「緑間君、どうぞ」
不本意でしかなかった。
でも彼女は奢ると約束していたから、と言って僕にそれを預けた。
彼女が自分で渡しに行くよりはずっといいのだけれど。
「...一体なんなのだよ、黒子」
緑間君は不機嫌を隠しきれない顔をした僕に怪訝な表情を見せた。
実際こんなの八つ当たりみたいなものだと僕自身がわかっている。
「...名前さん...うちのマネージャーからです」
半ば強引に彼の手におしるこ缶を握らせた。
桃井さんあたりから聞いたのだろうか、知っていなければ人に渡す飲み物にこんな選択はしないと思う。
甘党の僕でも飲み物としては飲もうと思わない。
「...本気で言っていたのか」
取り敢えずは緑間君はため息をついてそれを受け取った。
別に彼女が緑間君に気遣う必要なんてないのに。
寧ろ彼女の下着に触れたという時点で僕からすればちょっと許せないくらいなのに。
事故だという事も誰も悪く無いということも分かっている。
これはただの僕の嫉妬だ。
最近彼女が絡むと昔より心が狭くなった気がする。
彼女はあれだけ僕を受け入れて愛してくれているというのに。
「...取り敢えず貰っておく。礼は...お前から言っておいてくれ、黒子」
多分直接、となれば僕がまた大人気ない態度をとる事を緑間君は察したのだと思う。
その選択をしたのは僕への気遣い、などではなくただ面倒臭いことに関わりたくない、ただそれだけだと思う。
それをいっそ有難いと思ってしまう自分が嫌になる。
緑間君と別れ部屋に戻って既に敷いてある布団の上に寝転がった。
今頃彼女は桃井さんの抱き枕になっているのだろうかと想像すると桃井さんが羨ましくて仕方なくなった。
僕が女性に生まれていたら同じように出来ていたのだろうか。
いやでもそれでは彼女と結婚出来ないから困るのだけれど。
「...名前さん」
布団を抱き枕にして携帯で彼女の写真を見ているとそれに気付いたキャプテンに重症だな、なんて言われてしまった。
というか軽く引かれている。
「お前ら幼馴染で家も隣なんだろ?そんでもう付き合って一年以上で...それでもそんなんなんのか?」
「...そんなのってどういう意味ですか?
それに長くいるからって冷める、みたいなことにはなりませんよ。寧ろ年齢を重ねる毎にどんどん素敵になってもっと好きになりました」
僕とキャプテンの会話が聞こえていたみんなはうわぁ...と声を漏らし若干引いていた。
まるで僕がおかしな事を言っているみたいで納得出来ない。
別に僕以外に彼女の魅力をわかって欲しいだなんて思ってはいないけれど僕の彼女への感情をおかしいと思われるのは腑に落ちない。
「まぁ仲が良いってことだし良い事だろ」
伊月先輩がそう言うと水戸部先輩と土田先輩はうんうんと頷いてくれた。
土田先輩には恋人がいるらしいしきっと僕の気持ちを理解してくれたのだと思う。
水戸部先輩に恋人がいるのかは知らないけれど本当に優しい人だから、僕を否定しないでくれたのだと思う。
「まだ消灯時間じゃないんだし連絡してみたら?てか会いに行けばいいんじゃないの?」
「...先程会ってましたしその後もう寝なさいと追い返されてしまいました.」
小金井先輩の言葉にそう返すと会ってたのかよ、と何人かがツッコんだ。
どうせ呆れられるとわかっていたから別にもういいですけど。
「名字にメールしてみて返信来たけど明後日模試だから今勉強してるらしいぞ。
ほんと真面目っつーか、あんだけ先の事考えて勉強してんのに運動部のマネージャーなんて普通はやらないと思うぞ。
名字がマネージャーになったのって黒子の為だろ?すごいと思うぞ、実際...」
伊月先輩は彼女になんとメールを送ったのだろう。
多分僕が情けない醜態を晒していること、だとは思うけれど伊月先輩も優しい人だから多分オブラートに包んだ物言いをしてくれたのだと思う。
「はい、確かに彼女は僕のことめちゃくちゃ好きなんですけど。
高校だっていくらでも選択肢があったのに僕の我儘に応えて一緒に来てくれましたし...」
「...なんかやっぱり腹立ってきたな?」
事実とはいえ完全に惚気としか言えない言葉を口にした僕にキャプテンは笑った顔で青筋を立てた。
まぁなんやかんやキャプテンも優しい人だから本気でキレているわけではないのだと知っているけれど。
というかうちの部の先輩はみんな優しいと思う。
「すみません。ちゃんと我慢しますから」
「我慢って一体何をだよ...」
僕の言葉に何人かがそう呟いた。でも...
「...言ってもいいんですか?」
僕がそう言うとキャプテンは手をぱちんと一度叩いた。
「よーしそろそろ寝るぞー!明日帰るとはいえどうせそのまま学校直行だからなー、地獄みたいな練習メニューが待ってるぞ!しっかり寝て体力回復させろよー!」
キャプテンの言葉にみんなそそくさと布団に入った。
そして小金井先輩が一言断ってから電気を消した。
ごそごそと布の擦れる音が暫くした後少しして誰かの寝息が聞こえてきた。
みんな昼間のトレーニングと練習試合で本当に疲れていたのだと思う。
昨日は秀徳と、今日は桐皇との練習試合だったのだ、無理もない。
僕も先程まで悶々としていたけれど電気の消された部屋で布団を被るとすぐに睡魔に襲われた。
帰ったらお昼寝でもいいから絶対に彼女に抱き枕になってもらおうと思いながら眠りについた。
「テツヤ君、おはよう」
「...おはよーございます...」
翌朝目を覚まし顔を洗って歯磨きを済ませた。
今日はそこで彼女に会うことはできなかった。
もう食堂で朝食の準備をしているのだろうかと思い足を向けると既に人がそれなりにいるようで食堂は賑やかだった。
覗いてみると彼女とカントク、桃井さんが席に座ってお茶を飲んでいた。
そして厨房で作業していたのは3校の先輩達だった。
「2日間料理担当させてもらったからそのお礼にって、最後の朝ごはんは先輩達が用意するって言ってくれてたの」
彼女がそう言った後厨房から出てきた先輩達が食事をテーブルに並べていく。
「まぁ俺らがって言っても昨日のうちに殆ど準備してくれてたから大したことはしてないけどな」
若松さんや宮地さんがそう言って彼女にお礼を言っていた。
彼女はその感謝の言葉を素直に受け取りありがとうございますと言っていた。
そんな事になっていたのなら僕だってお手伝いをしたのに、どうして声を掛けてくれなかったんだろうかと考えていると日向キャプテンが僕の頭をガシッと掴んだ。
「来年は俺たちいないからな、今度はお前らがやるんだぞ」
キャプテンの言葉を聞いて彼女は少し寂しそうな顔を見せた。
寂しいのは彼女だけじゃない、僕だって、他の部員だってきっと同じだ。
先輩達が卒業したって今まで通り練習して勝ちを目指す事に変わりはいのだけれど。
それでも多分なにも変わらない、なんてことはない筈だから。
「ま、今みたいに夏休みの合宿とかなら都合が合えばしごきに来てやっから覚悟しとけよ!」
「...はい。僕達も先輩達に負けないくらい鍛えておきます」
その後続々と1、2年生達が食堂に集まってきて先輩達を見て驚いていた。
それにしてももしも来年も今年と同じような合宿になったとしたら僕は青峰君や緑間君と一緒に料理をしなければならないのかと考えると少し不安になった。
多分火神君がいればなんとかなるのだろうけど...まぁ火神君にはかなり荷が重いことになるんだろうなと想像がついた。
僕達だけならともかく彼女にも食べてもらうのだから今からもう少し料理も勉強しておこうと思った。
「それじゃあ、いただきます」
みんな揃ったということで朝食を食べ始めた。
彼女が普段作るものよりも少し形が悪く焦げた卵焼きを美味しそうに食べる彼女を見て僕の恋人は本当に可愛いと思った。
最初は彼女に料理を習おうと思っていたのだけれどその笑顔を見て考えを改めた。
彼女には秘密にしてこっそりと練習をして、美味しいと食べてもらえるよう、そう目標を立てて。
「名前さん、改めて僕の我儘を聞いてバスケ部のマネージャーになってくださりありがとうございます」
彼女は僕の言葉にキョトンとした顔をしたけれどすぐに笑ってどういたしましてと返事をした。
もうすぐ学校も始まる。
まだまだ忙しくなるのはこれからだ。
end