ぜんぶ愛してる

まだ付き合っていなかった頃、彼のことは"ちょっと変わっているけど大人しくて真面目な子"くらいにしか思っていなかった。
いつも静かで、人混みに紛れてしまえばすぐには見つけられない。
けどふと気付いた時には誰よりも近くにいる、そんな人だった。

「名前さんの抜けた髪の毛今日も一本見つけました。ありがとうございます」

彼がそう言って抜けて背中に付いていた髪を手に取った時は、さすがに、えっ、っと思った。
ありがとう、じゃないよ、なんのお礼だよって。

しかもそれを小さなジップロックに入れて大事そうに鞄にしまったものだから、そんなもの持って帰ってどうする気なんだって話なんだよ。
なんなら私が初めて飲んで凄く苦手な味で飲み残したペットボトルまでくださいって言われて飲んでくれるのかと思ってあげたら大事に鞄にしまわれたこともある。

「名前さんが口を付けたものは全て貴方がこの世界に存在しているという痕跡だから」

ごめん、ちょっとわかんない。
まるで名言のように呟いたところでそんなややこしい言葉を私が理解出来る筈もなく微妙な空気になることくらい彼も分かるだろうに。

「ちょっと気持ち悪いよ、黒子君」

ストレートにそう返した時の彼の顔は尻尾を踏まれた犬みたいで正直ちょっと面白かった。
多分あんまり性格良くないんだと思う、私は。

でもそんな顔をした彼の顔を可愛いと思ったのもまた事実で、だからペットボトルにしろ髪の毛にしろ持ち帰ることを許したのだけれど。
私の性格はわりといい加減で、大抵のことはまぁいいか、で流してしまう、そんな性格が影響しているんだと思う。
だって彼の性格や価値観は多分私には変えられないしそれで怒ったり悩んだりしても生きていれば髪は抜けるし考えすぎたら胃も痛くなるかもしれないし余計にに髪も抜けるかもしれないし眠れなくなりでもしたら肌にも悪いから。何一つとして良いことなんてないから。

私がそうやって許容出来る範囲で攻撃的なことをしてこずに愛情を自分に向けてくれるのなら少しくらい変わっていても別にいいか、と思ってしまったのだ。
それが彼の愛情表現だというなら受け止めてあげたくなった、そのくらいに私も彼に好意をもっていたんだと思う。

それから晴れて恋人関係になってからも彼のその癖はあまり変わらなかった。
コンビニでデザートを買ってそれを食べる時に使った使い捨てのプラスチックのスプーンをこれは今日の記念に、と言っては保存袋に入れる。
少し塗装が剥げてきてしまった私のヘアピンを捨てようかなと呟けばそれを自然と持ち帰ったり。衛生的に大丈夫?と正直思ってしまうけれど、まぁ彼の家で保管するから私の迷惑にはならないし。
そんな話を友達にすればそれて引かないのがヤバいよ、って言われたこともある。
そんな時いつも私はだってテツヤ君だし本人にとっては嬉しいことみたいだからと笑って返した。
適当にも程があるって呆れられちゃったけれど。

屈折して見えるけれど彼にとってはそれが自分の真っ直ぐな愛だから。
普通にヤバいなって思うこともあるけどまぁその程度で済んでるから、それで済むのは彼がそういったところを除けば本当に優しくて真面目な人だからなんだと思う。
そのヤバさに負けないくらいの魅力があるから。あとついでに言えば顔も可愛いし。

「名前さんのことを考えると胸がきゅんとして苦しくなって、全部大事に包んで持ち帰りたくなるんです。どんな瞬間の貴方も忘れたくないから」

そう言って今日も彼は、私が使ったおしぼりを大切そうに保存袋に入れた。
一応付き合い始めてからは私の了承を取るようになったのだけれど。
そんなの本当に欲しいの?と私が苦笑いを溢せば、彼はそれをいいよのサインだと勝手に解釈する。

「…さすがに、部屋を私のゴミだらけにするのはやめた方がいいんじゃない?」

「ゴミなんてありません。この宝物に囲まれていれば名前さんがそこにいなくても僕はいつでも名前さんを感じられるんです。寂しくないんです」

こういうのは重いなってちょっと思う。
別に引越しの予定もなければ健康体なのに。

「でも今は私いるじゃん、隣に」

「…でも、いつかいなくなるかもしれないじゃないですか」

まぁそりゃあそうなんだけれど、寂しそうな顔でそんな風に言われてしまえば私も少し胸が痛くなってしまう。
彼は少し不器用で、少し臆病で、そしてとても優しい人だと思う自分に自信がないところがあってその分だけ、私を失う未来を先に想像してしまうんだと思う。

「いなくならないよ」

多分これは無責任な言葉なんだろうなって分かってはいるんだけれど、いかんせん私は適当な人間だから。
悲しい気持ちになっている彼を慰めたくてこんな言葉を口にしてしまう。
彼のすべすべとした頬に手を添えて優しく撫でてあげると彼はそれに安心したのか猫みたいに目を細めて静かに寄り添ってきた。

「...本当ですか?」

「うん、本当。私かなりズボラだしぶっちゃけ恋愛とか誰かを好きになるのとかめんどくさいって思ってたくらいだし、テツヤ君がいる上で他の人とか、そんなのめんどくさすぎて無理だし」

「…それって僕のことが好きだから、って意味でいいんですよね?」

「うんそう、好きだから。テツヤ君が好きだから、こうしてお付き合いしてるし一緒にいるの」

彼は私の返事にホッとため息をついて私の肩に頭を寄りかからせた。











そんな話をしてから暫くして久しぶりに彼の部屋に行った。
棚には相変わらず彼が持ち帰った私の使用済みの小物たちがコレクションのように整然と並んでいて、壁にはフレームに収められた私の写真が飾られていた。まぁ正直言って、ちょっと怖い。
でもその全部が"私が好き"という揺るぎない一つの感情に集約されているのがわかるから、もうあまり気にならない。

「最近はね、あんまり集めてないんです」

「そうなの? どうして?」

彼は穏やかな表情で私を見て笑った。

「貴方そのものが、そばにいるから。…それだけで、充分って、そんな風に思えるようになったんです」

「…うん、良かったね。でもまぁこの棚にある分は処分する気はないんだね」

「すみません…まだ全てを処分してしまえる程の余裕は僕にはまだありません」

申し訳なさそうにそう言って少し俯いてしまった彼の頬に私はそっとキスを落とした。

「でも、ありがと。変なとこも全部テツヤ君だから。受け入れてるし今も好きだよ」

私がそう伝えると彼は一瞬目を丸くして、それからすぐに嬉しそうに微笑んだ。
きっとこれからも、彼は変わった愛情表現をするのだろうし理解できない行動をとるのだと思うけど、でも私はそれを受け入れる。

少し変わっていても、誰よりも私を愛してくれていると知っているから。
そんな彼を私も愛している。
彼が集めたコレクションを手にうっとりとした表情を浮かべる彼。
そんな彼の顔も私はもう大好きだから。


end