君と生きると決めていた

大学を卒業して就職してから久しく会っていなかった幼馴染の征君と食事をしてお酒を飲んだ。その日初めて飲んだお酒は思いの外強くて。

「...まさか征君が先に潰れるなんて、らしくないなぁ」

なんとなく彼は強いんじゃないかってそんな気がしていたからこそ私は初めてお酒を飲む時は彼と一緒に、と決めて今日まで我慢していたのだけれど。静かに座ったまま項垂れてしまった彼をなんとか支えて自宅まで連れて帰った。
さすがにこの状態の彼を彼の自宅に連れ帰るのは少し抵抗があって。
今の彼のお父さんとの関係をきちんと把握していないのだけれど劇的に変わっていることは多分ないと思うからこんな状況の彼を会わせればきっと叱られてしまうだろうし。
そしてやっとの思いで私のベッドに寝かせたその時。

「名前」

眠っていると思っていた彼の手がぐいっと伸び、私の手を掴むとそのままベッドに引きずり込んでしまった。
一瞬驚いて固まってしまったけれどすぐに我に返ってそこから抜け出そうと抵抗したけれど彼の腕はがっちりと私の身体に巻き付いてしまって。
もうそうなると私が振り解けるわけもなく早々に諦めてしまった。

「(...まぁ昔は一緒に寝たこともあるし少しくらい一緒に寝たって...)」

そう自分を納得させ仕方なくそのまま一緒に横になった。
もう子供じゃないのに男の子と一緒に寝るだなんて、そう思いながらもお酒が入っていたこともあっていつのまにか私は眠ってしまった。

そして朝までぐっすり眠り私は彼の胸の中で目を覚ました。
彼の様子を伺おうと顔を上げると既にしっかりと目が開かれた彼と目が合った。

「おはよう、征君...って、もう起きてたの?」

「ああ、君が起きるのを待っていた」

だったらもう私を解放してくれてもいいのに。
依然彼は私をしっかりと抱きしめたまま離れようとしない。
しかもなんなんだろう、この真面目な顔は。まぁ彼は昔から真面目な人だったけど。

「......結婚しよう」

「.........は?」

聞き間違いだろうか、それとも昨日のお酒がまだ残っていて酔っているとか?いやまさか、既に8時間近く経っているのだからそんなのあり得ないと分かっている。
でもそんなあり得ない想像をしてしまう程彼が口にした言葉は衝撃的なものだった。

「だから結婚しよう。今すぐにでも」

「ちょ、ちょっと待って、何言ってるの!?昨日お酒飲んで酔っ払ってただお泊まりしただけだよ!?もしかして記憶が飛んでなにか勘違いしてるの!?」

「覚えてるよ、すべて。君が俺を家に運んでくれたことも、ベッドで寝かせてくれたことも...」

だったらなんでいきなりこんな事を言いだしたのだろうか、彼は。
元々よく分からない所はあったけれど今日程彼の事が分からないと感じたことは初めてだ。

「で、でも、何もしてないよ!? 抱きつかれたから一緒に寝ただけで、それ以上のことはなにも...!」

「それが理由の一つなんだ」

「...は?」

「好きな子が隣で眠ってるのに俺は手を出さなかった。俺の理性は完璧だった。つまり君と一生添い遂げることが許される器があったと昨夜証明されたわけだ」

「ど、どういうことなの!?そんな理論ある!?」

「あるよ」

私の理解力が乏しいのだろうか。
彼の言っている理屈がまるで理解出来ない。
これがこれだけ誠実な男だから付き合わないかという申し入れならまだ分かる。でも彼が言っているのはその工程をすっ飛ばしたプロポーズの言葉だ。
私が困惑するのも当たり前だと主張したい。彼の主張を理解出来ないのは私が凡人なせいだろうか。
理解も納得もしていないけれど私は押され気味で。
私を追い詰める彼の口調は至って冷静なのが余計に私の思考の邪魔をする。

「ねぇ、ほんとになにもしてないんだよ?ほんとにわかってるんだよね?」

「分かっている。でも仮にあったとしてもなかったとしても問題はそこじゃない」

「...じゃあ、どこなの...?」

彼の手のひらが優しく私の頬に触れる。

「朝目が覚めた時、君が隣にいることをすごく自然に受け入れられた。それがすべてだ」

彼の発する言葉はいつものようにで理路整然としていて、でも瞳の奥はほんの少しだけ熱を含んでいるように見えた。

「本当はずっと前から、子どものころから望んでいた。君が、名前が隣にいる未来を望んで、そんな未来を目指して生きてきたんだ」

「そ、それって……」

「君が受け入れてくれるまで、何度でも言うよ。結婚しよう」

頬が熱くなるのを感じながら私は小さく息をのんだ。

そして変に納得してしまう。ああ、やっぱり昨日、征君は酔ってなんかいなかったんだって。
でもやっぱり結婚なんていきなり受けられない。
彼には言ってないことや恥ずかしい、見せていないだらしない部分も沢山あるのに。

「征君、気持ちはすごく嬉しいけど...」

私は言葉を選びながら彼の視線を正面から受け止めた。

「たしかに昔から仲も良いし、人としての相性も...ていうか私は征君のことが好きだけど。でも...」

何から話せばいいんだろう。例えば一緒に過ごす上での生活習慣とか、金銭感覚の違いとか、それに...

「....夫婦って、身体の相性とかも大事って言うじゃない?私は...その、経験、とか、ないし...征君のお眼鏡に適わないし、とか...」

こんな不安言わない方がよかったかもしれない。でも多分大切なことだと思うから、多分。

「...っ、ちょ、ちょっと!?せっ、征君っ...!?」

次の瞬間彼は私に身体にそっと重なってきた。
両手を絡めるように握って、ゆっくりと、しかし逃がさないようにその端正な顔を近付けて。
視線を逸らす事を許さない、そんな眼差しで。

「お眼鏡に適うかなんて、試してもいないのにどうしてわかる?」

「だ、だって...!」

「それに...君は俺にとって初恋であり、最後の恋人になると決めていた人だ。合うかどうかじゃなく、合わせていく覚悟くらいとっくに出来ている」

彼のなんの迷いもないその言葉の力強さにぐっと胸の奥が熱くなった。
心臓の鼓動もどんどん速く大きくなっていく。

「そんな俺の言葉を聞いてそれでもまだ自信がないというのなら」

彼は頬に触れた手を首筋へと滑らせて柔らかく微笑んだ。

「...これから証明させて」

「征君……?」

「君がどれだけ愛されるに値するか、俺がどれだけ君に触れたいと望んできたか。ずっと...ずっと我慢してきたんだ」

唇が触れ合うその直前まで近付いたところで止まる。

「...怖い?」

本当に優しい声色。

「...こわ、くは...ない?かも、だけど......ごめん、やっぱちょっと怖い...」

「大丈夫、俺が全部導くから...」

そう言って彼の手が私の首筋を離れ私の手を再び握った。

「...仮に君を満足させてあげられなかったとしてもたかだか身体の相性なんてものを理由に逃げ道を与えてなんてやらない」

ベッドの上、息が絡むほど近くで彼の瞳は真っ直ぐに私だけを見ていた。
私が言っていたのは私が、ではなく彼が満足出来なかったら、という話だったのに。
彼にこんなふうに触れられる日が来るなんて思ってもいなかった。
ずっと幼馴染だった彼。
いつも近くにいるようで、少し遠くて、完璧で、私なんかよりもずっと先を歩いているような、そんな人。

なのに今私は彼の腕の中にいる。
こんなに近くに、優しく丁寧に抱きしめられて。

「...本当に、征君の初恋って私だったの?」

「うん。君が初めてで...君が最後」

そう答える声もやっぱり落ち着いていて。
指先が髪を撫で、頬をなぞり、首筋を優しくなぞっていく。
私に触れる彼の手に少しも迷いがない。
私の気持ちいいところ、触れてほしかったところを全部知ってるかのように触れてくる。

「ちょっ...んっ...!せっ、征君っ...そ、そんな、触り方...っ!」

思わず声が漏れて恥ずかしくなって顔を伏せた。

だけど彼はそんな私の反応すら愛しそうに見つめながら微笑んだ。
それが恥ずかしくてじとりとした視線を向けたけれど彼は。

「すまない、君が俺に触れられて気持ちよさそうにしてるのを見られたことが嬉しいんだ」

「(ずるいよ...そんな言い方...)」

激しく求めてくるわけでもなく、無理やり進めようとすることもなく、ただひたすらに私を気持ちよくする為だけに触れる彼。

気付けば羞恥や戸惑いなんてものはだんだん頭から消えていく。

「んっ、征君っ...!なんか、なんか...あっ...へ、変な感じ...っ!」

「ああ、大丈夫。それが普通。...君は、何も考えなくていい。全部俺に任せて素直に感じでくれたらいい」

耳元でささやかれて、触れられたところから溶けていく。

「...っこんな顔っ、み、ない、で...っ!」

「すまないがそれだけは聞いてあげられない。大丈夫、君のその顔は僕以外、誰にも見させないから」

その日私は知った。
彼の愛し方は冷静な瞳の奥で熱く煮え立つような、終わりのない独占だった。
深く深く繋がって、痛みだってあった筈なのそれすら甘く感じて。
彼は私の髪を撫でながらどこか機嫌よさそうに微笑んでいた。
「...ねぇ、君が心配してた身体の相性の方だけど、...どうだった?」

「...っ!」

不意打ちの問いに心臓が跳ねた。
顔が一気に熱くなるのを感じて思わず掛布団を引き上げて彼から逃げるように顔を隠した。

「な、なんでそんなこと聞くの...!?」

「だって、昨日あんなに怯えてたから」

そう言って優しく布団を引き下した。本当にいつも通り、余裕を感じる笑顔。

「...そんなの、自分が一番よくわかってるくせに」

「うん。完璧だったね、俺達」

淡々と、当然のように言うその声にもう抗う気力すら消え失せて私は小さく溜め息をついた。
確かに怖かった、でもあんなに優しくて、気持ちよくて、満たされて...何より彼の気持ちが伝わってきて。

でも心配なんて、最初の数分だけだった。
彼は、私のすべてを受け止めて、優しく導いて、深く繋がってそして最後まで何度も私の名前を呼んでくれた。

「...じゃあ、改めて」

ベッドの上、私の手をそっと握りながら彼は静かに言った。

「結婚してください。君じゃなきゃ、俺の人生は完成しない」

どこまでも冷静で、どこまでも真っ直ぐで、どこまでも私だけを見ている。

ああ、もう。

「...ずるいよ、それ。そんなの受け入れる以外の選択肢なんてないじゃん」

「最初からそのつもりだったよ。大丈夫、絶対に君の選択を後悔させないから」

そう言って私の手の甲にキスを落とした。

その瞬間、いつのまにか距離を感じていた彼の存在がようやく近くになった気がした。

これからは、いつも隣で、手を伸ばせばすぐ触れられる距離で。

「愛しているよ、名前」

私は彼の妻になる。


end