「あ、名前ちゃんおかえり〜」
「ただいま、リコ先輩もお疲れ様です」
部屋に戻るとさつきちゃんだけではなくリコ先輩も戻っていた。
学校は違うけれど今回はさつきちゃんの希望で私たち3人で同室という形をとっている。
まぁちょっと古めの民宿の部屋に1人はこの年齢の女の子には少し寂しいかもしれない。
敷かれたお布団の上で話をしていた2人の元に近付き私もそこに腰を下ろした。
「すみません、お布団私の分まで敷いて下さったんですね」
「ああ、ううん。これは私じゃなくて桃井さんが敷いてくれてたのよ。ありがとうね」
「いえいえ、大したことはしてませんよ?
リコさんが合宿の件、桐皇にも掛け合ってくれたおかげで私も名前ちゃんと一緒にお泊まり出来ることになりましたし」
ねぇ、と人懐っこい表情で私の腕に抱き付いたさつきちゃんの頭を撫でてあげると嬉しそうな顔をした彼女を見てテツヤ君の姿が重なった。
何気にちょっと似ているところがあると思うんだよね、2人は。
「あんたほんとに名前ちゃんの事好きなのね。一体何があってそうなったのよ?」
リコ先輩がそう思うのも無理はない話だ。
だって元々さつきちゃんはテツヤ君の事が好きで、そんなテツヤ君と付き合っている私にこれだけ好意を持ってくれている理由は正直彼女に好かれている私にもよく分からない。
「なんていうか言葉で説明するのは難しいんですよね。でもリコさんにも分かりません?名前ちゃんって基本落ち着いてて大人っぽいのに時々凄くストレートな嬉しい言葉をかけてくれて、それが可愛くって...大好きだなぁ、って」
「あぁ...まぁそれはなんとなく分かるわ。
こっちが恥ずかしくなるようなこと言ってくれるのよね」
2人が私の事を褒めてくれている、それはよく分かるのだけれど私からすれば今の2人の会話の方がよっぽどストレートでこちらが照れてしまう。
「優しくてお姉ちゃんがいたらこんな感じかなって思うのに守ってあげたい、みたいな危うさもあって目が離せないんですよね」
「そっちは凄くわかるわ!私は来年はもう卒業していなくなるからみんなの事お願いねって言った時しっかりと返事はしてくれたけどその時の名前ちゃんの寂しそうな顔を見たら思わず抱きしめちゃったわよ!」
「あ、あの...ちょっともう勘弁してください...!」
私は本当に顔に出やすいみたいだ。
これに関してはテツヤ君にもよく言われるのだけれどテツヤ君が特別私の変化に敏感なだけだと思っていた。
でもよくよく考えればリコ先輩にしろさつきちゃんにしろ2人は特別鋭くて頭もいい上に勘もいいのだ。
だからきっと私の感情の変化なんて簡単に見抜いてしまうのだろう。
でも理屈では分かっていてもそれを敢えて指摘されるのは恥ずかしい。
だからそう言って2人の会話を止めた。
「あの、明日も早いですしそろそろ寝ませんか?」
私が照れてそんなことを言っていることに気付かない筈がない2人は私を見て含み笑いを浮かべたけれどそれ以上揶揄うことはせずに私の言葉に同意した。
「私抱き枕がないと寝付き悪くって、名前ちゃん一緒に寝ちゃダメ?」
「え...ま、まぁ別にいい、けど?」
「ったく名前ちゃんは桃井さんに甘過ぎだと思うわよ!まぁ黒子君にはもっと甘いけど」
確かにテツヤ君の事は誰よりも甘やかしてしまっている自覚はあるのだけれど、リコ先輩の前でもそんなに甘やかしているのだろうか?
だとしたらマネージャーという立場もあるし少し気を引き締めた方がいいかもしれない。
リコ先輩がじゃあ寝ましょうかと言って部屋の電気を消してくれた後布団に入ればさつきちゃんは枕を私の枕の隣に置いて本当に私の布団の中へと入った。
テツヤ君以外で友達と一緒の布団で寝るだなんて幼稚園の頃以来かもしれない。
それにしてもこんな美少女と一緒にお風呂に入ったりお布団で眠るだなんて、彼女に憧れているであろう男の子にでも知られたらやっかみを受けそうだ。
そう思う程彼女は魅力的な女の子だと思う。
...テツヤ君はやっぱり少し変わっているんだと思う。
言えばきっと怒られてしまうのだろうけど
「名前ちゃんあったかいね」
「お風呂出たばっかだしね」
普段と同じように抱きしめられて、本当に抱き枕として眠ることになるのだろうか?
まぁでと普段のような激しい抱擁をされているわけではないので多分眠れると思うけれど。
寧ろ人肌って安心してしまって眠くなる感じがする、そう考えていると途端ね眠気を感じ欠伸が出た。
そしてそれが移ったのかさつきちゃんも同じように欠伸をした。
「...言っとくけどあんたら私が見たらまずいようなこと隣でしないでね」
「困るような事ってなんですか?リコさんって案外そういうこと知ってるんですね?」
まぁ布団も足りているのに隣でわざわざ同じ布団で寝る人間がいれば多少不審に思ってしまうリコ先輩の気持ちもわかる。
あとさつきちゃんってやっぱり人を揶揄って反応を楽しむ節がある。
多分リコ先輩の反応がいいせいなんだろうな。
「...リコ先輩も一緒に寝ます?」
喧嘩みたいになってしまっても困ると思い話を逸らすような事を言うと予想外なことにリコ先輩は少し悩んだあと本当に私の布団に入ってきた。
驚きはしたものの自分から言った手前今更冗談です、だなんて言う事も出来なかった。
右にリコ先輩、左にさつきちゃんとなんとも贅沢な状況になってしまった。
「...確かに名前ちゃんってあったかいわね」
そう言って先程の私たちと同じように欠伸をした。
少し驚きはしたもののこういうのも友達とのお泊まり会みたいな感じがして良い思い出になるかもしれないと思った。
「...さつきちゃん、リコ先輩、おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
私達は多分その後すぐに眠ってしまったと思う。
朝起きた時、いつ眠ったか覚えていないくらいその時の記憶が曖昧だったから。
「名前さん...おはよーございます...」
「...うん、おはよう」
朝起きて手洗い場で歯を磨いているとふらふらと覚束ない足取りでやってきたテツヤ君が後ろから抱き付いた。
テツヤ君は目覚ましですぐに起きれるタイプなのだけれど身体は動かせても頭がしっかりと働くようになるのには少し時間がかかるタイプだ。
今だってすぐ隣にさつきちゃんがいるのにこんな事をしているくらいだから。
「テツ君ふにゃふにゃだね」
「...しばらくしたらちゃんと起きるよ」
こういう時彼に何を言ったところでそれは彼の頭に入っていかないことは知っているし今はさつきちゃんしかいないから好きにさせておくことにして歯磨きを終え顔を洗った。
その間テツヤ君はずっと私の腰に抱き付いたままだった。
「名前ちゃんにくっついてたらますます眠くなっちゃいそうだけど」
「...そうだ、さつきちゃん...昨日のテツヤ君には内緒にしてね」
多分同じ布団で寝ただなんて言ったら相手が女の子であったとしてもヤキモチを妬く筈だから、そういう人だから、テツヤ君は。
さつきちゃんは素直にはぁいと返事をし先に部屋へと戻っていった。
依然私に抱き付いたままのテツヤ君はまだ眠そうな顔をしていた。
「ほら、テツヤ君も顔を洗って歯磨きしないと。みんな来ちゃうよ」
「...分かってます」
彼を優しく剥がして彼が持っていた歯ブラシを濡らし歯磨き粉を付けてあげると彼はゆっくり歯磨きを始めた。
普段より練習もハードだしきっと疲れているんだろうなと思う。
歯磨きをしながら寝こけてしまっても心配だと思い彼が歯磨きを終えるのを隣で見守ろうと思っていたけれど火神君達2年生がやってきたので彼らにテツヤ君を任せ私は食堂へと向かった。
朝食は至ってシンプル、ソーセージは寸胴鍋で一気にボイルして目玉焼きを焼き切っておいた具材を顆粒だしで煮込んだ味噌汁に既に用意してあるサラダを出すだけだから。
こんなに大量の食事を用意する機会はきっと高校を卒業すればなくなるんだろうな、と。
というか来年は一体どうなっているんだろうかと考えるとやはり少し感傷的な気持ちになる。
みんながほぼほぼ揃う頃には配膳も終え、私も席に着こうとリコ先輩の隣に行こうとしたのをテツヤ君に捕まってしまった。
こんな言い方よくないのだけれど。
当たり前のように隣に来てくださいと私を見上げる彼に少し悩みながらも同じテーブルにいたのは誠凛のみんなばかりだったので彼に言われるがまま隣に座った。
「火神君のご飯漫画みたいだね」
多分テツヤ君の3倍くらい盛られたご飯に思わず笑ってしまった。
「こんくらい食わねぇと昼まで保たねぇからな」
がつがつと流し込んでいく食べっぷりは見事なもので。
もし火神君のお母さんだったらきっと嬉しくて仕方ないんじゃないかって思う。
彼の家庭事情をあまり知らないのでそういう事は言えないのだけれど。
「僕も昔よりは食べられるようになりましたよ」
「そんなの分かってるよ。別に無理しなくていいからね」
きっと今でもスポーツをやっている人の中では少食なほうだと思うけれど小さな頃はもっと食べられなかったということを知っているから。
思わず頭を撫でようとしたけれど慌ててその手を引っ込めた。
というかやっぱり彼の寝癖はダイナミックで、そこはちっとも変わらないのだと言うことはよく分かった。
「名前さん、ちょっといいですか」
「テツヤ君、どうしたの?ていうか髪ちゃんと乾かさないと」
その日の練習を終えまた夜になり夕食の後翌朝の用意をしてそろそろお風呂に、と思っていたところに既にお風呂を済ませた彼が現れた。
タオルを首に掛け、おそらく簡単に拭いただけである髪から雫がぽたりぽたりと落ちていた。
少しおせっかいだと思いながらも私は彼の首からタオルを取り彼の髪を拭いた。
「...嬉しいんですけど今はそれより大事な話があるんです。少しこちらに」
そう言って私の手を引き民宿の外へと連れ出した。
一体何の話だろうかと思って着いて行くと彼は誰もいないことを確認して私の顔をジッと見つめた。
「今朝桃井さんにおっしゃっていた僕には秘密ってなんの話ですか?」
「......女の子同士のちょっとした話だよ」
一体なんの話かと思えば、彼の口から出た言葉に内心焦りながらもそんな事を言っていないだなんて嘘は通じないと思ってある意味嘘ではない嘘を
付けば彼はジッと私を見つめたまま私の頬を両手で包んだ。
「僕には言えないことですか?」
もう唇が触れる寸前という距離まで顔を近付けられそう訊ねられた。
私は耐えられ無くなって目を逸らし彼の胸を押し距離を取ろうとしたけれど未だかつてそれが成功した事はない。
今日も当たり前のように捕まってしまった。
「言ってくれないなら少し強引な手をとらせていただきますよ」
「っ、ちょっと待っ」
抗う間もなく彼に唇を塞がれてしまった。
こんなの適当な言い訳を作ってただ彼がしたかっただけなんじゃないかと思いながらも必死で逃げようとしたけれど強い力で抑えつけられていてそれも許されない。
腰が抜けてしまいそうになる深いキスに膝が笑い始めた頃ようやく解放され、彼に腰を抱かれた。
「教えてくれないなら続きしますけど」
本当に今に始まったことではないのだけれどちょっと私に対する感情が強すぎると思うのだ、彼は。
彼が嫉妬しそうだと思ったから秘密にしてとさつきちゃんには言ったのだけれどこのまま黙っていては逆効果かもしれないと判断した私は正直にそれを話した。
というか友達と雑魚寝をしたというだけの事実をこれだけ大ごとに言うのもおかしな話なのだけれど。
「...さつきちゃんが抱き枕が無いと眠れないって言うから一緒に寝たってだけだよ。結局リコ先輩とも一緒に3人で寝たんだけど」
「......桃井さんの抱き枕として一晩過ごしたって事ですか?」
まぁその通りなんだけれど。
彼の反応を見るとやっぱり嫉妬の感情を孕んでいるように見えたから秘密にしようといた私の判断は正しかったのだと思う。
「女友達と一緒に寝ただけだよ」
「だったらどうして僕に隠そうとするんですか」
ごもっともな意見で、本当にそうだと思う。
でも仮に秘密にしていなかったとしてもこうなっていた気がするのだけれど。
「...テツヤ君に言ったらずるいって言われて帰ったら僕ともしてくださいって言われると思ったの」
「......それはまぁ、その通りですけど...どうして僕が言ったら駄目なんですか」
彼はそれを素直に認めて私を責める視線を向け続けた。
理由だなんてそんな事、多分彼自身がわかっている筈の事なのに。
「...テツヤ君はそれだけじゃ済まないでしょ...」
その後どうなるかなんて、口にするのも恥ずかしくて至近距離にある彼の顔を手で隠せばその手を取られてしまった。
「それだけじゃって、そういう事を考えている名前さんだって本当はそうなる事を望んでいるんじゃないですか?」
あまりの言い様にカッと顔が熱くなったけれど望んでいるとまでは言わずとも別に心の底から嫌なわけではないという気持ちもあって強くそれを否定することも出来ずに黙り込んでしまった。
「...なんて顔をしているんですか」
そんなのはこっちの台詞だと言いたかった。
どうしてそんなに熱を含んだ目で私を見つめるのかと逆に言いたくなった。
いつ誰が来るかも分からないのにこんな場所で。
「はなして、テツヤ君」
「...嫌です、離したくないです」
駄々っ子のようにそう言って私をぎゅうぎゅうと抱きしめる彼の速く脈打つ胸の鼓動が伝わって私もどんどん緊張してしまう。
「...じゃあ、一回だけ、キスして。それでおやすみなさいってことで...」
「...酷いです。僕をこんな気持ちにさせておいて」
そんな事を言われたって困る。
これでも譲歩した提案だと思うのだが。
本当は合宿中にこんな事をしたくないのだから。
誠凛だけならまだしも他校の生徒や教師もいるというこの状況で。
「...気に入らないならそれも無しで」
「嫌です、します」
その後すぐに唇を塞がれて、多分さっきより長い間とても寝る前のキスとは呼べない代物のキスをされてしまった。
今夜眠れなくなったら彼のせいだと恨みを含んだ視線を向けた。
「そんなに可愛い顔を見せられたら本当に止まらなくなるんでやめてください」
そう言って再びキスをされた。
一回だけだと言ったのにと内心悪態をつきながらもそのキスを受け入れた。
end