楽しい食卓

午後からの体育館での練習試合、そこでやっと顔を合わせた桐皇学園バスケ部の面々を見て再びみんな悲鳴のような声を上げた。
その中でも火神君は露骨に嫌な顔をした。
まぁそれは致し方ないと言えなくもない。
青峰君にしろ緑間君にしろ火神君には少し接し方というか物言いがよろしくない部分が見受けられるから。
2人共いい子達だし心底火神君を嫌っているわけでもないのだけれど。
多分今更態度を変えられない意地のようなものがあるのだと思う。
多分何かきっかけがあれば、とくに青峰君とは凄く仲良くなれると思うのだけれど多分高校生の間は無理だろうなと思う。

「テツヤ君、ちゃんと水分補給出来た?」

「水分は足りてます。名前さんの補給は足りてないですけど」

「...まだ元気そうで安心した」

彼の背中を軽く叩いてコートに送り出した。
お昼休憩を挟んだとはいえ午前中あれだけ暑いなかビーチでトレーニングをこなした後に練習試合だなんて、本当にみんなは凄いと感心するばかりだ。

「名前ちゃんちょっと顔赤くなってるけど大丈夫?」

「軽くのぼせてるようなものなので大丈夫です。ご心配をおかけしてすみません」

心配して声をかけてくれたリコ先輩にお礼を言って私も選手達が飲んでいるのと同じスポドリを流し込んだ。
風邪とか体調不良でないことはなんとなく分かるけれど身体が熱を持っていることは自覚している。
体育館は陽射しはなくとも熱は篭りやすいから注意をしなくては。
時間をかけ少しずつボトルを口に運び飲み終える頃には身体の熱は引いてホッと胸を撫で下ろした。







「去年の試食会を思い出しました」

「何の話だ?」

テツヤ君と同じテーブルに着きカレーを食べていると彼がぽつりと呟いた言葉に火神君は顔を青くした。
それを聞いていた青峰君とさつきちゃんは話の内容がよく分からず不思議そうな顔をした。
因みに今回は合同合宿ということで食事もみんな同じメニューだ。
これだけの人数分の料理になると当然凝ったものなんて作れる筈がない。
だから初日は寸胴鍋で作ったカレーと山盛りのポテトサラダにゆで卵といういたってシンプルなメニューになった。

「つーかなんでわざわざ同じ席に来たんだよお前」

「うるせーな、んなもんさつきに言えよバァーカ」

やっぱり火神君と青峰君は相変わらずだ。
寧ろここまでいくと逆に仲が良いんじゃないかって気さえするのだけれど。

「だって滅多に会えないんだもん!少しでもお話したいって思うのが普通でしょう?」

「さ、さつきちゃん、苦しい...」

そう言って私に抱き付いたさつきちゃんをなんとか鎮めようと背中を撫でると少し腕の力が緩んだ。
緩んだ顔で私に擦り寄る彼女は子猫のようで可愛かった。
まぁ私よりずっと大人の身体をしているのだけれど。
でも彼女の言い様はまるで遠距離恋愛をしているカップルみたいだと、私でさえそんな風に感じるのだから勿論彼も黙っていない。

「桃井さん、やめてください。
僕だって我慢しているんですから」

「でもテツ君はいつでも名前ちゃんとこういうこと出来てるんだから別にいいじゃない」

ねー?と私に同意を求めた彼女に私はどう返事をしていいか分からずぎこちない笑みを返すことしか出来なかった。
今に始まった事ではないけれど彼女は好意を持った相手へのボディランゲージが少し激しすぎると思う。
テツヤ君相手であったから何事も起きなかったけれど今後また誰かを好きになってこんな事をしていたら彼女が予期せぬ怖い目に遭ってしまうんじゃないだろうかと少し不安になった。

「...さつきちゃん...あんまりこういうこと他の人にしちゃ駄目だからね」

私がそれをやんわりと言葉にして彼女に伝えると一瞬キョトンとした顔を見せた後再び全力で私を抱きしめた。

「ちょっ、さ、さつき、ちゃん?」

「ヤキモチなんて妬かなくていいんだよ!!私名前ちゃんのこと大好きだから!」

「ちょっと桃井さん!!人の恋人を堂々と口説かないでください!!」

また話が変な方向に流れてしまった。
さつきちゃんのことは可愛いし大好きだけどいつも私の予想外の行動を取るものだからしょっちゅう困惑させられてしまう。
結果右からはさつきちゃん、左からはテツヤ君に抱きつかれて私は昼食を中断させられてしまった。
でもそこで頼りになるのが先輩であり監督でもあるリコ先輩だ。

「アンタ達食事くらい静かにとりなさい!!」

リコ先輩は両手でさつきちゃんとテツヤ君の頭を掴んで私から引き剥がした。
さつきちゃんの頭を掴む手はかなり手加減されているけれどテツヤ君の頭を握る手に容赦は見られない。
痛いですと悲鳴をあげるテツヤ君を火神君も青峰君も見ないフリをしてカレーを食べている。
青峰君はともかく火神君は経験済みだもんね、リコ先輩のアイアンクロー。

「有難うございます、リコ先輩。
もう十分伝わったと思いますので離してあげてください」

助かりはしたものの少し可哀想になってきたので私がそう助け舟を出すとリコ先輩はあっさりと2人を解放した。
さつきちゃんは痛くされなかったので少し拗ねた顔をしていたけれどテツヤ君はちょっと涙目になっていた。

「...さつきちゃん、夏休みもう終わっちゃうけど合宿終わってからどっか行こ」

そう言って少し乱れてしまった彼女の髪を手櫛で直してあげると彼女は花が咲いたかのような可愛い笑顔でうん、と返事をした。

「テツヤ君もね、デートしようね。沢山」

どうして僕の方がついでみたいに言うんですかと少し不満そうの顔をしたけれど取り敢えず納得はしてくれた。
それにしてもなんというか、これでは私が2人をキープしているような、そんな人間に見えているのではないかと不安を抱いた。
まぁここにいるのは見知った顔ばかりだから別にいいのだけれど。
いや、でもやっぱり同じ学校の後輩たちに見せてはいけない姿だとは思う。
私ではなくテツヤ君のことを、だ。
一応部活中はそれなりの距離を保って過ごしていたので彼が私にたいしてこんな態度を取るだなんて知らなかった後輩達が驚いた顔で私たちを見ていた。
多分テツヤ君はそんな視線なんて気にも止めていないのだろうけれど、私はそこまで豪胆にはなれない。

「(明日の食事はリコ先輩の隣に座ろう)」

そう決意を固めお皿に盛られたカレーを食べ終えた。





「つかれた...」

食事の後全員分の食器を洗い終えた私は食堂のテーブルに顔を乗せてぐぐぐっと腕を伸ばした。
食べた後直ぐに水に浸けてもらっていたからそれ程洗うのが大変だったせいではないけれど量が問題だ。
リコ先輩さつきゃんもも手伝ってくれる予定ではあったのだけれど監督達とのミーティングが行われることになり抜けることなってしまった。
他の部員に声をかければきっとみんな手伝ってくれたとは思うけれど選手のみんなに余計な負担はかけたくなかったから1人で洗うことは皆んなには内緒にしておいてほしいとお願いした。
だからこれは自ら選んだことなのだから文句はない。
でも疲れたものは疲れた。

「...先にお風呂入っちゃおうかな」

身体を起こし首を左右に振るポキっと骨が鳴った。
あまりいけない事なのだと分かっているのだけれど時々やってしまう。
宿は私達で貸し切りだ。
男子と違い今日女子風呂に入る人間は宿の人を除けば私達3人しかいない。
だから時間などはとくに指定されていない。

「よし、行こう」

さっそく立ち上がり部屋に着替えを取りによってお風呂へと向かっていたその時、私は大きくて硬いまるで壁だと錯覚してしまう人にぶつかり尻餅をついてしまった。
気が抜けていたこともあり上手く受け身も取れず思いっきり腰を打ってしまい痛くて腰をさすっていると視界に影が落ちた。

「す、すまない、大丈夫か?」

「あっ、緑間君!こちらこそごめん、どこか傷めたりしてない?」

他校の、しかもエースである彼に怪我をさせたのではないかと焦って背中に嫌な汗が流れた。
でも彼はどこも傷めていないと言って小さくため息をついた。

「このくらいで怪我を負う程柔ではないのだよ。
俺の心配よりも自分の心配をしたらどうだ。
荷物はこれでぜん、ぶ...」

彼はそう言って私が落としたぶちまけてしまった荷物を拾おうと手にしたところで固まった。
それは私も同じ。
だって彼が手に取ってしまったのはトートバッグに入れていた下着だったから。

「ご、ごめんね!拾ってくれてありがとう!!」

固まる彼の手から慌ててそれを回収して散らばった衣類をトートバッグに雑に詰め込んだ。
当然彼に下着を拾われたことに怒っているわけではない。
でもこんな現場を誰かに見られでもしたらややこしい事になると予想はついたから。
彼の名誉を傷付けることになるかもしれない。

「本当にごめんなさい!また明日にでもジュースか何かご馳走するから!じゃあね!」

彼が何かを言う隙も与えずそう言って足早にその場を離れた。
そして彼が見えない所まできた所でほっと胸を撫で下ろしたその時。

「貴方ってなんなんですか、本当に」

「ひえっ!!??」

気配もなく現れたテツヤ君に後ろから抱きしめられた。
心臓が止まるかと思う程びっくりしてしまう。

「ちょっとそれ、貸してください」

彼はそう言うと私の手からトートバッグを奪ってゴソゴソと中を漁り始めた。

「え、あっ、あの、テツヤ、君?」

そして先ほど緑間君に見られてしまった下着を取り出し広げて凝視した。

「ちょっと!え、ほんと何してるの!?」

彼の手からそれを奪い返すと彼は表情を変える事なく私の顔をじっと見た。

「先々週2週目の土曜日の夕方、名前さんの
のおうちでシた時身につけていた下着ですよね」

「?!そ、そんなの覚えてないよ!!」

いきなり何を言い出すのかと驚いている私に彼は眉間にシワを寄せた。
というかなぜそんなことを彼が覚えていたのかと。
だって前回のことならともかくそれから何度もそういうことをしているのに。
適当な当てずっぽうだろうかとも考えたけれど多分そんなことはないのだと思う。

「僕以外の男に見せないよう気を付けてください」

「あ、あんなの事故だよ...!」

変な言いがかりはやめてほしいと訴えてみたけれど彼は聞く耳を持ってくれない。
かなり機嫌を損ねてしまっている。

「約束していただけないのでしたら今身に付けている下着も確認させていただきますがよろしいでしょうか?」

彼が何を言っているかまるでわからない。
でも彼がそんな馬鹿げた事を本気で言っているのだということだけは分かる。
もう本当に長い付き合いだから。

「...分かった...けどなんでさっきは私の下着確認したの?」

そもそもわざわざ自分の下着を人に見せる機会なんてないのだからこれ以上彼を刺激するのはやめておこうと思って素直に彼の言葉を受け入れた。
でも先程の奇行の意味はよくわからなかったのでそれについては訊ねてみた。

「嫌じゃないですか、もし僕が見たことのない貴方の下着だったら緑間君だけがそれを知っていることになるなんて、そんなの絶対に嫌です」

本当に彼は独占欲が強く嫉妬深い。
何が彼をここまで追い立てるのだろうかと不思議に思うくらい。
いや、まぁ...多分理由は一つなんだろうけど。

「...テツヤ君ってほんとに私のこと大好きだよね」

自らこんな事を口にする時が来るなんて、子供の頃は思ってもいなかった。

「何を今更言っているですが。僕が世界で一番貴方を愛していますよ」

そして彼も。
そんな事を言われて一体私はどんな顔をすればいいというのだろうか。
いたたまれなくなって下を向くと彼は私の顎を掴んで上を任せた。

「これは貴方のせいですから」

そして唇を奪われた。
合宿前唇が腫れてしまうのではないかというくらいキスをしたというのに。

こうならない為に充電をしてきたというのに。結局今年もこの場所で彼とキスをしてしまった。


end