得体の知れない何か

「黒子っちじゃないっスか」

普段より少し早く終わった部活帰り、彼と2人で久しぶりにマジバに寄り道していこうということになって店のすぐ前まで来たところで背後で彼の名前を呼ばれた。
その呼び方、声に聞き覚えがある。
後ろを振り返るとそこにいたのはやっぱり海常高校の黄瀬君、テツヤ君の元チームメイトだった人だった。

「...黄瀬君、どうも」

「相変わらず素っ気ないっスね。俺と黒子っちの中じゃないですか」

「どんな仲ですか。変な言い方やめてください」

テツヤ君は黄瀬君に対して凄く素っ気なく返事をした。
私は離れていた方がいいだろうかと思い距離を取ろうとしたけれどテツヤ君に手を握られそれは叶わなかった。
手を繋いでもらえるのは嬉しいけれど黄瀬君はそんな私達を見て驚いたのか目を丸くした。

「黒子っちが女の子と...それも手を繋ぐなんて珍しいっスね」

なんだろう、別に嫌な事を言われているわけではないのにちょっと気まずい、というか怖い。
美人な人だから迫力があるのだろうか。
睨まれているわけでもないのに、なんとなく怖い。

「珍しいかどうかは知りませんが手くらい繋ぎますよ。こちらは僕がお付き合いしていただいている女性ですから」

「....えええええっっ!!??黒子っちに彼女!!??」

大袈裟なくらい大きな声を上げて驚いた黄瀬君にテツヤ君は顔を顰めた。
自己紹介でもするべきなのだろうかと悩みながらも取り敢えず頭を下げた。
黄瀬君が大きな声を出したことでその声を聞いて近くにいた女の子達が黄瀬君を認識して少し騒ついていた。

「...黄瀬君、君は目立つんですからもう少し考えて行動してください。すみません名前さん、ゆっくり出来そうにありませんから今日は別の場所にしましょうか」

テツヤ君は私の手を引き歩き始めた。
黄瀬君は慌ててテツヤ君に謝った。

「また連絡しますから、今はデート中なので黄瀬君はお引き取りください」

テツヤ君は黄瀬君が何か言う前に失礼しますと言って早足で黄瀬君から距離を取った。
私は結局一言も喋らないままもう1度黄瀬君に頭を下げて彼に着いていった。
ただ引かれるままに、一体どこに行くんだろうと考えながら歩いていると見覚えがある道に出た。
彼の家のすぐ近くまで来ていたことに今気が付いた。

「...祖母がいますので...その、あまり思い切ったスキンシップはとれませんが。取り敢えず2人になれますので、うちに寄ってください」

多分私がすぐに彼を求めてしまうからだと思う、彼がそう言ったのは。
それを自覚すると自分が凄く恥ずかしい人間に思えてしまった。
普段は好きな人なんだからそんなの当たり前って思っているのに。
今あるもやもやの正体にはなんとなく気が付いている。
これは多分嫉妬だと思う。





「祖母がお茶とお菓子を用意してくれましたので、どうぞ」

「あっ、ごめん、ありがとう」

彼の家に着くと彼の言っていた通りお家には彼のおばあちゃんがいて優しい笑顔で私を迎えてくれた。
そしてお茶とお菓子まで用意してくれた。
申し訳ない気持ちもあるけれどそれ以上に快く迎えてくれたことが嬉しい。

「じゃあ...いただきます」

彼のおばあちゃんが淹れてくれたのは温かい玄米茶だった。
それを一口飲むと先程まで騒ついていた心が少し落ち着いた気がする。

「こちら祖母が作った大学芋ですね...お嫌いではないでしょうか?」

「うん、好きだよ。でも凄く久しぶりかも」

それを食べようと一緒に出してくれたフォークを手に取ろうとすると彼がそのフォークを先にとって大学芋を刺し私の口元へと運んでくれた。
私はそれをそのまま食べた。
外はカリカリで中はホクホクとしていてまだ温かい。
本当についさっき作ったものを出してくれたのだと知った。  

「テツヤ君のおばあちゃんお料理上手だね。凄く美味しいよ」

「伝えておきますね。きっと喜びます」

再び差し出された大学芋を食べてお茶を飲んだ。
もう完全に落ち着けた気がする。
これはテツヤ君とテツヤ君のおばあちゃんのおかげだ。
でもそれはそれとして今日は彼に甘えたい、そんな気分だ。
今日は、なんて言い方少し違和感があるけど。
今日もと言った方が適当かもしれない。

「テツヤ君」

「はい、どうしました?」

彼に寄りかかって腕に抱き付くと空いた方の手で私の頭を撫でてくれた。
おばあちゃんだけじゃない、いつも彼は優しい。
優しくてあったかい。
だから信じているのに、考えないようにしていたのに。

「話してほしいです。今貴方が考えていること」

多分私の不安なんて彼にはお見通しなんだろうなって、そう思う。
だって普段から優しい彼だけど、今日の彼はいつも以上に優しいから。
凄く私に気を使ってくれている、そんな気がする。

「...さっき、黄瀬君がね...テツヤ君に彼女がって...驚いてたあれ...本当にそれだけだったのかな、って...」

「...名前さん。貴方に告白をしたのは僕です。僕の方から貴方を好きになったんです」

彼はそう言って私の顔を自身の方に向け、ゆっくりと顔を近付けキスをした。
知っていた、知っていたのだけれどこんなに優しいキスを今されてしまうと胸が張り裂けそうになってしまう。

「...貴方とお付き合いをしていること、言いふらすみたいなことをする気はなかったのですが別に隠したいわけではないです。それに対して貴方が不安な気持ちになるのでしたら知り合いにはきっちり紹介させていただきますよ」

別にそんなことがしてほしかったわけじゃない。
たださっきの黄瀬君の視線が、値踏みとか、そういうのじゃなくて、なんとも言えない違和感。
それはきっと....

「いい、言わなくていいよ」

彼の腕を離し、距離を取った。
そんな私の行動に彼は少し戸惑いの表情を見せた。
別に拒絶したかったわけじゃない。
なんとなく、今は嫌だって、そんなの彼に対して思ったのは初めてだけど。

「ごめんね、ちょっと気になっただけなの。だからもう気にしないで」

私ちゃんと普段通り笑えているんだろうか。
わからない、別に泣きそうとか怒ってるとかそんなんじゃないんだけど、笑っていないと自分がどうなってしまうか分からなくて、不安で。

「お芋もう少し食べていい?」

「...はい、勿論...」

甘い大学芋を今度は自分で口に運んで、噛み砕いて、飲み込んで。
凄く美味しかった筈なのに、なんでだろう、さっきと味が違う気がする。
それを確かめる度にもう一つ、でもやっぱりその感覚は変わらなかった。
不思議に思いながらも続けてお茶を飲んだ。
冷たくなってしまったお茶を飲んできっと大学芋も冷めてしまったからだ、そう納得させた。
別に美味しくなくなったわけじゃないのにどうして私はこんなに必死で考えて理由を探しているのだろう。

「テツヤ君ごめん、今日沢山課題出たから、そろそろ帰るね」

「え、あ...、はい、では送ります」

そう言うなり立ち上がり鞄を肩に掛けると彼は慌てて同じように立ち上がり私の手を繋いだ。
この場合繋いだというより捕まえたという表現の方がしっくりくるかもしれない。

「ごめん、ちょっと電話しながら帰りたくて、だから1人で帰るね」

「...電話...帰ってからじゃ駄目なんですか?」

そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
悲しそうな顔なんて見たくないのに。
でも今の私はいっぱいいっぱいで。

「ごめん、ちょっと急ぎの用を思い出しちゃって」

早く出なければ、早く逃げなければ。
私の不安がもうすぐそこまで迫っている。
それはきっと大きな波を起こしてしまうから。

「ごめんね、テツヤ君のおばあちゃんに美味しかったですって伝えてくれる?」

「...はい」

言いたいことなんて山程あるだろうに、彼はそれをすることもなく頷いた。

「ありがとう。...テツヤ君、...大好きだよ」

それは、それだけは私の心からの言葉。
でもなんだか今日は凄く空っぽな言葉に聞こえた。
彼を好きな気持ちになんの変化もないのに。
本当はまだ帰りたくなんてないのに。
ずっとずっと一緒にいたいし触れていたいと思っているのに。

「...はい、僕も名前さんのこと、大好きですよ」

私は情けなくなるくらい子供で。
本当に、本当にそれが恥ずかしくて泣いてしまいそう。


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