「名字、ちょっとこれ教えてくんねぇ?」
今日最後の授業が終わったところで隣の席の男の子の山口君に話しかけられた。
何でも先程の授業で出されたプリントの内容で分からないところがあるらしい。
「えっと、ここはね....」
それが私は理解出来ている問題だったからクラスメイトとして、その距離を保ってただ教えてあげただけ。
距離が近すぎるなんてことはなかった筈。
でも彼女にはそう見えなかったようだ。
「ふーん、名前ちゃんってああいういかにも下心持ってますよって人にも優しく対応しちゃうんだ」
彼が帰ってすぐ、後ろから突然聞こえた声に、背筋がぞくりとした。
気配なんて感じなかったのに、一体いつの間にここにいたんだろう。
昨日は部活が休みだったけれどそう何日も休みが続くことなんて滅多にない筈なのに。
「さ、さつきちゃん......?」
教室の後ろで腕を組んで私に笑顔を向けている。
...けど、目が笑ってない。
「...山口君って誰にでも声をかけるタイプだよ。だからそんなんじゃないよ。話したのもプリントの問題についてだけだったし...」
「そうかな?...でも、なんかモヤモヤするなぁ...」
駄目だ、今の彼女にはきっと私が何を話したって聞く耳を持ってくれない。
「......」
「やっぱり他の人と話してる名前ちゃん、あんまり見たくないなあ。...私独占欲強いの、知ってるよね?」
私の隣の席に座って机に肘をついて私を見つめるその瞳には冷たい熱が灯っていた。
「...じゃあ...どうすればよかったの?」
小さな声で聞き返すと彼女は少しだけ考える素振りをして口を開いた。
「無視してくれればいいのに」
なんて綺麗な笑顔、それが私の恐怖心を掻き立てる。
「...さすがに、それは...」
「あははっ、冗談だよ?...ううん、ごめん、半分くらいは...」
本気だった、そう囁いて私にキスをした。
もう教室には私達以外残っていない。
微笑む彼女は可愛い。
でもその奥にある、彼女の本当の感情はずっと重くて...深くて、暗い。
「...そんなに、嫌だった?」
「うん。だって私名前ちゃんの全部がほしいんだもん。他の人といる時間も、話している時間も、笑顔も本当は全部私だけに向いててほしい」
そう言って膝に置いていた私の手を握った。
爪が少し食い込むほど、強く。
「...ちょっと、苦しい」
食い込んだ爪なんて痛くない、だってもっと大きなものが私の胸を締め付けているから。
「怖がらせてごめんね。でも、私名前ちゃんが他の人と仲良くしてるの見ると、冷静でいられなくて...頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃうの」
「......さつきちゃん」
「勿論信じてるよ?でも信じてるからって、不安にならないわけじゃないの...名前ちゃんもわかるよね?」
彼女の向ける真っ直ぐなその目、どんな言葉も蔑ろに出来ない。
「...もう、なるべく必要以上に他の人と話さないようにする」
「ほんと?」
「うん。...でも、ちょっとだけ不便になっちゃうかもしれないから...さつきちゃんは絶対に私を捨てないでね」
間違っていると分かっている、でも彼女を安心させてあげられるならいいかって思う自分もいる。
「捨てるわけないよ。だって私、名前ちゃんが世界で一番好きなんだもん」
再び唇にキスをひとつ。
いくら教室に誰もいなくともやっぱり学校でこういうことをするのは気が気でない。
私達は女の子同士だから。
人とは、少し違う。
でももう誰かに知られてしまえばいいのにって、そんな気持ちが芽生え始めている。
いっそ避けられてしまった方が楽になるんじゃないかって。
それから数日、別れの挨拶をしてくれた友達にまたね、と手を振っただけで。
『さっき誰に手を振ってたの?』
そんなメールがすぐ飛んできた。
これはさつきちゃんの明確な嫉妬。
でも私はそんな文章が表示されている携帯の画面を見て自然と笑ってしまっていた。
こんなに深く愛されてるんだってことに、胸が痛いほど満たされてしまうようになった。
振り返るとそこには彼女がいて、こちらをじっと見据えていた。
逃げられない、でも逃げたいとも思わない。
彼女の過敏すぎる嫉妬すら、今の私には愛しくて仕方ないのだから。
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