最後は2人きりで

「今日、...泊まる?」

こういう事を提案するのは何度か経験していてもやっぱり照れるもので、そう提案した時の私の声は少し裏返ってしまった。
私の言葉に彼は少し驚いた反応を見せつつもすぐに嬉しそうな顔になって頷いた。
本当はそんなつもりは無かったのだけれど今日急遽親が家を空けることになったのだ。
それはあまり褒められた事ではないのだけれど合宿中さつきちゃんやリコ先輩と一緒の布団に寝むった事を凄く気にしていたから。
それに今日のプールだって実際彼に着いてきてもらって良かったと思う場面は何度かあった。
私がというよりは主にさつきちゃんのことで。
あれだけ可愛くてスタイルが良い女の子だ。
やっぱり下心を持った男の子に何度か声をかけられた。
テツヤ君の気配の薄さはプールでも健在だったようで女の子3人と勘違いをされ知らない男の子に何度か声をかけられた。
その度にテツヤ君が防波堤になってくれたことで事なきを得た。
だから何かお礼をしなければ、と考えていたところでお母さんから家を空けると連絡が来たのだ。
まぁそれをお礼だなんて言ってしまうのも自意識過剰と思われてしまうかもしれないのだけれど。

「今日と明日はずっと一緒にいられるんですね」

こんな事を言う彼だから。

「...一旦帰って明後日の用意だけしてから来てね」

私も同じ気持ちだよと心の中で呟いて家の前で一旦彼と別れた。








「テツヤ君、今日はプールで疲れたから晩御飯お素麺でもいい?」

「はい、勿論。というかすみません、僕も何かお手伝い出来ることありますか?」

大丈夫、と言って彼に座ってくれていて構わないと言ったのだけれど彼は近くで私を見守っていた。
家の中はエアコンがきいていて涼しいしプールでアイスも食べたからあまり冷たいものばかりが続くのもよくないと思い暖かいにゅうめんにすることにした。
白だしベースのつゆに冷蔵庫にあった人参と椎茸とほうれん草に油揚げも入れて茹でた素麺を加え、仕上げに卵を流し入れて。
まぁ手抜きと言えば手抜きだけれど今更彼に見栄を張るような関係でもないし。
なんせもう16年の付き合いになるのだから。

「あっという間に出来ちゃいましたね」

「お素麺は茹で時間が短いからすぐ出来てほんと便利なんだよね」

まぁ糖質が高いのに細くて食べやすくてつい食べ過ぎてしまうこともあって太りやすいのが難点なのだけれど。
一人前ずつであれば問題はない筈だ。
今日は沢山動いたわけだし。
火神君あたりなら一体何束で満足するのだろうかと少し考えた。

「僕も作れそうな気がしますので今度は僕が名前さんの為にお作りします」

「ありがとう、楽しみにしてるね」

バレンタインの時も言っていたけれど彼は料理に興味を持ったのか時々そういうことを言うようになった。
少し前の休日には彼が炒飯を作ってくれた。
焦げて固まってしまった部分があり彼は少し落ち込んでしまったけれど味付けは良かったし十分美味しくいただけた。
多分今日のこれは炒飯よりずっと簡単だからあからさまに失敗することはないと思う。
別に少しくらい失敗したところで気にする必要なんてないと思うけれどやっぱり作る側としての気持ちも分かるから彼が落ち込む理由も分かるから彼が納得のいくものを作れるよう応援したい。

「美味しいです。ホッとするお味ですね」

「うん、冬の朝ごはんにも温まっていいんだよ」

簡単なものだって、食べ慣れたものだって彼と食べればいつもよりずっと美味しく感じられる。
その日の夕食は当たり前な幸福を再認識させられる時間となった。
夕食の後は...取り敢えずお風呂、かな?
どうせ一緒に入りたいと言われるのが分かっている、というか一緒に入ることになるということが分かっていると言った方が正しいだろうか、だったらもういっそのこと。

「テツヤ君、...ちょっと早いけどご飯食べたらもうお風呂入ろっか」

「え...あ、はい!」

自分から誘うことにした。
多分彼は喜んでくれる筈だから。
現に今彼の表情が先程よりも明るくなっている気がする。
これは勘違いなんかではない筈だ、多分。

「名前さん、...僕、今とても幸せです」

「...私もだよ」

どうして彼は照れることなくこんなにストレートに想いを伝えられるのだろう。
昔から彼は真っ直ぐなところが大好きだ。
勿論、ただ純真無垢なわけではないと今では分かっているけれど。
そこも含めて今の彼が好きなんだと思う。

「お役に立てませんでしたから夕食のお片付けはやります。美味しかったです、ごちそうさまでした」

本当に、多分私は彼と出会った事で今の人生での男運を全て使い果たしたんじゃないかって、そんな気がする。
これから先彼以上の、彼程私を愛してくれる人になんて絶対に出会えないだろうなって。

「...じゃあテツヤ君の身体は私が洗ってあげるね」

それは多分少しはしゃいで口にしてしまった言葉なんだろうなって、そう思う。

「凄く嬉しいんですけどご褒美の方が大きすぎて皿洗いなんかでは精算出来ていない気がします」

「普段は私の方が沢山貰ってるから、大丈夫だよ」

多分私程幸せな人間もそういないと思う。
それはさすがに自惚れが過ぎるかもしれないけれど。
でもそれが私の本心だ。







「日焼け止めの落とし方分かりましたのでまた次回は僕が名前さんにしてあげますね」

「テツヤ君ってほんとそういうの隠さないよね、最近」

お風呂でしっかりと日焼け止めを落とし軽くお風呂に浸かって、しっかり肌のケアをして髪を乾かし今はリビングのソファーで2人並んでとくに観たいものがあるわけではないけれどテレビをBGM代わりにしてアイスを食べた。
時刻は9時を迎えようとしている。

「まぁもう今更隠したところでバレバレだと思いますし、貴方ならそんな僕も受け入れてくれると分かっていますから、甘えてます」

彼は食べ終わったカップをテーブルに置いて私の太ももを触ってこちらを見た。
先ほど言った言葉通り甘えたくなったのだろうと察してソファーの端に寄って座り直すと彼はお礼を言って私の膝の上に頭を乗せた。

「僕にとって凄く贅沢な時間です」

「私も幸せだよ」

ふわふわの髪を指でといて、すべすべの頬を撫でた。
目を閉じて静かにされるがままになってくれている彼を見ればどれだけ私に気を許してくれているのかが分かる。

「秋は学校行事も沢山あってなにかと忙しいから、体調くずさないようにしなくちゃね」

「健康的な生活を送るようにしないといけませんね」

彼はそう言って私の足を撫でた。
まぁ別にいいのだけれど、今日は私が誘ったようなものだし。
これも彼が健康であるからこそ、と言えるし。
まぁ不健全ではあるけれど。

「...ベッド行く?」

「名前さんの方からお誘いいただけるなんて嬉しいです」

彼は一瞬驚いた顔をしたけれどすぐに微笑んで私の手をとりその手に唇を押しあてた。
こういうことを自然と出来るところは少し恐ろしい。
まだ高校生で、私としか付き合ったことがないというのに。

「今夜はとびきり優しく出来る気がします」

「...期待してるね」

指先にキスをして、ちゅ、と音を立てて吸った。
身体が少しずつ熱を帯びていく。
これは経験からくる期待なのだと思う。
好きな人に触れられる、触れてもらえる喜びを身体が、脳が記憶して。

「貴方のそういうところ本当に可愛くて大好きです」

私の顔に手がのびて優しく触れて。
触れられた頬は多分赤くなっていたのだろうなと、そう思う。


end