彼女の笑い声が聞こえると自然とそちらへ視線が引き寄せられていた。
同じ高校、同じクラス、同じ部活。
毎日顔を合わせるのが当たり前になって、話すことも、隣にいることも、それがすべて日常になっていた。
最初の印象はよく笑う人だなと、それだけだった。
でも毎日話していくうちに色んな彼女を知って。
少し抜けたところがあるのに周囲への気配りを欠かさないところとか、何かを頑張っている人を見ると放っておけないところとか。
そういう優しい部分を知る度に僕の中に静かに彼女への想いが積もっていく。
気付けば彼女が他の男子生徒と話しているだけで胸の奥がちくりと痛むようになった。
それが恋だと気付いたのはきっともう少し後だったと思う。
明確にいつだと分からないのは徐々に彼女に惹かれていったから。
でもすぐに行動出来なかったのはこの関係が心地良かったから。だから壊したくない。
もし僕の気持ちを伝えて彼女が戸惑わせてしまったら。
それが毎日の部活に影響したら。彼女が困るようなことは絶対にしたくない。
そんなふうに考えていた筈なのにそれでも彼女が僕以外の男子生徒と親しげに話している姿を見る度に想像してしまう。
もし彼女が別の誰かと手を繋いで歩いていたら、その人に僕の知らない顔を見せていたら。
それを想像しただけで苦しくて、怖くて、心のどこかにぽっかりと穴が開いたみたいな気持ちになった。
でもだからと言ってやっぱり簡単に告白できるわけじゃない。
練習に集中すれば忘れられるかもしれない。
勿論そんな事情がなくてもバスケの練習で手を抜くなんてことは出来ないくらい、なのだけれど。
でも最近は少し根を詰め過ぎている自覚がある。
部活のない日も大抵ボールを触っていたのだけれどそんなことを自覚していたから今回のオフは身体を休めることにして久しぶりに図書館に行こうと家を出た。
家を出てから図書館までの道を歩き始めて約5分、本当に偶然、彼女が視界に。
一瞬幻覚かと思ったくらい驚いた。
「あ、黒子くん?おはよう!」
先に声をかけたのは彼女の方だった。
僕に気付いた彼女は笑みを浮かべ僕に駆け寄ってきてくれた。
そんな彼女に僕の胸は跳ね上がった。
今日の彼女はいつもと少し違っていた。
普段よりきちんと整えられた髪に柔らかな白のワンピース。
足元は少し高さのあるサンダル。
...まるでデートにでも行くような、そんな雰囲気。
ドキリとしたのと同時にある予想が頭に過ぎる。
今日の彼女は誰かのためにおしゃれをしているんじゃないかって。
「名字さん、おはようございます。今日は...お出かけですか?」
動揺しているというのに自分でも驚くほど冷静な声が出た。
でもいくら声を取り繕ったところでその実彼女の答えが怖くて仕方なかった。
もしもデートだ、なんて言われたら...今の僕は笑っていられる自信がない。
多分少なからず僕の違和感に気付いているのだろう。
彼女は少し不思議そうに首を傾げた後、笑って口を開いた。
「うん。今日は服見に行こうと思ってて。買い物ってなるとテンション上がっちゃって、...1人なのに無駄に気合い入いっちゃったんだよね」
彼女はそう言ってワンピースの裾を指で摘んで少しだけ持ち上げた。
すぐに手を離れ重力で落ちたスカートがふわりと舞う。
そこで張り詰めていた僕の心もふっと緩んだ。
彼女が今日デートなどでなかったという事実に。
今日偶然1人だっただけでその笑顔も、声も、既に誰かのものになっているのかもしれないのに、それでもほっとしてしまった。
「黒子君は?どこ行くの?」
「図書館に行こうかと」
貴方の事を考えないようにする為に、勿論そんな言葉は飲み込んだ。
「へえ、折角のお休みなのに真面目だね。でも黒子君らしいね。あ、そうだ、折角会えたしあとで合流してお茶でもしない?」
彼女の予想外のお誘い、僕にとってあまりにも都合が良い言葉、聞き間違いじゃないかと自分の耳を一瞬疑った。
でも彼女は穏やかな顔で僕の目を見ていた。
「ええ...はい、ぜひ...」
それでもなんとかそう返事をすると彼女はじゃあお店と待ち合わせ場所決めちゃおうか、と携帯を取り出しお店の検索をし始めた。
その時ふと目に入った。
彼女の指先に澄んだ水色のネイルが施されていたことに。
青空のような、いや、どこか氷のようにも見えるその色に僕はなぜか目を奪われてしまった。
「あ、これ?可愛いでしょ?」
僕の視線に気付いた彼女はちょっと得意げな顔をして僕に指を差し出して見せた。
「はい、とても綺麗です」
素直な気持ちを言葉にすると彼女は嬉しそうに笑ってぽつりと呟いた。
「...私の好きな人のイメージで塗ったんだ」
その瞬間、世界の音が遠のいた。
鼓動の音だけが自分の中で異様に大きく響いていた。
彼女に好きな人がいるのだという事実に。
どうしてそれを僕に?もしかしたら誰の知っている人なのだろうか?
頭の中で色んな憶測が浮かんでは消えていく。
そんな疑問が渦を巻いている中彼女はふいに頬を赤く染めて僕から視線を外した。
「ごめん、お店決まってから、あとで連絡するね」
そう言ってまるで逃げるように彼女は僕の前から駆け足で去って行った。
そんな彼女の姿を見てある予測が僕の中で生まれた。
彼女の好きな人の色。
自惚れだと笑われるかもしれない。
それでも、あの時の表情を見てしまった僕は期待せずにはいられなかった。
もし、もしも...
自身の髪に触れる。彼女の言っていた人が僕なのだとしたら...
部活が、学校がなくても彼女の隣のいることを許されるのだろうか。
綺麗に整えられたその手を、僕が握っても許されるのだろうか。
「...その時は、またあんなに可愛い顔を見せてくれますか?」
誰にも聞こえない声で呟いた。
空のような水色に恋をした彼女、それがどうか、どうか僕であってくれたら。
次のオフに彼女を誘ってみる勇気を。
end