腕の中でずっと

※性被害(盗撮)の描写がありますのでご注意ください。





「あの、カントク、今日名前さんって...」

「あぁ...ちょっとトラブルがあって...他のみんなには言わないけど実は登校中に変質者に会ったらしくて、警察に行ってるから今日は遅刻するのよ...」

いつも僕達より先に来ている筈の彼女が見当たらず少し心配になってカントクに訊ねてみると衝撃的な答えが返ってきた。
変質者、なんて一口に言っても色んな人がいるけれどいずれにしても碌な人間ではない筈だ。
一体彼女は大丈夫なのかと不安でいっぱいになって一気に汗が吹き出してきた。

「黒子君!本人から心配せずに朝練してねっ連絡貰ったから、...だから大丈夫よ」

カントクにしっかりしなさいとデコピンをされ窘められた。
連絡が出来るくらいには冷静だということに少しは安心したけれど嫌な思いをしたことには違いない。
カントクだって僕にはそうは言いながらもいつもと少し様子が違う。
それでもなんとか彼女の望み通り朝練に励もうとしたけれど今の僕が冷静に朝練をこなすことなど出来る筈もなくミスを繰り返した。

「...黒子君、怪我でもしたら困るから今日は外周行ってきなさい」

「...はい、すみません」

そんな僕を見てカントクはそう言った。
指示を受けた通りコートを出て体育館の外に向かおうとした所でカントクが僕だけに聞こえる声で囁いた。

「...学校から1番近い交番みたいだから、迎えに行ってあげなさい」

「...ありがとうございます!」

カントクに背中を押され僕は外に飛び出した。
名前さんにとってカントクは1番親しい友人で、それはカントクにとっても同じ。
きっと本当は自身が駆け付けたいくらいなのだろう。
でもそれを僕に託してくれた。
本当にここは優しい先輩達ばかりだ。








「名前さん!」

「あれ、テツヤ君。部活は...ごめん、私の為に抜けてきてくれたんだよね?」

交番に辿り着く前に学校に向かって歩いていた彼女と出会った。
交番までの道はいくつかルートがあったので彼女とこうして出会えた事は凄く運が良かったのだと思う。

「いえ、その...あまり詳しいことは聞いていません。...大丈夫でしたか?」

「うん、ありがとう。...触られたりとかはしてないから...でも...」

彼女は泣きそうな顔をして僕に抱き付いた。
怖い思いをしたのだから当然だろう。
僕と付き合い始めてからの彼女はいつも笑顔だったから、その表情は僕の心を締め付けるには十分だった。

「...今日帰ろうかな、って、でもテツヤ君には会いたいなって、悩んでたの...」

僕としてはもう今日は帰らせた方がいいと思う。
こんな状態で学校に行った所で授業をきちんと受けられるわけでもないだろうし、何よりゆっくり休んでほしいと思う。
でもこんな状態の彼女を1人にさせるわけにもいかない。

「すみません、少しだけ待ってください」

携帯を開きカントクに電話を掛けた。
カントクはすぐ電話に出てくれた。
彼女を家まで送る、と。そして今は1人にしておきたくないので放課後まで今日は戻らないと伝えたい。
カントクは荷物は預かっててあげるからよろしくね、と言ってくれた。
僕はカントクにお礼を言って電話を切った。

「テツヤ君...ごめん、学校、サボらせちゃった...」

「大丈夫ですよ。僕が貴方と一緒にいたくてサボってしまっただけですから」

行きましょうと言って彼女の手を握った。
もう片方の手は僕の腕に絡めて、抱きつくように。

「ご家族はどなたかいらっしゃいますか?
お家の鍵はお持ちですか?」

「2人とも仕事だからいないよ。鍵はちゃんと持ってる」

それを聞いて足を止める。
こんな事、本当は聞きたくないし同じだとは思われたくないのだけれど。
今は僕のそんな気持ちなんて関係ない。

「...僕と2人きりで、大丈夫ですか?
もしも不快でしたら貴方を送り届けてすぐにかえ...」

「不快なんかじゃない!寧ろいてほしいよ!!」

彼女を怖がらせたのは男だから、だから今は同じ男の僕も怖いのではないかと思ってそう言おうとしたけれど彼女はそれを遮って否定した。
それに少し安堵してしまった僕は自分のことばかりで恥ずかしくなった。

「すみませんでした。...早く帰りましょう、ね」

「...うん」

僕の腕をぎゅっと強く握った彼女。
その手から離れたくないのだという彼女の意思が伝わってきた。
彼女を連れてゆっくりと家までの道を歩いた。








「いいんですよ、何も気を使わなくていいです」

「私が喉渇いただけだから大丈夫」

僕を自室に通して彼女はそう言って飲み物を取りに行った。
きっと緊張していただろうし水分補給はしておいた方がいいと思うのだけれどなんだか申し訳なくて。
家に着く前に自販機で飲み物くらい買っておけばよかったと今になって後悔した。

「おまたせ、テツヤ君」

「いえ、ありがとうございます」

隣に座ってお茶を飲んで、肩にもたれかかった彼女は僕の顔を見て悲しそうな顔をした。
大袈裟に聞こえるかもしれないけれど僕には彼女のそんな表情で凄く胸が痛くなった。

「...盗撮だったんだ。スカートの中動画で撮られちゃってたの、確認した」

「...最低な人間がいたものですね。
全く理解し難いです」

その手の犯罪者は大抵常習犯だと聞いたことがあるからきっと他にも被害にあった女性はいたのだろう。
よりによってどうして彼女を、なんて考えが最初に巡ってしまった僕もあまりいい人間ではないのかもしれない。

「テツヤ君といつそういうことになってもいいようにって、ずっと見られてもいいパンツ履いてたのに、先に全然知らない男の人に見られちゃったの凄く嫌だった」

彼女はそう言って僕の正面に移動して抱き付いた。
見られたくない下着ってどんなのなんですかね、なんて内心疑問に思いながらも彼女を抱きしめ返した。
彼女の物言いを聞き、傷付いていないわけではない筈だけどなんとなく大丈夫そうだと少し安心してしまった。

「...あんな人にだけ見られたの嫌だから、テツヤ君にも見てほしい...」

「...あの、名前さん、...びっくりしちゃったんですよね?大丈夫です、僕ちゃんとここにいますから。ね?」

この先とんでもないことを言い出すんじゃないかって不安になって彼女を落ち着かせようと優しく背中を撫でていたけれど彼女は僕の胸を押し僕から距離を取った。

「あ、あの、大丈夫ですから、落ち着いてください」

「...自分で見せるの恥ずかしいから、テツヤ君が覗いてほしい」

彼女はそう言って立ち上がりスカートの裾を前に浮かせた。
僕が少し覗き込めば簡単に下着が見えてしまう、そんな体勢。

「...貴方の下着が気にならないわけではないですがいくらなんでもこんな状況でこんな形で見てしまうことは不本意ですよ」

彼女の行動を責めないようにと考えて出た言葉はなんともみっともないものだった。
もっと他に言いようが無かったのかと、自分に呆れながら視界に入れないように彼女から視線を逸らした。

「...でも、テツヤ君に見せる時用にって選んで買ったのに、それを他の人にだけ見られたのってやっぱり嫌なんだもん」

つい最近僕の為にわざわざ下着を新調しましたもんね。
日傘にしろ折りたたみ傘にしろデートの時のお洋服にしろ彼女は僕の事を気にしすぎていると思う。
そんなことしなくたって普段通りの貴方だって大好きなのに。

「...あの、名前さん。僕は貴方が思っている以上に貴方の事が好きなんです。
だからこそこんなかたち、で、は...」

しっかり面と向かって話をしようと顔を上げた瞬間しっかりと視界に入ってしまう。
彼女が自分でスカートを捲ってしまったから。
耐性なんてない僕は当然それを見て固まってしまった。

「...ごめんなさい」

彼女は数秒そうした後スカートの裾を離して再び僕の前に座った。
彼女といえど流石に恥ずかしかったようで顔は赤くなっていた。
でも多分僕の方がもっとヤバかったと思う。

気まずい沈黙が続く。
今彼女と何を話すべきか分からない。
考えようとすると先程恥ずかしそうな顔でスカートを捲って僕に下着を見せた彼女の姿が頭の中で浮かんで。
耐えきれなくなって僕は両手で顔を覆って下を向いた。

「ご、ごめんなさいっ、こんな...テツヤ君の気持ちも考えずに、無理やり...」

「...まるで僕が襲われた、みたいな言い方はしないでください。...めちゃくちゃ複雑なんですよ、大丈夫ですから...すみません、僕が冷静になるまで少し待っていてください...!」

これは僕がまだ男として未熟なのが悪いんでしょうか。
いや、さすがにそれだけではないと思いたいのたけれど。
まだ身体を重ねたわけでもないのにこんな...事を経験してるのって多分僕以外そういないと思うんです。
だから彼女の事を人に相談なんて出来る筈もないししたとしても僕が妄想を語っているだけだとしか思われないと思うんですよね。

「...名前さん」

何が正解だなんて多分考えるだけ無駄なんだと思う。
どれだけ考えたところで彼女の行動が僕に予測出来るわけがないのだから。
でもどんな行動の根本にも彼女が僕の事を好きで仕方ないからという想いがあることだけは知っているから。
おいでと両手を広げると彼女は素直に僕に抱き付いてくる、これが答えだ。

「...似合って、いましたよ。とても可愛いかったです」

自分で言っておきながらなんて気持ち悪い事を言っているのだろうか僕はと内心自分の発言に引いた。
でも彼女はそんな馬鹿みたいな感想に嬉しそうな顔をするのだから困ったものだ。
そんな事をあまり考えたくはないのだけれど今後彼女にフラれるような事があればもう他の、こんな言い方をしては彼女に失礼だけど普通の女性とはお付き合いなんて無理だと思う。

「...ずっと僕の事好きでいてくださいね...」

「そんなの...私の台詞だよ」

僕の目をじっと見て、自然と目を閉じた彼女にキスをして。
その日は部活が始まる時間まで彼女と色んな話をしたりテレビを観ながらゆっくりと過ごした。


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