愛妻弁当をお届けに参りました

「...うそ、寝坊したぁあ!!」

目を開けた時には隣に彼はいなかった。
カーテンの向こうは完全に明るくて、慌てて時計を確認すれば自覚は彼が出勤する時間をとっくに過ぎていた。
ベッドから飛び降りリビングに駆け込むと、テーブルの上に丁寧な文字で書かれた一枚絵のメモが置かれていた。

『おはようございます、名前さん。
体調はもうよくなったとは思いますが、無理はせずにゆっくりとしていてください。
起きるまで待っていたかったのですが今日は朝から会議があるため声をかけずに出ます。
お昼は適当に済ませますので気になさらずにゆっくりと休んでいてください。
黒子テツヤ』

「...優しさが逆に苦しい...」

昨日だって散々甘えさせてもらったというのに。
だから今日からまた頑張ろうと、そう思っていたのに。
少し気が緩みすぎてしまっていたようだ。

昨日の夜に用意しておいたお弁当箱とお弁当袋を見てため息をついた。
もしも今からお弁当を作って届けたら迷惑だろうか?
たまには外食したいってがっかりするだろうか?
いや、多分彼はそんな風には思わないと思う。

「...届けに行ってみよう、...かな?」

そうと決めたら急いでお弁当を用意しなければ。
エプロンを身に着け冷蔵庫を開ける。
お弁当といえば定番のたまご焼きは外せない。
夜用に調味液漬け込んでおいた鶏肉に片栗粉をまぶして揚げて、お弁当用に作り置きしておいたほうれん草のナムルときんぴらごぼうをお弁当箱に詰め込んで。
軽く化粧をしてそれなりにきちんとした服を着た。
彼に恥をかかせない程度の身なりはしている筈。
もうお昼休みまでそう時間はない。
私は急いで家を出た。


「(...どうしよう。LINEに通知がつかない...)」

会社のすぐ近くまで来たはいいものの彼からの返事はおろか既読にすらならない。
会社に出向き呼び出してもらうことも出来るけれどそこまでしてもいいものかと少し悩む。
でも折角だし、と勇気をだし彼の務める会社に足を踏み入れた。
受付の綺麗なお姉さんは笑顔で対応しすぐに彼の部署へと電話をかけてくれた。
すぐに来れるそうだから待っているように言われロビーに座って待つこと5分、彼がエレベーターから降りてキョロキョロと辺りを見渡したあと私を見つけ慌てて駆けてきた。

「名前さんっ!す、すみません、今見ました!」

彼は手に持っていたスマホを私に見せた。

「大丈夫だよ、寧ろ会社まで来ちゃってごめんね?」

「いえ、そんな...でもお家でゆっくりしてくださっていても良かったんですよ?」

彼にお弁当の入ったバッグを手渡した。

「沢山甘やかしてもらったから、だからやっぱり作りたくなっちゃって。びっくりさせてごめんね?」

「謝らなくていいんです。仕事中にも貴方に会えたことが嬉しすぎて...ここまで迷いませんでしたか?寒くありませんでした?」

彼が私に過保護になるのはいつものことだけど今日は特別過保護だ。
ちょっと風邪を引いたってだけなのに、どこまでも甘い。

「だいじょーぶだよ!お弁当食べて午後も頑張ってね。私買い物して帰るから」

「うう...折角会えたのもう別れないといけないんですね...本当は今すぐ抱きしめたいのですが...」

まぁさすがの彼でも会社では、ね。
受付のお姉さんも私達のやり取りを見ているしエレベーターで彼と一緒に降りてきた彼の同僚っぽい人も遠目で様子を伺っているし。
さすがにちょっと気まずい。

「それは家に帰ってからね。じゃあね、テツヤ」










「でもLINE気付かなかったの珍しいね。いつも1分以内に既読がつくのに」

夜になり彼が帰宅して約10分間の抱擁タイムの後の夕食。
今日は結構冷えていたので体が温まるようにロールキャベツにした。
彼はいつも通り美味しい美味しいと言って食べてくれた。

「僕の後輩が少し仕事でミスをして...会議のあとはその対応でずっと電話を掛けていたんです...でもまぁ大事には至らず、ほっと一息ついたタイミングで呼び出されたんですよ」

「先輩頑張ってるんだね。忙しかったのにごめんね?」

タイミングが悪かったのか良かったのか。
でもまぁカタが付いていたのなら良かった。

「いえ、名前さんの顔が見られたおかげで疲れが一気に吹き飛びました!お弁当も美味しかったです!」

いつもいつも嬉しいことばかり言ってくれる。
本当に彼と結婚して良かったとしみじみ思う。

「普段であれば貴方がどこにいるかなんて通知で知る事が出来るから気付けるのですが...今後はミスが起こらないよう僕も今まで以上に精進します!」

まぁ、ね、その為に位置共有アプリを入れさせられたわけだし...こういうところはやっぱりちょっとだけどうかとは思うけれどとくに悪用されているわけでもないしまぁいいかと思うようにしている。

友達に話したら普通に引かれてしまったけれど。

「今日は本当にありがとうございました。大好きです」

これも彼なりの愛情表現の一つだから。


next