「やっと泣き止んだ...」
病院から帰ってから一ヶ月、ほぼ毎日ずっと泣いているんじゃないかってくらい私達の子、智也は泣いていた。
親としての経験値なんて当然ない私達は毎日分からないことだらけで精神的にもかなり疲労していた。
彼は仕事に行かなければいけないから出来る限り一人で対応しようとしてもしきれず深夜智也を抱っこしてもらったことが既に何度もある。
こんな状態が続けば彼が倒れてしまうんじゃないかって不安になる。
でも出産後私の体力はなかなか元通りにならなくて。
そのせいだろうか、普段より気弱になって今までの私なら考えられないくらいネガティブなことばかり考えてしまう。
すぐに対応出来るように一緒に寝れば...私が潰してしまったらどうしよう。
寝不足の状態で智也を抱いて床に落としてしまったらどうしよう。
私の育て方が間違っているからこの子は泣き止まないんじゃないか、など。
不安な気持ちが次から次へと湧いてきた。
「名前さん」
「っ、ご、ごめんね...あやすの下手みたいで...テツヤ明日も仕事なのに...」
後ろから智也ごと彼に抱きしめられた。
なかなか泣き止ませることが出来なかったせいで今夜も彼を起こしてしまったようだ。
「大丈夫ですから、謝らないでください...」
彼は私の頭にキスをして優しく撫でて、私の腕に抱かれた智也を抱き上げた。
落ち着かせるように背中をトントンと叩き優しい表情で智也を見つめる彼は完全に父親の顔をしていた。
私に向けられるそれとは違う。
迷惑をかけているというのに、その表情に胸がときめいてしまった。
「智也は凄く体力があるみたいだから...もう少し大きくなったらきっと大変でしょうね。僕も少し身体を鍛えておいた方がいいかもしれないです。...久しぶりにカントクに相談してみますかね...」
「...リコ先輩、出産のお祝いも贈ってくれたし...ほんとお世話になりっぱなしだね。昔っから...」
そうですね、と笑って。
智也は泣き疲れたようで彼の腕の中で眠ってしまった。
ミルクでもオムツでもなく、一体この子はどんな理由で泣いていたんだろう。
正解を知る事は永遠に出来ない。
彼は眠った智也を起こさないように慎重にベビーベッドに寝かせた。
すやすやと眠る顔は天使のように可愛い。
「少し智也のことで母に相談したのですが、こればっかりはどうしようもないので休息をとる為に智也の面倒を見に行ってもいいかと言っていたのですが...その間名前さんに休んでもらいたい、と...僕は甘えていいと思うのですがどうでしょうか?母も無理強いはしたくないから名前さんの意思を優先してほしいと言っておりまして...」
「テツヤのお母さんが...正直凄く嬉しいけど...いい、のかな...」
サボっているとかそういうのも心配だけどそれ以上に私が母親として駄目なところだらけだと知られてしまうことが怖いという気持ちが勝って。
「名前さんの考えていることなんとなく分かりますよ。それを完全に否定や肯定出来る程僕は経験値がありませんからなんとも言えないです。でも僕だって同じです。多分僕は父親としては全然駄目な父親ですよ」
「...テツヤは立派だよ」
家にいる間は目一杯世話をして、毎日しっかり働いて私への気遣いも忘れない。
「いえ、こんなことを言ってはなんですがそもそも貴方の事が好き過ぎて一生離れたくないから、という理由で貴方にあの子を産んだもらったんですから。酷い男だという自覚はあります」
「今更そんなの...私があの子を産んだのはテツヤの子供だったら、って望んだからで...無理強いなんてされてないのに...それにテツヤはちゃんと智也を愛してくれているよ」
彼は眠る智也をじっと見つめて柔らかい表情を浮かべ私の手を引きリビングへと連れ出した。
カメラを設置してあるから何かあればすぐに駆けつけられるから。
「勿論愛しています。僕と貴方の子ですから...あの子が大人になるまで、大人になってからもずっと大切な存在です。...きっと名前さんにとっても同じ、ですよね?僕はその当たり前の感情にだって嫉妬してしまうんですよ、あの子に、智也に...」
彼はそう言って私を抱きしめた。
少し痩せた気がする。
やっぱり彼も身体に支障をきたしているみたいだ。
私のつまらない意地や恥を気にして人に助けを求めないのはやっぱり違うと思った。
「あの子も大切ですが貴方の事も大切なんです。寧ろ貴方がいないと生きていけないくらいに...」
「...うん、ありがとう...」
彼の肩に顔を埋めて少しだけ泣いてしまった。
こんなこと今までしたことなかったのに。
私はここ数ヶ月で随分弱くなってしまったみたい。
「テツヤのお母さんに甘えさせてもらおう、かな...」
「はい、そうしましょう。母は母で智也と会いたくて言っている部分もありますから...ですからあまり気負わないでくださいね」
「私のお母さんもね、そういうところあるから...わかるよ...」
お互い顔を見合わせて笑った。
こういうの、久しぶりかもしれない。
ずっと顔が強張っていた気がする。
そんな時また泣き声が聞こえた。
「ありがとう、テツヤ。元気でたから、先に寝てて?明日も仕事だし...。また朝起きたら私の事も智也の事も抱きしめてね?」
「...では、今はお任せしますね...沢山抱き締めます、貴方の事も、智也のことも...」
自然と彼とキスをして、彼を寝室に見送ってから智也の元に向かった。
もう一度抱き上げて、ソファーに座って。
「丁度ごはんの時間だね。智也は賢いね...」
私のおっぱいを必死に飲んでいるこの子は本当に可愛くて、守りたいと思った。
「まだまだ頼りないママだけど頑張るから、駄目なところも少しは多めに見てね?」
お腹がいっぱいになってまたすぐに眠ってしまった我が子を抱いてそう呟いた。
身体は限界を迎えていたけれど今はもう少しこの子を抱いていたいと、そう思った。
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