普段から意味もなく夜更かしする方ではない。
というか出来ない。
毎日部活で殆ど体力を使い果たしてしまうからだ。
夜しっかり寝ていても試合の翌日なんかは授業中居眠りをしてしまう事もある、昔よりマシになったとはいえ他の部員に比べるとやっぱり体力が無い方だから。
だから基本的に夜はベッドに入ればすぐに眠ってしまえる方だ。
なのに今日はなかなか寝付けない。
その原因なんて考えるまでもない、彼女だ。
放課後明らかに様子がおかしくなった彼女に拒絶に近い態度を取られてしまったから。
機嫌が悪いとか怒らせたとか、それならまだここまで引きずったりしない。
僕に怒っているのならお互い納得がいくまで話し合いをすればいいだけだし虫の居所が悪かっただけなら何かリラックス出来ることはないか2人で考えればいい話だから。
でも今日は多分そうじゃない。
彼女のあんな、貼り付けた笑顔を見たのは初めてだった。
心臓が大きく鳴って胸が苦しくなった。
帰ると言った彼女を引き止めたかった、でもそんな彼女の顔を見た後でそんなことは出来なかった。
僕はこんなに弱かっただろうか、と悔しくなった。
もし明日からも彼女に避けられたら?
もう彼女のいない生活なんて考えられなくなっている。
「...名前、さん...」
携帯を開くと待受画面に設定した夏祭りの日一緒に撮った写真が表示された。
写真の中で笑う彼女はなんて可愛いのだろう。
僕を好きで堪らない、嬉しくて仕方ないって、そんな幸せに満ちた表情。
それは当然隣に写る僕も同じで。
そんな写真を見ていると今すぐにでも彼女に会いたくなった。
声が聞きたい、会って抱きしめたい。
でもそんな事は出来ない。
時刻はもうすぐ深夜1時を迎える。
明日も朝練も学校もあるのだからいい加減眠らなくてはならない、それが分かっているから惜しむ気持ちを抑えて携帯を閉じて手放した。
目を閉じた後も瞼の裏には彼女がいて、そんな彼女き恋焦がれて苦しくなった。
それでも身体だけではなく心も疲労してしまっていた僕は目を閉じてそのまま布団に潜って静かにしているとやがて眠ってしまった。
「テツヤ君おはよう」
「おはようございます!」
それでもいつも程深く眠る事は出来ずに普段起きる時間より1時間早く目が覚めた。
なんとなく身体が重く感じるのは寝不足だけが原因ではないと思う。
彼女に会うのが気が重い、怖い、でも会いたい。
彼女はいつも1番早く登校している。
それはきっと今日も同じ筈だから。
このままではいけないと思い僕は早めに家を出ることにした。
体育館に入るとやっぱり既に彼女は来ていて朝練を始める為の準備をしていた。
そして僕に気付くとにこりと笑っておはようと挨拶をしてくれた。
今はそんな挨拶一つ交わせたことがただ嬉しい。
「...少しだけ、抱きしめてもいいですか?」
「え、あ、う、うん」
でも2人きりだというのにいつものように僕を見るなり駆け寄ってくる事はなくて、それが寂しくて僕の方から近付いてそう声をかけると彼女は頷いてくれた。
拒まれはしなかった、でも普段だったらそんな風に言えば彼女の方から抱き付いてきてくれるのに。
なんだか凄く悲しくなった。
それでも、それを寂しいと思いながらも僕は彼女を抱きしめた。
彼女も僕の背に手を回してくれたけれどそれだっていつもより遠慮が感じられる。
「...キス、したいです...して欲しいです」
「...う、うん」
普段とは逆だ。
いつも彼女の方からねだられるのに。
今日は僕がお願いした。
少しだけ彼女を抱きしめる腕の力を緩めると少し間を開けておそるおそる唇を近付けて僕に一瞬触れるだけのキスをした。
「...もっとしたいです」
「てつ、んんっ...!」
彼女が何か言おうとする前に今度は僕の方から唇を塞ぐと彼女は身体を強張らせた。
こんなこと初めてで、今はそれが拒絶されているかのように思え心が騒ついた。
彼女は僕の腕の中で大人しくされるがままになっているというのに。
どうして、どうして、と悲鳴のような声を上がる心に頭がおかしくなりそうだった。
「っ、名前、さん...」
「っあっ...!」
彼女の首筋に顔を埋めそこを思い切り吸って、舌でなぞって、無性に彼女を抱きたくなった。
そんなこと無理なのは分かっているのに、ここは学校の体育館で、いつ他の部員が現れてもおかしくないのに。
「っ僕のこと、嫌いにならないでくださいっ...」
「てつ、やく、ん...っ」
僕の名前を呼ぶ彼女の声が震えていて、でも先程より僕を抱きしめる力は強い。
彼女の顔を見るのが怖かった、でもそんなわけにもいかず、恐る恐る顔を上げると彼女は涙を流していた。
そんな彼女を見た瞬間自分のしてしまったことの嫌悪感で胃の中のものが逆流しそうになった。
早く彼女から離れないと、そう思って抱きしめていた手を解くと今度は彼女が嫌だと言って僕に抱き付いて肩に顔を埋めた。
「嫌いになんて、なれない、よ...テツヤ君のこと、大好きなの、に...っ!」
僕に抱き付いて何度も何度も繰り返し好きだと言ってくれた。
そんな彼女の頭をおそるおそる撫でるとやがて彼女の震えがおさまった。
「...今日、遅くなっても大丈夫?」
力いっぱい抱きしめられて、不安を含んだ声色で。
「今夜、おうち、1人なの...」
こんな形で、こんな筈じゃ無かったのに。
本当に、大好きだからこそ大切にしたかったのに。
「...来てくれる?」
赤くなった目で僕を見上げる彼女は本当に弱々しくて、そんな顔をさせてしまっているのが自分だという事実に息苦しさを覚えた。
呼吸すらままならないなんて。
彼女が僕の事を好きになる前から僕は彼女を好きで、でもこんな風じゃなかった筈なのに。
「...はい」
もっと綺麗な感情だった筈だ。
僕だけに笑いかけてくれたら、手を繋げたら、抱きしめたい、その程度だった筈なのに。
今は僕以外見てほしくなんてない、僕のことだけを考えてほしいって願う程。
屈折した感情だと思う。
これは本当に愛なんて綺麗なものなのだろうか?
依存や執着という言葉の方がしっくりくる気がする。
「...私が嫌な子だって、お話しても...私の事好きでいてくれる...?」
僕をここまでおかしくさせたのは彼女だから。
だから僕を見放すなんて許さない、そんな傲慢な言葉ばかりが僕の頭を巡ってしまう。
「こんな、...こんな僕を知ってもまだ貴方は僕の事を好きと言ってくれますか?」
なんて卑屈なんだろう、今の僕は。
こう言えば大丈夫だよって言ってもらえると思って言っているようなもんだ、こんな聞き方。
「私達おんなじだね、考えてること...」
苦々しい顔で笑う彼女に同じように笑って。
「僕はもう...名前さんがいないと駄目みたいです」
貴方のせいです、と心の中で彼女を責めた。
貴方が僕を変えてしまったんだと責任を押し付けて。
「本当に、今すぐ貴方を抱ければいいのに」
触れて、繋がって、僕にしか見せない姿を見て安心したい。
そんなのただの生理的な欲求を解消するものでしかないと思われてしまうかもしれないけれど、でも僕はそれに縋ってしまう。
「どこにもいかないよ。私ずっとテツヤ君と一緒にいるから、ね...」
一時でも離れる事が嫌で、惜しむようにもう1度強く彼女を抱きしめた。
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