「昨日は久しぶりにテツ君に会えたの。相変わらず優しくてね、かっこよくて、大ちゃんとは全然違うの。まるで王子様みたい」
私の大好きな女の子は幸せそうな笑みを浮かべてそう語った。
友人だ、彼女は。
だからこういう時彼女の友人である私が取るべき行動は決まっているのに、いつもしてきたことの筈なのに、今日はなぜかそれが出来なくて。
「名前ちゃん?」
なんの反応もしめさない私に違和感を覚えたのだろう。
彼女は不思議そうな目をして私の名前を呼んだ。
いつもの私だったらもっと聞かせてと言わんばかりの反応を見せるのだからそれも無理も無い。
秘めた想いを隠す為にやり過ぎてきたのだ、今まで。
その反動が今ここに来て跳ね返ってしまったんじゃないかって、そう思う。
「あ、そうだ。今度の土曜日空いてる?もし空いてたら買い物付き合ってほしくて」
その誘いは何番目にしてくれたの?
テツ君にもした?青峰君にもした後?
胸のもやもやが広がって嫌なことばかり考えてしまう。
友人に買い物に誘われるなんて普通のことな筈なのに。
不純な気持ちを隠して彼女が私に向ける友愛を利用してきたくせに、こんなのあまりにも自分勝手だ。
でももう多分、限界なんだろうなって。
このまま友人のフリをして彼女の隣に居続けたらいつか彼女の気持ちを裏切るようなことをしてしまうんじゃないかって、そんな気がするから。
「...ごめんね、その日デートなの」
「...え...デート、って......えっと、それって私と出掛けるみたいな、他の女の子とって意味、だよね?」
彼女が驚くのも無理はない。
私はただの友人と出掛けることをデートだなんて言うタイプじゃない。
そして彼女にとっては私はなんでも話せる友人で、彼女もきっと私がそうだと思っている。
こんなに大きな隠し事をしているというのに、彼女はそれに全然気付かない。
気付かれないようにしてきたのは私なのに心のどこかで気付いてほしいと願う自分がいた。
振り向いてくれるんじゃないか、そんな期待があったのだと思う。
自分が前向きなのか後ろ向きなのか分からない。
「ううん、...この前私の事を好きって言ってくれた人がいてね、まだよく知らないから。だから取り敢えずその人の事を知る為に、お試しでって。そういうことになったの」
私は酷い人間だから、誰か別の人を好きになれたら彼女への想いを断ち切れるんじゃないかって。
そう思って都合よく自分に好意を向けてくれていた人の気持ちを利用しようとしている。
こんな事が平気で出来る人間を彼女が好きになってくれる筈がない。
私は会った事がないけれど彼女の口から聞かされるテツ君という男の子は本当に誠実な人だから。
だから、そんな私がテツ君に勝てる筈がない。
「もしもその人の事好きになれたら相談に乗ってね」
今貴方がしているみたいに、私は精一杯笑った。
彼女の前で仮面を被ることは得意だ。
でもいつも、いつも胸が痛くなって苦しくて。
泣いてしまいそうになる。
「...名前、ちゃんが...好きに、なる...?」
でも今日の彼女は様子がおかしい。
私を見る目の焦点が合っていない。
変に思って彼女の肩に手を伸ばしたけれど私なんかが触れていい女の子じゃない、すぐにそうブレーキが掛かってその手を引っ込めようとしたその時、彼女がその手を取った。
「どうし、...」
「...だめ...」
それは予想外の出来事だった。
彼女はボロボロと大粒の涙を流し、それを拭うこともせずに私を見ているのだから。
一体どうして、と動揺している私に彼女は抱き付いた。
彼女のそんな行動に私は固まってしまう。
友人であれば彼女を抱きしめ返してどうしたの?と聞くべきなのだと分かっている。
でも出来ない、だって私は彼女の事をただの友人だなんてこれっぽっちも思っていないのだから。
そんな私が彼女に触れる資格なんてない。
でも彼女は全然離れようとする気配はない。
寧ろ私を抱きしめる腕にどんどん力が込められていく。
「デート、なんてっ、...行かないで...っ!」
酷い、残酷すぎる言葉を口にする彼女に私の中の我慢の糸がぷつんと切れた音がした。
彼女を強引に押し倒し頭をぶつけた彼女が痛がるのなんてお構いなしに両手を床に押さえ付けた。
彼女は涙でぼろぼろになった顔で私を見上げる。
どんな顔をしていたって綺麗な彼女がいっそ憎らしく思えた。
「...じゃあもう私の前でテツ君の話なんてしないでよ!私はさつきのそんな話聞きたくない!」
彼女は目を見開いた。
今までこんな風に誰かに怒鳴ったことなんてない。
駄目だと頭では分かっているのにもう止まらない。
彼女への想いが溢れてしまう。
「私がさつきのこと今までどんな風に見てたと思う?独り占め出来たら、この身体に触れられたらって、いつも、いつも...!」
彼女の顔にぼたぼたと水が落ちる。
彼女の顔がモザイクでも掛かったかのようになってよく見えない。
私が泣く資格なんてないのに。
「...私をデートに行かせたくないっていうなら今ここで抱かせてよ。さつきの全部私にちょうだい。...それが出来ないならもう私に関わらないで...」
最低な台詞、彼女にとって王子様であるテツ君とは大違い。
早く逃げて、どんなに罵ってくれても手を上げてくれても構わないから。
貴方がはっきりと拒絶してくれたら私はもう2度と貴方に触れないし近付いたりしないから。
押さえ付けていた彼女の手を解放して彼女をじっと見下ろした。
もう彼女がどんな顔をしているかなんて見えていないけど。
「やっと言ってくれた」
彼女が本当に小さな声で呟いたその直後、私の身体が反転した。
先程とは逆、今度は彼女が私を見下ろしている。
「...気付いてたよ、名前ちゃんが私をどんな目で見ていたかなんて」
彼女は私に顔を近付け、私の涙を舌で拭った。
驚いて固まる私を見て彼女は笑う。
「名前ちゃんに私の全部をあげる。だから私に名前ちゃんを全部ちょうだい?」
合わせられた唇。
夢にまでみた彼女とのキス。
それは少ししょっぱい。
これは彼女の涙なのだろうか、それとも私のものなのだろうか。
「私以外見ないで。私のことでいっぱいになって、もっともっと私の事を好きになって?」
一体誰なんだろう、この女の子は。
私が見ている都合のいい夢なのだろうか?
「大好きだよ、名前ちゃん」
夢ならどうか、どうか覚めないで。
一生夢を見せて。
私にとって都合が良すぎる、甘い毒のようなこの夢を。
初めて触れた彼女の身体は想像よりずっと柔らかくて温かかった。
end