う勇気をくれた。

「じゃ、じゃあお湯張るか」

「うん、入浴剤どれにしよっかな」

出発間際にこんな事をしてしまえば余計寂しくなってしまうかもしれない。
でもこの家を彼で、彼の思い出でいっぱいにしたい。

次会う時まで今日、今の彼を沢山覚えられているように。

この暑い夏を2人で乗り切ったことを忘れぬように。

明日笑顔でいってらっしゃいを言えるように。


「...大好きだよ、十代」


次会う時は冬だったとしてもまた2人でアイスを食べよう
冷えたビールを流し込もう