「僕だけに見せると言ってたじゃないですか」
「...それは合宿中にって話だったの」
昨日彼女を抱いた時身体に唇が触れる度に跡を付けるようなことはしないで、と何度も釘を刺された。
それは合宿中それを桃井さんに見られてしまい恥ずかしい思いをしたからなのだと思っていた。
だからその時の反省もあったからこそ昨日は跡を残したくなるのを我慢したのだけれど。
「...どうして教えてくれなかったんですか」
「...ごめん、テストもあったから普通に忘れてた、だけです...」
僕がそんなことを言う資格なんてない。
そして彼女がそれ程責められる理由もない。
それが分かっているのに僕は彼女を責めてしまう。
そんな僕に彼女は怒る様子もなくて。
「...元々水着は明日の為に買ってたしリコ先輩とこういうこと、来年は出来ないかもしれないから...」
「...はい...」
夏休み最後の2日間、明日明後日は部活が休みになっていた。
だから2人で過ごしたいと思い相談を持ちかけた。
その1日目に彼女はカントクとプールに行く予定となっていると今知らされたのだ。
彼女にとってカントクが特別な人なのだという事は分かっている。
中学の頃はのぞいてもそれでも長い間彼女と一緒にいて、今まで彼女がこれほど自然体で接している人を見た事が無かったから。
「行くな、って言いたいわけではないです。
ただ心配なんです。...貴方の事が」
あの水着を着るのだろう、と。
別に極端に露出が激しい水着というわけではないと分かっているのだけれど普段着ている服や制服と比べればやっぱり大きく肌が見えていて。
そんな姿を僕以外の男性に見られるのが本当に嫌で。
「...だったら...テツヤ君も来る?」
「...え」
彼女は携帯を開き誰かに電話をかけた。
その相手がカントクだということは彼女の会話を聞いていればすぐに気が付いた。
彼女は明日僕も一緒に行くことになってもいいかと訊ねていた。
カントクが何を言ったかまでは聞こえなかったけれど彼女が有難うございますと言ったのを聞きその許可が得られたのだということも理解した。
「実はリコ先輩とね、さつきちゃんも一緒に行くの。...女の子だけだと何かトラブルに巻き込まれたりとかって...ちょっと心配もあったからテツヤ君が来てくれた方が私も安心かな、って...」
彼女はそう言った。
やっぱりどこまでも僕に甘いと思う。
一方的に嫉妬して、癇癪を起こしたようなものなのに、そんな僕にいてくれたら安心するだなんて言ってくれるのだから。
自分の器の小ささが嫌になる。
どうして彼女のことになるとこんなに冷静さを欠いてしまうのだろう。
「ごめんね、明後日の最終日は1日なんの予定も入ってないから。2人っきりで過ごせるから...」
だから明日は宜しくお願いしますと僕に頭を下げた。
近いうちに彼女に、我儘を言ってしまったカントクにも何かお詫びをしようと心に誓った。
「名前ちゃん、黒子君もおはよ!」
「おはよー、名前ちゃん、テツ君!」
集合場所は現地で、となっていた。
僕達も待ち合わせの10分前には着いたのだけれど既にカントクも桃井さんも到着していた。
「おはようございます。リコ先輩もさつきちゃんもお待たせしてしまってすみません」
彼女がそう言って頭を下げたタイミングで僕も2人に謝罪の言葉を口にした。
2人は何も気にしていない様子で早く入ろうと言って僕達に入場チケットを手渡した。
男は僕1人だから一度別れて集合場所を決めてから更衣室に向かった。
まぁ僕は服を脱ぐだけなので直ぐに準備は出来て外に出たのだけれどまだ3人はいなかった。
女性の方が何かと準備があるのだろうし暫くかかるだろうと考えながら壁に背を預け待っていると5分程待って3人が現れた。
普段と変わらない笑みを浮かべた桃井さんと何故か顔を真っ赤に染めたカントクにそのカントクを支えるように連れて現れた彼女。
多分桃井さんが何かしたんだろうなと想像は出来たのだけれど敢えてそれには気付かないフリをした。
多分その話題に触れればカントクがより恥ずかしい思いをすると予想がついていたから。
「テツヤ君日焼け止め塗った?
殆ど屋内だけどガラス張りだから焼けちゃうから」
彼女はそう言って僕に日焼け止めを見せた。
塗っていませんと伝えるとその日焼け止めを僕に手渡した。
「背中は名前ちゃん塗ってあげたら?」
桃井さんがそう言うと彼女はその方がいいかと納得したようで先程渡したばかりの日焼け止めを再び僕の手から回収してクリームを手に出した。
「後ろ向いて?」
「は、はい...」
彼女に言われ素直に従うと彼女の手が肩に触れた。
そこから両手でクリームを伸ばされ塗られて去年の夏彼女の身体に同じように日焼け止めクリームを塗ったことを思い出した。
なんというか...まぁあの時は100%下心を持ってやったことなので当たり前といえば当たり前の話なのだが、自分が塗られて初めてあの時の彼女の気持ちを少し理解した。
なんだか物凄く恥ずかしい。
まぁ僕の場合は彼女にクリームを塗られる所を桃井さんとカントクに見られていることによる緊張感もあるのだけれど。
「はい、後は自分で塗って?」
後ろを塗り終えた彼女はそう言った。
再び僕の手の中に返ってきた日焼け止めを塗りお礼を言って彼女に返した。
「日焼け止め落とし家に帰ってからあげるから今日はそれ使ってね。結構強めのやつだから、それ」
日焼け止めを落とすのに専用のものがあるということを今初めて知った。
どうせなら一緒にお風呂に入ってそれを使えたらいいのだけれど、でも今日は無理に彼女の予定に押し入ったようなものだし流石にそこまで我儘は言えないなと諦めた。
「じゃあ今日は思いっきり遊ぶわよ!」
「さっそくウォータースライダー行きます?」
「テツヤ君どれから行く?」
はしゃいで盛り上がる3人はとても可愛く思う。
彼女だけではなく、だ。
僕が見たってそう思うという事は他の人から見てもそうである事は当たり前の話で。
ちらちらと男性の視線が3人に向けられているのが気になって仕方ない。
多分僕は見えていないんだと思う。
そして空気が読めない行動とはいえやっぱり着いてきて良かったと、そう思った。
「どうせ全部回るでしょうし手前から順番に行きましょう」
わざとらしく彼女に身体を寄せると僕の顔を見て少し恥ずかしそうな表情を見せた彼女にまたぐっと来てしまった。
ニヤけそうになったけれどカントクと桃井さんが興味津々な顔でこちらを見ていることに気付いていたので気合いでそれを耐えた。
「私たちお邪魔かしらね?」
「テツ君凄く嬉しそうですもんね?」
あからさまに揶揄うような言葉を口にした2人に色々と思う気持ちはあったけれど桃井さんにしろカントクにしろ僕自身が物凄くお世話になっている事もまた事実なのでそこで強く言える言葉なんて浮かばなくて。
「こういう場ですから、少し浮かれて行動してしまう人もいらっしゃいますからお二人も僕からあまり離れないでくださいね」
だからそう言った。
まぁ僕なんて全然非力なのだけれど。
牽制くらいにはなると思うから。
でも他の女性にこんなことを言えば彼女はどう思うのだろうかと少し不安になって顔色を伺ってみたけれど彼女は嫉妬などする様子は無い。
寧ろ有難う、と感謝しているように見えた。
ウォータースライダーを滑る為先を歩く2人に着いて階段を歩いている時に彼女に手をひかれ小さな声で話しかけられた。
「テツヤ君のそういうところ好きだよ。ありがとうね」
こんな時にそんなことを言うなんて狡いと思う。
彼女にとって2人は大切な友達で、だからこそ出た言葉なのだろう。
僕の気持ちにも疑いなんて少しも持っていないということも、それも伝わってきた。
「実はね、私こういうのあんまり得意じゃないから。...無理そうだったらテツヤ君前に座ってね」
言われてみれば彼女のこんなに大きなプールに来たのは初めてだ。
というか彼女以外とも来た事なんてないけれど。
本当に小さい頃は市民プールに何度か行ったことはあるけれどその時はお互いのお母さんが付き添っていた。
「大丈夫ですよ。僕が一緒ですから」
そうだねと言って笑った彼女を見て自分が今どれだけ幸せかということを改めて実感した。
諦めたりしなくてよかった、と改めて。
まぁでも、欲を言えば僕以外の前でその水着姿を晒してほしくは無かったけれど。
もしかしたらフィルターのようなものが多少かかっているのかもしれないけれどここ一年で彼女はグッと色気が増した気がするから。
彼女の身体で見ていない場所なんてないと言えるくらい彼女の事を知っている僕でさえ今日の彼女にはドキドキしてしまうのだから。
end