心から信じられる日は来ない

「名前ちゃん、すき。だいすき...だいすきだよ...」

彼女の甘い囁きが体の奥までじわりじわりと染み込んでいく。
ベッドの上、絡み合う手と手。
熱に侵される頭で私は彼女の愛を受け止める。
でも、ふとした瞬間、ほんのわずかな沈黙が私の心を惑わせる。

彼女はどうして私をこんなに愛してくれるんだろう。
私が彼女を愛しているから?
それともやっぱり...
頭の片隅から離れなくなってしまった、彼女が恋焦がれた人、黒子テツヤくんの名前。
かつて彼女にとって誰よりも特別だった人の名前。

私は愛されるのであれば代わりでもいいから、それほど彼女を愛しているのに。
でもこんなのはきっと強がりでしかないんだろうなってほんとは分かってる。

「名前ちゃん?」

彼女に呼びかけられて、ハッと我に帰る。
じっと目を見つめられて気まずくなって咄嗟に目を逸らしてしまった。

「...なに考えてたの?」

「...な、んでもないよ...」

「嘘。私の前では嘘なんてつかないで」

少しむくれたような声、でもその奥にらわずかな緊張感が透けて見えていた。

「ねぇ、さつきちゃん。...私のこと...本当に、好き?」

「...なにそれ。なんで今更そんなこと聞くの?」

彼女の表情が、纏っている空気がズンと重くなった。
怖い、怖いよ。

「...私が、さつきちゃんのこと、好きだから。だから愛してくれてるだけなんじゃないかって...」

言うつもりなんてなかったのに。
それは零れてしまった。

「...もしかして、私...黒子くんの代わりなんじゃないかなって」

なんて醜い劣等感。
私の言葉で彼女の瞳が揺れた。
驚いたのだろうか、傷付けたのだろうか。
スッと彼女の目の光が消えたような、そんな表情。

「...馬鹿だね、名前ちゃん」

彼女の指が私の頬に触れた。
優しいその手が、なのに今は鋭利な刃物をあてられているような、そんな錯覚を抱いた。

「私はテツ君が好きだった。でもテツ君は...すぐ近くにいる筈なのにずっと遠くにいるような、そんな...」

嫌だよ、さつきちゃん。
私以外を思ってそんな目をしないで。
醜い嫉妬心に駆られて自身の腕を爪を食い込む程強く握れば彼女はその手を優しく解いた。

「でもね、名前ちゃんは違う。私が手を伸ばしたら、ちゃんと私を見て、ちゃんと捕まってくれた」

「...でも、やっぱりそれって...」

結局はそういうことなんじゃないかって。

「違う。名前ちゃんが代わりなら私はこんな風に壊れたりしない」

私の手を握る彼女の手に力が入る。
額に、頬に、唇に、首筋へとキスを落として。

「代わりなんかじゃない。私をこんな風に狂わせるのは、世界中で名前ちゃんだけ」

「...さつき、ちゃ...ん...」

「愛してるの。怖いくらい、わけがわからないくらい深く、深く。...だから、そんな顔しないで」

熱く滲んだ声が頭の中でぐるぐると回る。

「私が名前ちゃんを愛してるのは...名前ちゃんが名前ちゃんだからだよ。...お願い...信じて...?」

彼女のその言葉が私の中で膨らんで涙が滲んだ。
不安は、きっとこれから先も完全には消えない。
でも、それでも彼女の言葉が私の中で悪夢のように棲みついて、ただ静かに、深く染み渡っていく。
私にはもう彼女から与えられる愛を信じて生きていく選択肢しか残されていなかった。
でもそれでいいと、たとえそれが偽りだったとしてももういいのだと、そう思った。

きっと幸せを測る物差しはみんな違うものの筈だから。
私はあなたに愛されて、幸せだよ。


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