弱さを曝け出す

「くろ、こ、君?」

「おはようございます」

おかしい、私は夢を見ているんだろうか。
ここは私の家、私のベッド。
そんな場所にどうして彼がいるのか、まるで分からない。
どうして彼の腕枕で眠っていたのか、どうして服を着ていないのか....現実逃避はやめよう。
そんなの一つしかないじゃないか。
昨日は同窓会があった、私は仕事のストレスが溜まっていたこともあり鬱憤を晴らす為に沢山お酒を飲んだ。
途中から記憶は曖昧で、気付けば朝になっていた。
そして隣には裸の黒子君。

「...私が連れ込んだの?」

「はい、連れ込まれました」

現実は残酷だ。
いい大人が記憶を、理性を失う程飲んで久しぶりに会った男の子を自宅に連れ込むだなんて。
下手をすれば通報ものだ。
ダラダラと嫌な汗が噴き出てきた。

「大丈夫ですよ、僕達まだシてませんから」

「...え?」

焦りに焦った私を見て彼はそう言って頭を撫でた。
男の人に頭を撫でられるなんて一体いつぶりなんだろうか。

「ですから僕の理性が保っている間に一刻も早く服を着てください。正直もうかなりキてます」

そう言われてやっと気付いた。
私の太ももに何か硬いものが触れていることに。
私は慌てて起き上がって彼から離れた。

「ご、ごご、ごめんなさい!!!」

「丸見えですよ」

もう本当に今は駄目だ、動揺してまともに頭が働かない。
私は慌ててクローゼットを漁り適当な着替えを取り出し部屋を出て洗面所へと向かった。
服を着て鏡で自分の顔を見て大きなため息をついた。
どうやら化粧も落とさずに寝てしまったらしい。
昔に比べ肌の衰えを実感する日々を生きているというのに、最悪だとげんなりして化粧を落とした。
...黒子君がいるけれど、まぁすっぴんくらい別にいいか、もう既にもっと酷い醜態を晒してしまったのだから。


「お騒がせしました」

「おかえりなさい」

彼も私がいない間に服を着てくれていたようで安心した。
でも彼の着ているTシャツの襟ぐりが不自然に広がっている。
彼がそんなTシャツを着る印象はなかった。
というかよくよく見れば明らかにおかしい、完全に型崩れしているようにしか見えない。
まさかこれは私がやったんだろうか不安になって恐る恐る彼の顔を見て首元を指差した。

「ああ、これですか?昨日かなり強引に脱がされたもので。伸びてしまったんですよ」

最悪の予想は見事に的中してしまった。
本気で分からない、昨日の私は一体彼に何をしたというのだろうか。
そこまでやっておいて身体を重ねたわけでもないというのだから尚更意味が分からない。
私が困惑しているのを察したのか彼は自ら昨日の出来事を私に説明し始めた。

「昨日はかなりお酒を飲まれていましたよね。そしてつい最近恋人に浮気されて別れたとお話されていました。そこに付け込もうとした人がいたんです。酔った貴方を連れ帰ろうと、さすがにまずいと思い止めに入りました。そしてその後まさかの貴方が僕を連れ帰りました」

死んでしまいたい、本気でそう思ったのは初めてかもしれない。
私の身を案じて行動してくれた彼の善意を完全に裏切る行動だ。
こんなの手を出しておらずとも訴えられたって文句は言えない。

「そして家に入るとジャンケンをしようと言われそれに応じてジャンケンをして、まず貴方が負けると自ら服を一枚脱ぎました」

本当に昨日の私は何をやっていたのだろうか。
説明を聞いたところでまるで意味が分からない。
なぜ私は久しぶりに会った彼に野球拳なんてしかけてしまったのか。

「驚いている僕に続けて2度目の勝負を仕掛け今度は僕が負けました。...これはその時貴方に服を脱がされたことが原因です」

彼は首元を指で摘んでそう言った。
彼があまりにも淡々と他人事のように話すものだから益々困惑してしまう。
昔から物静かであまり表情に出ない人だったけれどこんなにだっただろうか?

「本当に申し訳ありませんでした。弁償します、させてください」

「いえ、大丈夫です。然程高価なものでもありませんから、パジャマにでもしますよ」

そんな風に言われてしまっては逆に心苦しい。
いっそキレられた方が気が楽だ、本当に。
もっと責めればいいのに、彼にはその資格がある筈なのに、どうして彼はそれをしないのだろう。

「なんでもいいのでお詫びをさせて...さすがにこのままじゃ私が耐えられないから...」

「お詫びですか...」

彼はうーんと悩む素振りを見せた。
慰謝料を請求されたって仕方ないと思っている。
というかこんなの、性別が逆だったら本当に警察沙汰だ。
いやまぁ女だから許される、なんてことはないとは分かっているのだけれど。

「では今度改めてこちらに泊まりに来てもいいですか?」

「.......え?」

彼の予想外の言葉に私は驚いて反応が遅れてしまった。
こんな事があったのにまたここに来たいだなんて言う彼の思考回路が理解出来ない。
一体彼は何を思ってそんなことを言ったのか。

「弱った貴方に付け込もうとしたのは彼だけではなかったということです」

彼の大きな青い目が私を真っ直ぐに見据えた。

「高校生の頃は何も言えずに卒業してしまいましたが僕は実は当時から名字さんの事が好きでした。でもあの頃既に名字さんにはお付き合いされている方がいらっしゃいましたので、その仲を引き裂いてまで貴方とお付き合いしたいと望んではいませんでした。でも昨日久しぶりに貴方と再会し貴方が別れたことを知りチャンスだと思ったんです」

逃がさないと言わんばかりに私の手を握り彼はじっと私を見つめる。

「僕は浮気なんて絶対にしません。もしもしたら何をしてくれてもいいです。死ねと言うなら死にます。だから僕の名字さんの恋人にしてもらえませんか?」

「しっ、な、何言ってるの?」

常軌を逸しているとしか思えない告白に私は動揺が隠せない。
高校生の頃はともかく昨日私のあんな醜態を見た後にそんな告白をするだなんて、本当に理解に苦しむ。

「我慢が出来る、という証明...になっているかは分かりませんがその為に昨日は貴方に手を出しませんでした。下心全開でお恥ずかしい限りですがそれだけ僕が本気で貴方が欲しいと思っている、という話です」

本当に彼はこんな人だっただろうか。
何がここまで彼を掻き立てたのだろうか。
高校生の頃の恋の思い出補正が働いているとか?
いやそれにしたって昨日の醜態はそれを全て帳消しにするレベルのことだ。

「今では少し自分に腹が立っています。貴方がいながら別の女性と過ちを犯すような人に遠慮した当時の自分に」

そんな話をしながらも彼は握った私の手を離さない。

「昨日は多少強引だったとはいえ拒もうと思えば拒めました。僕はそれほど体格が大きい方ではありませんがそれでと女性に勝てない程か弱くはありません」

彼が言っていることが強がりなんかじゃないことは分かっている。
現に今私は彼の手から逃れることすら出来ていないのだから。

「僕は酔って勢い任せで貴方に手をだしてしまうような、そんないい加減な男ではないと証明したかったんです。だから素直に名字さんの家に連れ込まれたんです」

お酒なんてとっくに抜けているというのに、私の頭の中は困惑しっぱなしだ。

「すぐに、とは言いません。でも僕にチャンスをくれませんか?貴方を口説く為の機会を。昨日は貴方にベッドに押し倒されて手を出してくれてもいいよ、と言われても耐えたんです。だから謝罪なんかじゃなくご褒美が欲しいです」

「え、待って、私そんなこと、え?」

彼はしましたよ、と即答した。
もう本当に消えてしまいたい、それか彼の記憶から昨日の私を消したい。

「どうしてって泣いていましたよ。あんなに好きだったのにって。そんな貴方を見て僕は更に貴方を好きになったんです」

浮気が発覚した後親しい友達にも話を聞いてもらった。
暗くなんてなりたくなくて、傷付いたのではない、怒っているのだと精一杯アピールして。
殆ど意地だった。
なのに私はどうして久しぶりに会った彼にそんな事を言ってしまったのだろう。

「貴方の事を好きで好きで仕方がないという男がいることを覚えておいてください。まだ頭の整理が付いていないと思いますので、ちゃんと待ちます」

彼は優しく笑って私の頭を撫でた。
そして思い出した、昨日彼の腕の中で子供みたいに泣いた事を、彼はずっと私を抱きしめて頭を撫でてくれていたことを。

「くろ、こ、くん...」

「...大丈夫ですよ」

また涙が溢れてきてしまった私を彼は昨日と同じように優しく抱きしめた。
こんなに優しい抱擁をされたのはいつぶりだろう。
それが思い出せないくらい前だってことは分かる。
きっともっと前から元彼の心は私から離れてしまっていたんだと思う。

「...ごめん、黒子君。私まだ心の整理がついてない...だかもう少し待ってくれる?...ちゃんと、ちゃんと黒子君に向き合いたいから...」

「...はい、待ちますよ。慣れてますから。...でも...」

彼は私の身体を優しく引き剥がし前髪を手ではらい、額に唇を寄せた。

「...これくらいは許してほしいです」

彼にされたそのキスは今まで生きてきた中で1番優しいキスだった。
その後自然と落ち着きを取り戻した私は彼と連絡先を交換して必ずまた連絡する、と約束を交わした。

「あんまり遅かったら我慢出来ずに会いに来ちゃうかもしれないです。本当は僕って全然我慢強くないんですよ」



それじゃあまた、と玄関先で彼を見送って。
ドアが閉まって彼の姿が見えなくなった、するとまたすぐに彼の顔が見たくなった私がいた。

「...私も同じかもしれないよ、黒子君...」

ベランダに通じるガラス戸を開け、外に出れば私の住むマンションから彼が出てきた。
私の視線に気付いたのだろうか、彼はこちらに気付いて笑顔で手を振ってくれた。
少し照れくさかったけれど私も振り返し帰っていく彼の背中を見送った。

次は幸せな恋が出来ますようにと、そう祈りながら。


end