ずっとそばにいた

「おはようございます、先生」

重い瞼を開けた時そこにいたのはあまり面識のない少女だった。

「お身体大丈夫ですか?どこか痛みます?」

この学園の生徒、だが殆どの授業に出席していない。
彼女は身体が弱かった。
基本的に設備の整えられた部屋で過ごしベッドの上で通信環境を利用してカメラ越しに授業を受けていて毎日レポートを提出して単位を取っていた。
だからこそ私と彼女は殆ど顔を合わせた事がない。

予想外の出来事につい先程までの事を忘れてしまっていた。
時間はどのくらい経ったのだろうか。
私は遊城十代という天才、カリスマに敗北して地に落ちた。
最もこの学園に来る前に私はとっくに落ちていたのだけれど。

「良かった、大丈夫そうですね」

起き上がった私を見て名字君はほっと肩を撫で下ろし笑った。
暗くてじめじめした如何にも空気の悪い、病弱な彼女がこんな所にいて身体に障らないのだろうかと考えた。

「...君はどうしてこんなところに?」

「そんなことはどうだっていいじゃないですか。
初めて2人っきりでこうして会えたのですから」

彼女の笑顔に背中にぞくりと寒気が走った。
私よりずっと小さな今にも倒れそうな程病弱な少女になぜそんな恐怖を覚えたのか、それは私には分からない。

「先生の授業大好きだったのに、今日で終わりだなんておっしゃられるから私ショックで...少し頑張ったんです」

暗くて彼女の顔ははっきりとは見えなかった。
彼女がなんの病に犯されているかは知らない。
そこで気が付いた。
私は生徒の事情を把握出来る立場にいる筈なのに授業に出られない程身体の弱い彼女がそれでも学びたいと願ってこの学園に入学した、そんなやるかに満ちた生徒の事を気にも留めていなかった事に今気が付いた。

「先生?やはりお身体どこか悪いですか?」

普段からベッドの上で過ごす事が多い彼女だ、体調を崩すものの気持ちはここで誰よりも分かるのだろう。
本気で私を心配して労ろうとしているのが分かる。

「先生、大丈夫ですか?私じゃ運べないので誰か呼びますね」

俯いて黙り込んでしまった私を見て焦った彼女は慌ててPDAを取り出して助けを呼ぼうとした。
私は彼女の手を取りそれを制止させた。

「先生?」

「いや、すまない、助けを呼ぶ必要はない」

そう言って彼女の方を見て安心させるように笑顔を見せれば彼女は一瞬動揺するも同じように笑顔を見せてくれた。
他の生徒達よりその顔がずっと幼く見えるのは毎日をほぼ一人で過ごしているからなのだろうか。

「ここは空気が悪い、名字君の身体にも触るだろう。
とりあえず外に出よう。」

そう促して立ち上がるも彼女はその場から動こうとしない。

「名字君?」

名を呼べば申し訳なさそうな顔で彼女は此方を見上げた。

「...ごめんなさい、先生が死んじゃったのかもしれないって思って、...腰が抜けちゃって暫く動けそうにないんです」

彼女にとって私は想像以上に大きな存在だったらしい。
私など今の今まで彼女の存在を忘れていたというのに。
彼女の笑顔を恐ろしく感じたのはおそらくそれに対する罪悪感からだろう。
私自身生徒を強く欲していながらも慕ってくれていた生徒の事を忘れてしまっていたのだから。

やはり私は教師に向いていなかったのだ。
それに気付けただけでも良かったのではないだろうか、なんて。

「えっ、せ、先生?」

「大丈夫、君のことはちゃんと送り届けるから」

歩けなくなった彼女を抱き上げた。
見た目通りその身体はこの年代の少女達と比べて軽いのだろうと感じた。

私はもう教師ではいられないだろう。
もしくは警察の世話になるかもしれない。
或いは訴えられ、人としての尊厳を失いいつかはみすぼらしく死んでいくかもしれない。

「先生、私先生の授業また聞きたいです。
卒業までに、卒業してからでもいいからいつか同じ教室で、先生に分からない所を質問したい、だから、だから辞めないでください、先生」

こんな私を教師と認めてくれた生徒がまだここに居た。
私が視界から消してしまっていた、忘れてしまっていた生徒。
きっと彼女が、彼女だけが私の最初で最後の生徒だったのだ。

私には相応しくない程純粋で繊細な、強い彼女。

もう教師ではいられない私が最後に願う。

どうか、どうかこの子が健やかに、強く、自らの望んだ未来へ羽ばたけるように。

「名字君は私にとって自慢の生徒だ、これからもずっと」

きっともう会うことはないだろう。
それでも今彼女にそれを伝えない事は私が今彼女にしてあげられる精一杯の気遣いだった。

「ありがとう、私ここに来て先生に出会えて本当に良かった」

ありがとう、私を教師と認めてくれて。



どうか、どうか彼女の未来が光で満ちていますように