彼女が誰を愛しているかなんて誰が見たって一目瞭然だろう。
外見だけではない、接していれば分かる育ちの良さ、教養の高さ、そして気高くもあるも彼女は本当の意味で優しくて。
私とは正反対。
「また明日香の事を考えているのかい?」
彼女の兄である吹雪さん。
彼もまた明日香ちゃん同様に私とは比べようがない程完璧な人。
だが誰にでも穏やかで、誰でも受け入れてしまう人。
だからこんな私の事でさえ気にかけてくれる。
最愛の妹に不埒な感情を向けているこんな私を。
「吹雪さんが羨ましい、死ぬまでずっと明日香ちゃんと兄妹だから明日香ちゃんが結婚したって遠くに引っ越したってずっと家族なんだもの」
「君はそれで満足するのかい?」
吹雪さんは優しいけれど厳しい。
私はそんな兄である吹雪さんにさえ嫉妬しているのだから本当に笑えない。
醜い、なんて醜い。
こんな私だからこそ明日香ちゃんに私は相応しくない。
いっそそれを誰かがはっきり言ってくれたら、なんて。
私はこの想いを友人に打ち明ける勇気なんてない。
この想いを知っているのは吹雪さんと私だけだ。
他人に助けを求めるなんておかしい。
私の想いを否定されたくない。
誰かに認められたい。
でもそれはきっと叶わない、だから私は言わない。
「ねぇ、君は明日香と強い繋がりが持てたらそれでいいの?」
「···どういう意味ですか?」
吹雪さんは嫌になるくらい明日香ちゃんによく似ている。
表面的な発言や行動は真逆と言っても過言ではない。
それでもやはり根っこは同じで、ああ、今目の前にいるのは吹雪さんだというの私はいつも彼を通して明日香ちゃんばかりを見てしまう。
「君が僕のお嫁さんになれば君は明日香と姉妹になれる」
「···吹雪さんが私を引き取ってやろう、そう言っているんですか?」
吹雪さんが突拍子の無いことを言うのはいつもの事だ。
冗談だと分かっている。
ここで私がなんと答えるのが正解なのだろうか。
「僕は君の事気に入っているんだよ?
賢い君なら気付いているだろう?」
「吹雪さんは皆の事が好きじゃないですか。そもそも·····いえ、何でもないです」
言えなかった、それは。
私の想い全てを根本から否定するようで。
分かっているのだ、本当は。
私が本当に賢くあったならば彼女に恋をしたりしなかった。
けして手に入らないと、分かりきっている彼女に恋焦がれるだなんて。
「吹雪さんは私に同情しますか?」
きっとこの人も内心では私を馬鹿にしているに違いないんだ。
憎い、この人が憎い。
私がどんなに望んでも手に入れられない絆を持っているこの人が。
「まさか、僕はいつだって言っているだろう?
恋をする事は素晴らしい、僕は恋する者の味方だ、ってね」
吹雪さんはそう言って私の手を取りそのままそこに唇を落とした。
その姿は嫌になる程様になっていた。
手から伝わる明日香ちゃんより少し高い体温。
明日香ちゃんと同じくらいふっくらとした綺麗な唇。
彼の髪に触れた。
髪色は全く違う、それでもその指通りは明日香ちゃんの髪とそっくりで。
髪が揺れることで舞う香り、それが明日香ちゃんとそっくりで。
私はたまらず目を瞑る。
私の目の前にいるのも私の手を握っているのも愛しいあの子なのだと思い込ませるように。
なんて、なんて滑稽な。
「···吹雪さんは恋をしたことがあるの?」
でもそんな事出来る筈がない、だから私は現実を見据える為に目を開ける。
目の前にいるのは愛しいあの子によく似た優しい友人だ。
私にとっても優しいけれど厳しい、そんな。
「···勿論、僕はね、諦めるつもりなんてないよ。
たとえその人が誰を好きだったとしても。
僕はその人を手にいれられる、そう信じているから」
吹雪さんもまた叶わぬ恋をしているのだろうか。
随分楽観的な意見だ、けれどきっとこの人ならそれは難しいことなんかじゃないのだろうということが分かる。
本当に吹雪さんが羨ましくて仕方ない。
「ならその人が手に入らなかった、その時は余り物同士一緒になりましょうか」
相手は吹雪さんだ。
たとえその人が無理だったとしてもいくらでも素敵な人との出会いはあるだろう。
そんな事は重々承知している。
だからこんな話は気休めにしかならないのだ。
私はきちんとそれを理解している。
「光栄だね、君と過ごす時間は楽しいものになる。
僕は一生君を愛すると誓おう」
吹雪さんは優しい。
私を少しでも笑わせようといつだって私の味方でいてくれる。
私の愛する人の兄はこんなにも優しい人なのだ。
こんなに素敵な人とずっと過ごしてきた明日香ちゃんが私なんて好きになってくれる筈が無かったのだ。
私は十代どころか吹雪さんにだって一生勝てない。
ここまで圧倒的な敗北であればいっそ清々しい。
「そろそろ寮の門限の時間だから帰りましょうか」
「そうだね。
ねぇ、名前ちゃん」
立ち上がった私の手をとった吹雪さん。
見下ろしたその顔は凛として、その表面が大好きな明日香ちゃんのデュエル中の顔と重なった。
「今度の休み、デートしようか」
「···身に余る幸福です、なんて」
二人で笑った。
こんなに自然に笑えたのは久しぶりだった。
いつも汚い欲望を抱いて、それを隠す為に笑顔の仮面を付けて。
「おやすみなさい、吹雪さん」
「おやすみ、名前ちゃん」
寮に戻り風呂に向かう途中で明日香ちゃんに出会った。
明日香ちゃんは私に笑顔で話しかけてくれた。
何かと理由をつけて彼女と入浴時間はずらしていた。
けれどその日は何故かそれをしなかった。
一糸纏わぬ彼女はまるで彫刻か、ヴィーナスかと疑う程美しくて私はすぐに視線を逸らす。
「今度の休み十代達と海に行こうって言ってるんだけど名前も来ない?」
「えっと、···ごめんなさい、その日は予定があって」
明日香ちゃんからのお誘いに私は断った。
優しいあの人の事だ。
きっと吹雪さんはここで明日香ちゃんの誘いを優先したとしても怒らない。
彼は恋する者の味方だから。
明日香ちゃんはやっぱり十代が好きで、だからこそこんなに可愛く笑うのだ。
もし私が男だったなら、私が彼に負けぬ程デュエルが強かったなら、なんてこんな事を考えている時点で私は彼に敗北しているのだ。
「そう···残念ね。また次の休みに何かしましょう」
「ありがとう、楽しみにしてるね」
好きで好きで堪らない、どうしようもない私が彼女の誘いを断れたのはきっと吹雪さんのおかげ。
私はきっと選ばれない、優しく厳しい彼がはっきりと教えてくれた事。
私は幸せな恋をしたのだと、それを教えてくれた。
それに気付けた私も少しは素敵な女性になれたのだろうか。