生まれてきてくれてありがとう

「っ.....う、うう...ああー!!...痛い痛いっ!!」

分娩室に響く彼女の悲鳴。
それをすぐ近くで見ながら、聞きながら、ただ僕は彼女の手を握ることしか出来ない。
汗をかいているのに青白い顔をして、必死で頑張っている。
痛そう、いや絶対に痛い、こんなに苦しんでいるのに僕が今彼女にしてあげることが何もない。
ただ頑張れと言って手を握り祈ることしか出来ない。

「(僕が...僕が望んだから...そのせいで名前さんは...)」

違う、そんな事を思ってはいけない。
僕も彼女もこの子が生まれてきてくれるのを心から望んでいる。
生まれてこようとしている子だって同じ。
僕が今彼女にしてあげられることは何もない、だから、だから信じて待つしかない。
彼女も僕達の子供も、どうか無事にこの出産を終えるよう祈ることしか。
息苦しい、こんな感覚に覚えがある。
あの時とは全然違う、僕はただ怯えているだけだ。

「っ名前さんっ!!」

貴方が、貴方達がいないともう僕は生きていけないんです。








「黒子さん!おめでとうございます!元気な男の子ですよ!」

看護師さんに差し出されたタオルに包まれた小さな命。
震えをなんとか抑え、初めて抱いたその身体は温かくて、やわらかくて、涙が溢れた。
手の震えは抑えることなんて出来なかった。

「...ちい、さい...」

全身で泣く小さな命に涙が止まらない。
こんなに、こんなに小さいのに生きている。
どこにこんなパワーがあるんだろうかってくらい力強く泣いている。
全身で生きているって叫んでる。

「...ごめんなさい、名前さん...僕にこの子と会わせてくれて、本当にありがとうございます...」

命懸けでこの子を産んだ彼女は疲れ切っていたけれど笑顔を見せてくれた。
出産で体力も精神も使い果たし顔も髪もぐしゃぐしゃになっていたけれど、今日の彼女は今までで一番綺麗に見えた。







一度看護師さんにケアをしてもらう為に一旦僕達の手から離れた息子が再び僕達の元へと帰ってきた。
彼女はまだ疲れの残る表情で、それでもやさしく微笑んで愛しい我が子を抱いた。
本当に幸せそうな顔、きっと僕には一生させてあげられなかった表情だ。

「テツヤ...見て...綺麗にしてもらって戻ってきたよ...」

僕は、再びその子を抱いた。
ついさっき会ったばかりなのに先程とは随分違って見えた。
そしてそれにより先程は気付かない事実に気付き愕然とした。

「...目の色も肌の色、眉毛の形、指の形...なんかまでテツヤにそっくりだね?」

「...こんなに、似てる...似るものなんです、か?...僕に...」

喜びの感情は勿論本物だ。
けど自分にそっくりのこの子を見て同時に一つの不安が生まれた。
この子が大きくなって、このまま僕そっくりになったら、彼女はどうなってしまうんだろう。
将来年老いた僕の代わりにこの子を愛して僕なんていらなくなってしまうんじゃないか、なんて...

「...テツヤ?」

彼女に呼びかけられて我に帰った。
腕の中にいる小さな命を見つめ、違うと首を横に振った。

「...違いますね...この子は僕とは違う...僕達の子供です...」

「そうだよ、私とテツヤ、二人の子供だよ...」

当たり前の事を口にした僕に呆れたりせずに彼女は肯定してくれる。
彼女はとっくに母親になっていたんだ。
それも当然だろう、この子が彼女のお腹に誕生したその日から十ヶ月以上もの間ずっと一緒に過ごしてきたのだから。
僕よりずっと覚悟が出来ていたんだ、この子の親になる、その覚悟が。

「テツヤのおかげでこの子に会えたんだよ。テツヤがいなければ絶対に会えなかった。だから、ありがとう...」

お礼を言うのは僕の方な筈なのに、どうして彼女はこんなにも。
止まった筈の涙は再び溢れてしまう。
小さな小さな我が子の額にキスをして、生まれてきてくれてありがとうと心から感謝した。

「僕も名前さんも貴方を心から愛しています...きっと戸惑うことだらけで貴方にも迷惑をかけると想います。頑張って親になっていきますから、どうかよろしくお願いします...」

この日の為に生きてきたんじゃないかって思うくらい僕は今幸せです。


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