嬉しい時悲しい時もあるけれど

「俺明日誕生日なんだよ」

今まさに眠りにつこうと電気を消した時ベランダの方から何やら物音がした。
そしてカーテンの向こうにはどう見ても人間のシルエットが。
明らかな不審者の登場にどうしようか悩んだ結果すぐ助けを呼べるようにPDAのダイヤル画面を表示した状態にして持ち、逆の手には過保護な明日香が護身用にと置いて行った竹刀を持って勢いよくカーテンを開けた。
そこにいたのはヨハンだった。

「·······」

いつもと変わらぬ笑顔で自分が誕生日だという情報を伝えてきたヨハンに恐怖さえ覚え一瞬言葉が出なかった。

「ここは女子寮でしかも三階なんだけど」

硝子戸を開けベランダに出た。
私の部屋のベランダの近くにはなかなか大きな木が植えられている。
おそらくそこを登ってきたのだろうと予想が出来た。
正直ああいう物を住居のすぐ近くに植えるのは防犯上どうなのかと思うが孤立した島でそこまで外部の侵入者を恐れる必要などないのだから本来であればそんな心配は杞憂なのだ。

「女子寮って男は正面から入れないだろ?」

だから裏から入るしかない、目の前の男は当たり前のようにそう述べたのだ。
あまりにも堂々とした態度に今すぐに通報してやろうかと考えが頭を過った。

「ベランダからなら入っていいというルールなんてないよ」

「でもそうしないと名前に会えないだろ」

もうぶっ飛ばしてやろうかと思うくらい会話が噛み合わない。
まぁそれはいつもの事なのだけれど。

「なんでわざわざそれを言いに来たの?
別に電話でも良かったじゃない」

「そりゃあ決まってるだろ」

月夜に照らされた姿は絵になった。
全くもって見た目だけは良い。
いや、性格だってけして悪くはない。
多少強引な所もあるしぶっ飛んだ所もあるが基本的に明るく前向きで思いやりもある。
ただそのぶっ飛び方が問題なのだが。

「名前から一番におめでとうをもらいに来たんだ」

時計を見るとあと5分程で日付が変わる時刻だった。

「だとしてもこんな事はこれで最後にしてよ。
バレたら困るのヨハンでしょう」

「ああ、大丈夫だ。これっきりだから」

来年はもうお互いにここにはいない、口にはしなかったがヨハンからそんな言葉が聞こえた気がした。

「なんで私なの?」

理由なんて本当は検討がついている。
なんだかんだ言いいつつ私達はお互いに同じ感情を持っていると思う。
でもそれをお互い口にはしなかった。
それはきっとこれから先の未来がチラついていたからではないかと思う。
もっとも私にとって一番の理由はそれではないのだが。

「そんなの1つしかないじゃないか」

柔らかく笑ったヨハン。
そして時計の秒針が日付が進んだ事を知らせた。
わざわざ危険を侵してやってきたヨハンの誕生日の願いくらい叶えてやろうと言葉にしようとした時、私はそれを口にする事を阻まれた。
誰でもない、ヨハン自身に。

「····普通にしたね」

「悪い、我慢出来なかった」

全く悪びれる様子もなくヨハンはそう言った。
私のおめでとうはヨハンが私の唇に自身の唇を合わるという行動により打ち消されてしまった。

「俺は数ヶ月もしたらまたここを出て行く事になるんだよな」

「···そう、だね」

いつもとは違う少し影を落としたヨハンの表情に自然と私もつられて声のトーンが下がってしまった。。

「最初は色々考えてみたんだよな。
 辛くなるんじゃないかって」

それを言葉にされただけで胸がチクりと痛んだ。
ヨハンも同じように感じていた事は少し嬉しく思う気持ちもある。

「でもさ、やっぱ今のままの方がもっと辛いんじゃないかって気がついたんだ、後悔するんじゃないかって」

ヨハンはそう言って私の手をとった。
その顔はいつもの、いや、とても柔らかく優しい表情だった。

「俺は名前が好きだ。
 俺の恋人になってほしい」

今度は手にとった私の手の甲にキスをした。
その姿は腹が立つほど様になっていた。

「·····言葉と行動の順序が逆じゃない?」

私がヨハンを拒む筈がないと確信していたのだろうか。
あながちそれは間違いではないということにまた腹が立つ。
本当はずっとこの言葉を待っていた。
私が気持ちを伝えなかった一番の理由はヨハンからの言葉を待っていたからなのだろうと思う。

「悪いな、気がついたら名前にキスしてたんだ」

謝る気なんて更々無さそうだ。
なんの罪悪感も無いことがヨハンの顔を見ればわかる。
それでもけっして不快には感じていない自分の今の感情で、改めて私がヨハンにどういった感情を持っているのかということを自覚させた。
私はヨハンが好きなのだろう。

「卒業してもこうして会いに来るから」

「その時は玄関から宜しくね」

二人で笑った。
会おうと思えば会えるんだという事を思えば心は随分と軽くなった。
私達はこれから先一年も経たずにこの鳥籠を追い出されてしまうのだから。
それは少し寂しいけれど、何処にで行ける自由を与えられる喜びもある。

「もう一度キスしてもいい?」

断らせるつもりなんてない癖に。
それは私に了承をとっている風に見せかけた決定事項を告げているだけだということを知っている。
だから私はそれに抗うことはせずに目を閉じた。

「あ」

しかしそこで1つ大切な事に気がつきヨハンの口を手で塞いだ。
そんな私の行動にヨハンは眉間にシワを寄せた。
今になってなぜ拒むのかという顔だ。
勿論そんな顔をさせる為にそれを拒んだ訳ではない。

「まだ言えて無かったから。
 ヨハン、誕生日おめでとう」

そして今度は私からヨハンにキスをした。
ヨハンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐに少し照れたような年相応の笑顔を見せた。

「いつか迎えにくるから。
 それまで空けておいて」

そう言って私の薬指にキスをした。
全くもってキザな男だと思う。

それでもヨハンのおかげで私の杞憂は晴れてしまった。

楽しい事も辛い事も沢山あるだろうけどまた来年も貴方におめでとうを言える日を楽しみにしておこう。

来年の誕生日は私が会いに行こう、そう決意した。