放課後、彼女を待っている間図書室で時間を潰しておこうと思い廊下を歩いていたときだった。
「よお、名前」
「...え、あ、青峰、君?」
不意に呼び止められて振り向くと、そこにいたのは青峰君だった。
さつきちゃんの幼馴染、だから私も自然と話をするようになった。
ぶっきらぼうで時々物言いがきつい時もあるけれど根っこは優しい人、だと思う。
普段はそれほど話すこともない、ましてや彼の方から私に話しかけることなんて滅多にないのに。
というかまだ部活の時間な筈なのに、彼女から聞いていたけれど本当に部活はサボっているみたいだ。
「さつきにとうとう捕まったらしいな。...ご愁傷様」
彼から発しられたその言葉に、心臓が止まりかけた。
偶然気付く、なんてことはないと思う。
彼女は秘密にすると言っていたけれど青峰君にだけは話したということなのだろうか。
でもその言い方が引っかかってしまう。
「...な、なにそれ?」
「そのまんまの意味だろ」
苦笑まじりにそう言った彼の目はどこか呆れと諦めが混ざっていた。
だけどそこに優しくもあって、深い、何かを知っているような目だった。
「俺は昔からあいつを見て知ってるからな。さつきの奴、一回こいつだって決めたら、マジでしつこいから」
「...しつこいって、どういう...?」
彼の視線がわかっているくせに、と言っているような気がした。
「今はさつきはお前に甘いだけだろ?でもそのうち逃げられないくらい囲い込まれるぞ。いや、もうとっくに囲い込まれてるか?」
冗談めかして笑いながらも、その口調は本気で、少し怖くなった。
「...別に、逃げようなんてもう...思ってないし」
そう言い返したものの胸がざわざわと騒ぎ立てる。
まるでまだ私は彼女の一面しか知らないのだと、それを警告されたみたいに。
「...お前だってあいつがちょっと前に片想いこじらせたの知ってんだろ。...そいつに対しても気持ちを抑えきれずに押し倒す勢いで飛びついたりしてたからな...」
「えっ.......」
「ま、今のさつきは多少は成長してんだろーけど。...
それでも、あのさつきに捕まった、ってことは覚悟しとけよ」
肩を軽く叩かれて青峰くんは去っていった。
その背中を見送った後も心臓の鼓動がやけにうるさい。
何度も聞かされた、黒子テツヤ君の話。
いつからか殆どしなくなって、今思えばその頃から彼女からのスキンシップが増えた気がする。
それでも捕まった、だなんて。
そんな表現を第三者からされるなんて、と思ったけれどでも昨日の彼女を思い出せば近しい人にはわかってしまうのかもしれない。
「ずっと前から好きだった」
「もう一生離さない」
「私だけの名前ちゃんでいて」
彼女の甘い言葉たちが少しだけ怖くなった。
でも同時に胸の奥が甘く疼く。
「...しつこくて、なにが悪いの」
振り向くといつの間にか後ろに立っていた彼女が頬を膨らませていた。
「...聞いてたの?」
「うん、大ちゃん本当に余計なことばっかり言うんだから」
ふくれっ面のさつきちゃんに私は小さく笑ってしまった。
昨日とは違う、年相応な表情に安心してしまう。
「...でもねぇ、名前ちゃん」
でもその表情はすぐに昨日の彼女に戻る。
彼女の声が低くなった瞬間、背筋がぞくりとする。
「大ちゃんの言ってたこと、間違ってはないから...本当に覚悟してね?私、もう手加減とかできない、する気なんてないから...」
私を見つめるその瞳の奥、優しさの奥に、確かに燃える何かを見た。
...これは、もう逃げられない、逃げる気なんてもうなかった筈なのに、それでも少し尻込みしてしまいそうな、そんな迫力が今の彼女にはあった。
捕まった、青峰君の表現はけして間違ってない。
でも正確には少し違う。
「...大好き...だよ...」
だって私はそれを望んで受け入れたのだから。
きっと私が捕まえてと、彼女に願ったのだと、そう思うから。
それに甘くて熱くて、狂おしいほどの幸福だと感じてしまっているのだから。
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