「え、お、おい」
それは進級がかかったテストでもない、ただの授業の実技の時間のデュエル。
ランダムで振り分けられる対戦相手、今日の相手は十代だった。
この学校でおそらく1番の有名人、クラスメイト、友達。
授業以外でだって何度もデュエルしている。
「...ごめん、なんでもないの」
私は未だ彼に一度も勝てた事がない。
いや、そんな人ここには沢山いることは知っている。
だからこそ悔しかったのだ、私が彼にとってのその他大勢の1人になってしまっていることが。
このまま終わってしまうのだろうか、この学園を卒業したらもう二度と彼と会えなくなってしまう。
そんな焦りがどんどん私の判断力を鈍らせた。
つまらないプレイングミス、この日も結局私は彼に敗北した。
授業終了のチャイムが鳴ったところで我にかえり堪えきれず流れた涙を手の甲で拭って慌てて教室を出た。
背中越しに彼に名を呼ばれたけれど私は振り向かずに走った。
なんて幼稚な人間なのだろう。
「また伝えられなかった」
どれくらい経ったのだろうか、彼に勝てたら言おう、そう決めたあの日から。
今は昼休み、寮からも食堂からも遠い使用頻度の低い教室で私は膝を抱えてしゃがみ込んだ。
今度こそはと意気込んでは負けて、何度も何度も。
いつからだろうか、彼を目で追ってしまうようになったのは。
いつからだろうか、目が合っただけで心拍数が上がるようになったのは。
おはよう、と挨拶出来ただけで嬉しくて仕方なかったのは。
名前を呼ばれるようになって自分の名前が大好きになったのは。
初めての事だった。
男の子にそんな感情を抱いたのは。
きっとこれが初恋というもので、多分みんなはもっと早くに体験していることで。
照れ臭くて友人達には相談出来なかった。
周りの友人の中には既に恋人がいる人も数人いた。
自らアプローチをして好きになった人もいて、どうしてそんな勇気が出せなのかと訊ねたこともある。
友人はその人にとって特別な人間になりたかった、今のままでは嫌だったからだと、そう言っていた。
それを聞いた時私の中の十代への気持ちが恋である事を知ったのだ。
「でもきっとただの女の子じゃ無理だから」
十代は優しい、それは友人と呼べる存在になって本当にそれを理解した。
十代は誰にだって平等で、真っ直ぐで。
だからこそ十代の特別な存在になれる人なんていないんじゃないかって。
だから、だからこそ私は彼に告白したいと思ったのだ。
もちろん付き合えるだなんて思っていない。
きっと優しくフってくれるに違いない。
そしてその後もきっと私を友人と思ってくれる。
ならばせめて自分に勝った友人、ライバルとしてでも彼の記憶に残れたら。
そうなれば私の初恋も報われるのではないか、そう考えていたのだ。
「好きって、もっと早く伝えてしまっていればよかったのかな」
「え」
そう呟いたその直後、たった一文字。
その声に私の喉がヒュッと鳴った。
額を膝に乗せ俯いた私。
でも確かに聞こえたその一文字。
誰かが私のすぐ前にいる。
誰か、なんて。
自分を誤魔化しているような言い方をする意味はない。
分かっている、分からない筈がない。
こんなに心を抉られるような恋をしているのだ。
私はおそるおそる顔をあげた。
そこにいたのは言うまでもない。
「...じゅ、う...だい」
なぜ彼がここに、なぜ彼が教室のドアを開けた事に気付かなかったのだろうか。
きだと私は酷い顔をしているのだろう、十代は戸惑いながらも私の前に片膝を付き目線を合わせて肩に手を乗せた。
「名前、だ、大丈夫か?」
なんで泣いてるんだ、そう言いながら十代は袖で私の顔をゴシゴシと拭いた。
ハンカチのような柔らかいものでは無かったので少し痛かった。
「...なんで分かったの?ここにいるって」
なぜ私はそんな事を聞いたのだろうか。
今言うべきはそんな言葉ではないということは分かっているのに。
先に謝るべきだ、先ほど失礼な態度をとってしまった事を。
デュエルを学ぶこの学園に籍を置いている者としてあまりにもマナー違反だった。
「いや、なんつーか...うん、なんとなく名前がここにいそうな気がしたんだよ」
とくに理由なんてねぇけど、と十代はへらっと笑ってそう言った。
この感の良さ、本当に、だから私は十代に勝てないのだろうと。
そう思い知った。
そう考えているとまた目頭が熱くなっていく。
十代の顔が滲んで見えた。
まばたきをすれば今にも溢れ落ちてしまいそうだと分かっていた私は必死でまばたきを我慢した。
こんなに近くにいるのに目の前の十代がどんな表情をしているか分からなくてそれが不安で。
滲んだ涙を流さず消してしまう方法はないのだろうかと考えていればますます水分が増してしまった。
もう限界を迎えたその直前。
「泣くなよ、名前」
私は十代の腕の中にいた。
まばたきをして溢れだした涙は彼の制服に染みを作った。
ほんの数秒、私を抱きしめた十代はその腕を緩めて私の顔を再び覗き込んだ。
こんな近い距離で彼の顔を見たのは初めてだった。
大きな瞳、強い意志を持った力強い視線がまっすぐ私を見ていた。
逸らしてしまいたいと思うのに私はその視線を逸らすことが出来ず固まったまま。
「名前、ごめん」
なんの謝罪だろうか、そう考えていた直後。
柔らかい感触が私に、私の唇に触れた。
「...じゅ、うだい?」
なぜかは分からない、彼は私にキスをしたのだ。
だが十代はその後先程の私と同じように顔を伏せてしまった。
「なぁ、名前。俺さ、ダメみたいだ」
「...なにが?」
顔を再び上げた十代の顔が朱みを帯びていた。
気まずそうな表情で、でもやはり私の目を見て真っ直ぐに。
「名前が泣いてるの、なんか無理だって。そんなことするつもりなかったのに気付いたら身体が動いちまって...」
そこまで言って彼は自身の口元を手で覆って視線を逸らした。
「俺、俺さ、名前の事多分好きなんだよ」
再び合わせられた視線、予想だにしなかった言葉。
「そういうの正直よくわかんねぇって思ってたんだけど、名前といると他の奴とは違う気持ちになって、逃げられたら捕まえたいって、そんな風に思うようになって...」
気付いたら抱きしめてキスをした、彼はそう言うのだ。
これは本当に現実なのだろうかと疑いたくなる程自分にとって都合の良い、良すぎる展開に私の鼓動はどんどん大きく早くなっていく。
「...十代、わ、わ私今夢の中にいるのかもしれない。
えっと、ごめん、ちょっとほっぺたつねってもらってもいい?」
口が震えてスムーズに言葉を発する事が出来なかった。
ところどころ裏返ってしまいながらもなんとかそう伝えれば十代はなんとも言えない表情をしながらも私の頬を遠慮がちに摘んだ。
痛い、という程ではないけれど確かに触覚はあった。
「...十代が、私のこと、好き...?」
「...ああ」
私の一人言のような質問に十代は頷いて肯定した。
叶う筈がないと、消化するべき恋だとばかり思っていたのに。
「...どうしよう、十代。私十代にフラれる未来しか想像していなかったからどうしたらいいか分からない」
恋一つせずこの年齢を迎えてしまった弊害だろうか。
いざその想いが成就しそうになったその時私がすべき行動の正解が分からない私は彼に助けを乞うた。
「どう、って...あーーー、俺も名前お互い同じ気持ちで、...両思いってことで...それで、そういうのって世間一般的には彼氏彼女って、そういう関係になるって事でいいんじゃねぇか?」
私は十代の彼氏で十代の彼女は私、そうなったらしい。
あまりにも想定外の出来事に私の頭は未だパニック状態だ。
それでも私が今すべき事がある事は分かった。
私はまだ伝えていないのだ。
彼に対する私の気持ちを。
一人言なんかじゃなく彼の目を見て真っ直ぐに。
「十代、十代私ね、私十代のことずっと好きだったの。本当に大好きで、どうしていいか分からないくらい...」
十代は私を再び抱きしめた、先程よりも力強く。
少し悩んで今度は私も彼の背に腕を回し同じように抱きしめた。
どちらかといえば華奢な彼、それでも触れた身体は女の子とは違う、男の人の身体だった。
昼休みを終えるチャイムが鳴った。
午後の授業の時刻が迫っている。
でも十代は動こうとしない。
どうしようかと考え始めたその時、ぐううう、と彼のお腹が鳴った。
そしてその後釣られるように私のお腹も空腹を訴えて間の抜けた音を立てた。
「...そういや昼飯食いそこねちまったな」
「...そう、だね」
完全に気が抜けた私達はいつものように笑った。
やっといつもの私達に戻れたのだ。
それでも十代は私を抱きしめたままだった。
私もそれを拒む事はしなかった。
「今日は完全に昼抜きになっちまったな」
「あとで寮に置いてある私のお菓子分けてあげる」
午後の授業は既に始まってしまった。
2人揃って教室に入ればきっとあることないこと言われて騒ぎ立てられてしまうだろう。
だから今日だけはそのままサボってしまうことにした。
もっとも2人揃って教室から消えた私達だ、きっと娯楽の少ないこの学園ではすぐにおもしろおかしく噂話となって広まってしまうのだろうなとは分かっている。
でももうそんなことはどうでもいいかと小心者の私がそんな風に思える程今の私は幸福だった。