「テツヤ君、明日ってお家の人いるの?」
「はい、すみません。明日は両親も祖母もいて...」
彼女と歩く帰り道、明日は部活が休みということもあり会うことになっているのだけれど。
前回次は、と約束していた事もあり彼女はそう訊ねたけれど僕の答えにそっかぁと少し残念そうな顔で返事をした。
多分彼女の家族も同じなのだと思う。
そもそも毎回日曜日に家族が揃って家を開ける機会はなんてそうあるものじゃない。
「どこかに行きますか?」
「うーん...人が沢山いるところがいい」
彼女からの注文は少し変わっていた。
逆ならまだ分かるのだけれど、人混みに行きたいなんてどういうことなのだろう。
そう考えていると彼女は口を開いた。
「2人っきりだといちゃいちゃしたくなっちゃうから。人がいた方が我慢出来る、多分...」
そう言ってべたーっと僕にくっついて肩に顔を押し付けた。
本当にもう、素直すぎるのも考えものだと思う。
というかここは普通に外なのに。
まぁ偶然人はいないからいいのだけれど。
「具体的に、どこか行きたい場所ってありますか?」
「テツヤ君と一緒ならどこでもいい」
半分投げやり、でも腹は立たない。
多分僕がどんなにつまらない場所を提示したって彼女はそれを承諾すると分かっているから。
もっともどうせなら楽しいことをしたいのだけれど僕も恋愛経験がないものだから何が正解か決めかねている。
「水族館と動物園だったらどちらがお好きですか?」
ベタな選択肢だとは思ったけれど悪くはない筈だと思って聞いてみた。
彼女はうーんと悩んで答えた。
「日曜日雨降るかもしれないから水族館かな?
でも降ったら降ったでテツヤ君と相合傘出来るし...でもそうなると手繋げないし...どっちもいいから悩むね」
「そうですね...では傘は今度雨が降った時に入れてあげますから、今回は水族館にしませんか?」
二つともそれは十分いちゃいちゃに入るのでは?と内心思いながらもそう提案すると彼女は僕の意見にあっさり頷いた。
「うん、ペンギンとテツヤ君一緒に写真に撮る」
「どうしてペンギンなんですか?」
「なんかイメージ?テツヤ君ちにペンギンいそう」
「残念ながらうちにはいませんね、ペンギンは」
本当に、彼女の目から見た僕ってどんな風に映っているのでしょうか。
一度彼女の頭の中を覗いてみたいです。
まぁ少し怖い気もするけれど。
「折角ですから2人でも写真、撮りましょうね」
「うん、可愛くしていく」
明日の予定は無事決まりその日は別れた。
別れ際いつも寂しそうな目で訴えるのはこちらの胸も苦しくなってしまうのでそれに関しては少しは慣れてほしい。
「テツヤ君、おはよー」
「おはようございます。本当に可愛いですね」
髪は毛先だけ多分巻いているのだと思う。
いつもよりふわふわとしていて、袖先がふわりと広がった白のシャツの胸元には青の糸で花の刺繍、脹脛までの丈の水色のフレアスカートにややきなり寄りの白のショートブーツにベージュのショルダーバッグ。
清楚という言葉が相応しいと思う。
「ありがとう、テツヤ君のイメージで考えてみたの」
「僕ってこんなに綺麗なイメージなんですか?」
それが合っているのかは僕にはわからないけれど彼女が僕を想って考えてくれたという事実が嬉しい。
あと単純に好みだと思った、女性の服に詳しいわけではないのだけれど。
「テツヤ君の水色のシャツも素敵だね、ちょっとだけお揃いみたいで嬉しい」
彼女はそう言って僕の腕を組んだ。
空は今にも雨が降りそうな、ぶ厚い雲に覆われていたけれど気分は晴れやかだ。
「行きましょうか」
「うん」
2人で水族館に向かう為に駅へ向かって歩き始めた。
「チケットの写真、ペンギンとカワウソですね」
「ほんとだ、じゃあ私ペンギンがいい!」
「はい、どうぞ」
チケットを彼女に渡し2人で入場口を通った。
彼女はチケットを大事そうに鞄にしまった。
僕の分のチケットをじっと見ていると彼女は僕に声を掛けた。
「テツヤ君カワウソ好きなの?」
「はい、好きですよ。でも今見てたのはなんとなく貴方に似ているかもしれないと思ったからです」
「えっ!私こんなに可愛いの?」
僕の言葉を聞いてパァッと目を輝かせて素直に喜んだ彼女を見てやっぱり似ていると思った。
素直で表情豊かな感じがするところがまさに。
僕もチケットをトートバッグにしまい彼女の手を握った。
「今日はカワウソのご飯タイムとペンギンのショーが見られるみたいですよ。イルカやあざらしも。今日は沢山観て周りましょうね」
「うん!歩きやすい靴で来たから沢山歩けるよ!」
本当に来てよかったと改めて思った。
本当はまだ告白なんてするつもりはなかった。
脈なんてまるで無いと分かっていたし。
予想にもしていなかったことだ、こんなに早く彼女と付き合えるなんて。
でもそれは嬉しい誤算だった。
あの日あんなに暑くなければ、朝あの時間に家を出ていなければ今僕はこうしていなかった筈だから。
「カワウソすっごい勢いでご飯食べてたね」
「ペンギンもあざらしも丸呑みしてましたから、あの子達にとっては多分あれが普通なんだと思いますよ」
一通りショーを観てまわった後水族館の中にあるカフェで休憩することにした。
彼女は僕がカワウソに似ていると言ったから自分を重ねているのかご飯はゆっくり食べよう、と一人言のように呟いた。
「貴方はちゃんと落ち着いて食べられていますよ。寧ろこっちの方が似ています」
彼女の頬をむにっと掴むと彼女はそわそわと落ち着きがない様子を見せた。
「どうしました?」
「テツヤ君にそんなことされると抱きつきたくなっちゃうからダメ」
ああもう本当に。
可愛い、この水族館にいる動物達より彼女が1番可愛い。
僕はかなり動物が好きな筈なのに本気でそう思ったのだから僕は心底彼女に惚れ込んでいるのだと思う。
まぁそんなのは今更な話なのだけれど。
「腕では駄目ですか?」
「物足りなくなっちゃうの」
彼女はそう言いながらも僕の腕に抱きついた。
結果的に思い切り押し付けられる彼女の胸にもだいぶ耐性が付いてきた。
「...やっぱり帰る前ちょっとだけいちゃいちゃしてもいい?」
「...人気のない場所、考えておきますね...」
彼女のおねだりにそう答えはしたものの今日は日曜日だしそんな場所はあるのだろうかと少し困ってしまった。
「うちに寄ってくれる?...お父さんいるけど勝手に部屋に入ってきたりしないし、えっちするわけじゃないならきっと大丈夫だよ」
耳元で僕にだけ聞こえるようにそう囁いた彼女に少し頭が痛くなった。
しないから大丈夫、という話ではない。
それに彼女はそう言ったけれど絶対という保証もない。
彼女の話を聞く限り彼女の両親からの僕の評価は悪くない。
外で抱き合っていた所を見られたというのに初めて会った僕の為にお小遣いを渡すお父さんなのだから寛大でもあると思う。
だからあまり信頼を裏切るようなことはしたくない。
「あの...それならせめて僕の家に来てくれませんか?勿論帰りはきちんと送ります。僕の両親も勝手に部屋に入る人ではありませんから」
というか物心ついてから僕の部屋に家族が入ったこと自体数えられる程しかない気がする。
シーツなど自分で出しているし布団も部屋の外に出しておくように言われ出しておくとほかほかになった状態で同じ場所に置かれていて自分でベッドに運んでいるし。
多分気を使ってくれているのだと思う。
「じゃあテツヤ君のご家族にお土産買お!」
「そうですね。一言メールも入れておきますね」
僕はそう言って携帯を開いた。
メール画面を開き母にその旨を記載したメールを送信するとすぐにはーいとたった3文字、完結な返信が届いた。
それにしても想定外で発生した彼女と両親を合わせるイベントに僕の方が緊張してきてしまった。
まぁ彼女と一緒にいればドキドキしないことの方が少ないのだけれど、色んな意味で。
「ではぐるっと観て周ってお土産を見て帰りましょうか」
「うん!」
その後たっぷりと水族館を満喫したのだけれど僕はその後の事が気になっていつもよりそわそわとしてしまった。
家族へのお土産も買い水族館の外に出ると小雨ではあるけれど雨が降り始めてしまっていた。
彼女は鞄から折り畳み傘を取りだし僕に手渡した。
僕も一応鞄に持ってはいるのだけれど、これは一緒に入りたいというおねだりだと分かっているので差し出された傘を受け取った。
開いた傘は折り畳みにしては大きい方だと思う。
デザインもどちらかというと男性向きで、彼女の私物とは少し傾向が違う気がする。
多分僕と使う為に買ったのだと思う。
「濡れないようにくっついてくださいね」
「うん、くっついてる」
彼女は僕の腕に掴まって幸せそうだ。
本当に素直で表情豊かで、さっき見たカワウソを思い出して笑った。
彼女は不思議そうな顔で僕を見たけれどなんでもないです、と言うとそれ以上なにも訊ねることもなくただ嬉しそうに僕の隣を歩いた。
駅までの距離は数分で、快適だとは言えない天気。
それでも彼女と今朝合流した時と同じ、それ以上に幸福感に満ちていた。
「私挨拶...とか大丈夫だった?」
「はい、問題なく出来ていましたよ。
というか僕といる時はふにゃふにゃなので忘れてていたのですが僕の両親と話している貴方を見て名前さんが年上だって事を思い出しました」
僕がそう言うと彼女は怒った。
そんな顔も可愛いですねと本心を口にすると途端にいつものふにゃふにゃとした彼女に戻ったけれど。
「私テツヤ君のご家族の前でそんなに猫かぶってた?バレたら嫌われちゃうかな」
「いえ、寧ろもっと好かれると思いますよ。
僕の家族みんな動物好きですから」
水族館でしたように彼女の頬を両手で摘むと彼女は顔を真っ赤にして顔を逸らしてしまった。
「私カワウソじゃないよ!」
「知ってます、それくらい可愛いってことです」
再び彼女の頬に手を寄せ、僕の方を向かせてキスをすると彼女は一瞬驚いたけどやっぱり抵抗することもなく僕の身体に身を任せた。
本当に、彼女は僕の事が好きすぎる。
「...テツヤ君はやっぱりペンギンだよ。
何考えてるか全然わかんないもん」
「今は貴方の事を考えていますよ」
彼女を抱きしめて頭を撫でると彼女はずるい、と呟きながらも僕にくっついて離れようとしなかった。
同じ屋根の下に家族がいるというのに僕はそんなことを忘れそうになる程彼女の事で頭がいっぱいになっていた。
「...ちゅーしても、いい?」
「はい、勿論」
彼女がする前に僕の方から彼女にキスをした。
唇が離れた後見た彼女の表情はやっぱりふにゃふにゃで。
可愛くて何度も何度もキスをした。
時折目を開けて僕の顔を見る彼女は蕩けきっていて、これ以上はまずい、と彼女と距離をとった。
「...そんな悲しそうな顔をしないでください」
...だって...」
こうなることは分かっていたのに、でも彼女の希望を聞き僕の家に連れてきたのは僕の意思だから、彼女だけのせいにするつもりはない。
「...何も気付いていないフリをしてください。
僕もなにもしませんから」
もう一度抱き寄せると彼女は、あ、という顔をしたけれど僕の言う事を聞いて大人しく抱かれていた。
これはこれで僕が彼女に欲望が詰まったそれを押し付けているようで恥ずかしかった。
「...今度はしようね、テツヤ君」
そう言って僕にキスをした彼女。
いつもいつもそうやって僕を煽る彼女に正直少し腹が立ってきてこのまま襲ってしまおうか、なんて本気で思ってしまった僕は別におかしな人間ではないと思う。
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