急激に染まっていく

朝、目覚ましの音より先に携帯が震えて目が覚めた。

『おはよ、名前ちゃん。今日もちゃんと起きられた?』

寝ぼけ眼で画面を見て、自然と笑みが溢れた。

『うん、今起きたよ。おはようさつきちゃん』

すぐにそう返したら30秒もしないうちに再びメールが届いた。
彼女のことだ、きっと私が返事をするまでずっと画面を見て待ってたのだと思う。

『えらいっ!起きたら顔洗って、髪整えて、制服のリボンもちゃんとしてね?』

『うん、わかってるよ』

毎朝やっていることだというのに毎日彼女はこうしてメールを送ってくる。
私はそれが別に嫌じゃない。
寧ろ嬉しいとさえ思っている。
だってちゃんと出来たら褒めてもらえるから。
顔を洗って歯を磨いて、制服に着替えて朝ごはんを食べて家を出た。
学校に行けば今日も彼女に会える。
そのおかげで私は前よりずっと学校が好きになった気がする。





学校に着くとすでに昇降口には彼女が待っていた。

「おはよう、名前ちゃん」


満面の笑顔で私を迎えてくれ。
でも、それだけじゃ終わらない。

「今日提出のある課題ちゃんと持ってきた?前忘れて放課後やり直させられちゃったでしょ?体育あるけどちゃんと体操服持ってる?お弁当も忘れてない?」

「...大丈夫だよ、ありがとう。さつきちゃん、なんだか...お母さんみたいだね」

中学の頃からマネージャーをしているからってのもあるからだろうか。
あるいは青峰君みたいな幼馴染がいるから、とか。

「ううん、彼女だよ、名前ちゃんの。お母さんよりももっとずっと広く深く...名前ちゃんだけを想ってるんだよ」

さらりと出てくる甘い言葉に慌ててキョロキョロと辺りを見渡した。
周りの人には気付かれていないようだ。
私は一人その言葉の重さに胸が締め付けられた。
教室に入ってからも気付けば彼女の視線は私を追っていて。
今思えばそういうところは前からあったかもしれない。
課題のノートを忘れればすぐに差し出され写していいよ、って。
体調が少しでも悪いことを悟られたら強制的に保健室に連れて行かれて。

「...さつきちゃん、ちょっと過保護すぎない?」

「いいの。名前ちゃんのことは全部、私が把握していたいから」

昼休みはもちろん彼女と二人きり。

「今日のおかず名前ちゃんの好きなやつ入ってるよ。はい、あーん」

「自分で食べられるよ...」

「でも、私があーんした方が、美味しいでしょ?」

困る、でも否定は出来ない。
だから彼女の優しさと押しに抗えなくてつい口を開けそれを受け入れてしまう。

「...美味しい」

「でしょ?」

誇らしげに微笑むその顔を見るたびに、私は少しずつ自分という境界を失っていく。
彼女と私の境界を。




放課後クラスの友達に誘いを受けた。

「今日カフェに寄らない?ほら、駅前に新しくできたとこ!さつきも誘って...」

「...ごめん、今日はちょっと」

でもそれに応じるという選択肢はなかった。
手に持っていた携帯には既にメールが届いていた。

『もう昇降口にいるよ。今日も一緒に帰るんだよね?』

お誘いというより、指示と言った方が相応しい言葉。
でも、嫌じゃない。
彼女の檻は柔らかくて、あたたかくて、時々甘すぎて少し息苦しい、けれど逃げたくない。
私は友人に断りを入れて急足で彼女の待つ昇降口へと向かった。




「ねえ、名前ちゃん」

帰り道、私の手を握る手に少し力が込められた。

「名前ちゃんの世界、全部私で満たされてる?」

「...まだ、全部じゃないかもしれない。...でも」

彼女の横顔を見る。
するとすぐに彼女は私の方を振り向いて。
夕陽で揺らめいで宝石みたいに輝く瞳と視線がぶつかった。

「...それでももう、私の中にはさつきちゃんがたくさんいる」

「...そっか。じゃあ、もっと入りこんでもいい?」

「...うん」

少しずつ、気づかないうちに。
さつきちゃんは、私の日常の隙間すべてに入り込んでいた。
気付けば私の選ぶ服も、食べるものも、使うリップも、携帯の待ち受けすらも。
全て彼女に染まり支配されていく。

でも怖くない。むしろ心地いいとすら感じる。
それが彼女の愛なんだって、私はもう知っているから。


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