優しさのその先へ

静かな部屋、そんな中で微かに聴こえるのは彼が本のページをめくる音だけ。

「名前さん、これ、面白いですよ。一緒に読みませんか?」

隣に座る彼が小さく微笑みながら本を差し出してくる。いつものように柔らかな声で、変わらない優しさを含んで。

「ううん...大丈夫。テツヤ君の隣にいられるだけで幸せだから」

そう言いながら彼の肩に頭を預けた。
答えになっていないという自覚はあった。
でも彼は何も言わずに優しく私の頭を撫でて髪に指を通した。
その優しい手にドキドキはするけれどどこか物足りなさも感じるようになってしまった。

「(なんでだろう...)」

彼はキスもしてくれる、抱きしめてくれる。
手も繋いでくれるし、暖かい言葉もかけてくれる。
それでもそこから先には、絶対に踏み込もうとはしない。
それが物足りなくなっている自分がいる。

もっと、触れてほしいのに。

私はおかしいのか、欲張りなのか。
彼の優しさも愛情もちゃんと感じているのに、それだけじゃ足りないと感じてしまうだなんて。

そんなことを考えていれば彼がパタンと音を立てて読んでいた本のページを閉じた音がした。
そして私を真っ直ぐ見ている。

「名前さん...先程からなんだか元気がないように見えます。何か、ありましたか?」

その真っ直ぐな瞳に見つめられて私の胸がきゅっと締めつけられた。

「...ねえ、テツヤ君。私、変かな?テツヤ君...がちゃんと好きでいてくれるの分かってるのに…それでももっと...触れてくれたらいいのに、とか、考えちゃうの...」

かなり勇気を出して言葉にした。
心臓の鼓動がうるさく鳴って、自分の声が震えているのがわかる。
彼一瞬は驚いたように目を瞬かせたけれどすぐにいつもの柔らかい表情に戻って、優しく私の手を握った。

「...変なんかじゃありません。寧ろ名前さんがそんなふうに思ってくれていたことに気付けずすみませんでした」

彼が謝る必要なんてないのに。

「ううん...!テツヤ君が悪いわけじゃないの!...ただの私の我儘だから...」

「我儘なんかじゃありません」

強く、でも優しい声。

「僕は、名前さんのことが本当に大切で、大事で...だからこそどうしたらいいか、ずっと迷っていました。触れたいと思っていたのは名前さんだけでは無かったんです...だからこうして気持ちを話してくれて嬉しいです」

彼は私の頬にそっと手を添えて、しっかりと目を見てそう言った。

「僕からも言わせてください。貴方に触れたいです、触れさせてください。名前さんのこと、もっと感じたいです」

彼のその言葉に、涙が滲んだ。
彼が私の気持ちをちゃんと受け止めてくれた。
そのぬくもりが指先から胸の奥までじんわりと広がっていく。
抱きしめられた身体は先程よりもずっと近く、熱く感じる。

「...本当に、僕もすっごく我慢していたんですよ」

ぽつりと落ちた言葉に、胸がとくんと跳ねた。
静かな部屋の中、彼の手が私の頬を優しくなぞる。
いつもと変わらない落ち着いた声。
でも、そこには少しだけ熱を含んだものが混じっていた。



「名前さんのことが大好きだから焦って...嫌われてしまったらどうしようって...ずっと思ってました」

「...そんなことで嫌うわけないのに...でも私の為に我慢してくれてたんだね」

そんな彼の優しさが嬉しくて私は彼の胸に顔を埋めた。
ぴったりとくっつけた耳に彼の心臓の鼓動が響いてくる。
それは普段より少し早く感じる。

「...ねえ、テツヤ君」

愛しさを込めて彼の名を呼んだ。
彼の指がそっと私の唇に触れる。

「僕に甘えてください。名前さんが望むこと、僕に出来ることならその全てに応えたいです...」

額をくっつけて囁くような声で、唇が触れるか触れないかの距離で、彼は私の答えを待った。

「...甘えたい。いっぱい...触れてほしい」

素直にそう言葉にした瞬間、頬に与えられた優しいキス。

「...じゃあ、少しだけ目を閉じてください」

彼の言葉に従って、私はゆっくりと瞼を閉じた。
するとすぐに唇に彼の唇が重なった。
優しく、でもいつもより深いキス。
何度も重ねられるうちに呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。

「...可愛いです、名前さん。こんな顔、僕以外に見せないでくださいね」

私の頬に添えられていた彼の手が頬から顎を通って首筋へ、そして肩へと滑っていく。
服の上からゆっくりと撫でるその手は、どこまでも優しく丁寧で、焦る様子はない。
それがかえってじんわりと熱を伝えていく。

「緊張...してますか?」

「...うん。でもテツヤ君なら大丈夫って思えるの」

ゆっくりと目を開き、彼の問いに正直にそう答えると、彼の顔がまた近付いて鎖骨のあたりに優しくキスを落とした。
唇が触れて、彼の髪が首筋に触れて、それがくすぐったくて、でも嬉しくて思わず声が漏れた。
そして彼の手がそっと服の裾を持ち上げた。

「...触れます、ね...」

「...うん」

自分から望んだことだけれどいざこういう状況になるとやっぱり恥ずかしくて、視線を逸らしたけれど、彼の手が止まることはない。
腰から胸元へとゆっくりと手を滑らせた。
下着越しに触れられた彼の手に体が自然と反応してしまう。

「...可愛いですね。ここ、敏感なんです、ね..」

「っんっ...テツヤ、くん...そんなこと...っ」

耳元で囁かれる声に身体がどんどん熱くなる。
触れる指先の動きはゆっくりで、それでいて的確で、じんわりとお腹の奥に熱が溜まっていく。
そして私の背に回された彼の手の指先がブラのホックに触れた。

「...外しても、いいですか?」

「うん...テツヤ君になら...全部、見てほしい」

ぱちん、と小さな音がして。
身体から外され解放された胸が空気が触れる。
そしてその空気の次に感じたのは彼の唇だった。
とても優しく、愛おしそうに触れた唇。
その唇と舌で優しく丁寧に触れられて。

「...すごく、綺麗です。全部、僕のものなんですね」

彼が口にしたその言葉に心まで裸にされた気がした。

「(こんなに私を求めてくれるんだ)」

やさしく触れられて、見つめられて。
私は全てを彼に委ねていった。
触れられるたびに心が、身体が喜びに震える。
重なる肌の熱が、呼吸の合間を縫って確かめ合うように混ざり合って。

「名前さん...大好きです。何度でも、言います」

幾度も繰り返されるキスと、囁きと、ぬくもりを。
その夜、私は初めて身も心も彼に愛された。









静かな夜の中で、二人の鼓動だけが重なっていた。
「...名前さん、大丈夫ですか?」

重なり合っていた身体を、彼はゆっくりと身体を起こした。
その顔には少し不安な表情が浮かんでいた。
私は彼の胸元に顔を埋めて小さく頷いた。

「うん...テツヤ君が優しくしてくれたから。全然怖くなかったよ」

「よかった...でも、本当に無理はしていませんか? 今日はちゃんと休んでくださいね?」

そう言って彼は私の頬にそっと手を添える。
先程まで私を求めてくれたその手。
その手はとても温かい。

「...ねえ、テツヤ君」

「はい」

私を見つめる彼の目の優しさに蕩けてしまいそう。

「...好きって、何回言ってくれたか覚えてる?」

「...すみません、途中で夢中になってしまって。...でも...」

彼は少しだけ照れたように一度目を伏せてからまた私を見つめた。

「足りないと思ってるくらいです。名前さんを好きだと思う気持ちは、きっと一晩じゃ伝えきれませんから」

その真っ直ぐな瞳に見つめられると再び胸が熱くなってしまう。

「僕、今日初めて“触れる”ってことの意味を本当の意味で知った気がします。名前さんのことを肌で感じて、心で受け止めて...今まで以上に大切にしたいって、心から思いました」

「...ありがとう。私も、テツヤ君に触れてもらえて、本当に嬉しかったよ。思ってたよりずっと気持ち良かった。心も、身体も...」

「...名前さん」

彼が私の髪を指で梳く。
まるで宝物に触れるように、優しく、丁寧に。

「これからも、何度でも触れさせてください。勿論無理に、とかじゃなくて、名前さんが“僕と触れ合いたい”って、そう思ってくれたときに。しっかりとお互いを想いあえるように...」

「...うん。これからも、よろしくね...」

「僕は名前さんの恋人で、支えあえる相手で...ずっと傍にいる人間です...」

小さく笑うその表情があまりにも優しくてそれだけてで満たされて、安心して胸の奥がじんと温かくなった。
二人で布団に入って指を絡めて眠るその時間は、誰よりも深く優しい絆で結ばれていた。


end