うたかた

これは最期の我儘だった。
どうしても一度くらい、皆と同じように、そう望んだ。

生まれつき身体は弱かった。
友達が参加する行事に出られたことなんて殆ど無くてたまたま調子が良くて参加した翌日には大抵床に伏せてしまっていた。
それでも私は皆と同じ事が出来る事が嬉しかった。

でもそれもやがて叶わなくなった。

私が倒れれば悲しむ人がいた、困る人がいた。
家族だけであればまだ良かった。
けれど学校の先生や友達にも多大な迷惑をかけてしまった。
両親にやんわりと諭された。
そして私はそれを受け入れた。
学校には通わなくなった。
家庭教師や通信教育で授業を受けた。
最初は連絡を取り合っていた友人達とも成長するにつれ減っていった。
悲しかった。

病院の帰り、外でデュエルをしている子供達を見た。
全身で、それはもう力いっぱい。
彼らが本当に楽しんでいるのが分かった。
私には彼らが眩しくて羨ましくて。

15の春だった。

私の家はよその家より裕福だった。
私は何度も両親に頼みこんだ。
デュエルアカデミアに入学したい、と。
私に通える筈がない、両親はなかなか首を縦に振らなかった。
それまでの経緯を考えれば当然だろう。
それでも私は諦めきれなかった。
ここまで我儘を言ったのは初めてのことだったかもしれない。
それもあってか両親はやがて折れた。

診断書や現状の健康状態などを伝えた上でデュエルアカデミアの学園長に相談してみるから、と言ってくれた。
私はそれだけで嬉しくて泣いてしまった。
きっと叶わない、そう思っていた節があるからだ。

デュエルアカデミアの校長先生とテレビ電話で話をした。
先生は優しい人だった。
様々な話をした、結果私は無事この学園の入学試験を受け入学する事が許されたのだ。

私の家はかなり裕福だった。
学園で学ぶ為に必要なものは両親が揃えてくれた。
カメラ越しに授業を行う先生は最初カメラが視界に入るとなんとなく緊張感が伝わってきた。
それでも一ヶ月もする頃には何も意識している様子は無くなっていた。
授業のレポートを1週間分まとめて提出する時、各科目の先生にバラバラに渡すのでは無くて全てまとめて手渡していた。
先生方はいつも褒めてくれた。
真剣に授業を受けてくれてありがとう、と。
お礼を言うのはこちらの方なのに。

「やっぱり凄く落ち着くな、佐藤先生の話し方」

面白い先生は沢山いた。
でも私にとって一番好きな授業は佐藤先生の講義だった。
先生の声はとても穏やかで、面白いものでは無かったかもしれない。
それでも優しさを感じられた。
きっと先生はデュエルが大好きで、だから私たちにもっと学んでほしい。
プレイングの強さだけではない、もっと色んな...

「でもきっとこれって」

私には今男の子の友達なんていない。
今、なんて、多分小学生に上がった頃にはもう殆ど大人の男の人としか会話らしい会話しかしていない。

「...先生...」

モニターに触れた所で先生に触れられるわけではない。
声を掛けた所で今マイクが通じているわけではない。

だから何も伝わらない、誰にも聞こえない、先生にだって。

「...きっと聞こえいたら言えない」

私はこの人に恋をしているのだろう。
年頃の女の子なら当たり前にあること。
小学生になる頃には皆気になる男の子がいた。
私にはまたよく分からない感情だった。

この気持ちを恋だと自覚したのは少女漫画やラブロマンス映画を観た上での記憶の経験則によるものだ。
この胸の高まりはきっと、そう一度意識してしまえばどんどん引き寄せられた。
初めてだ、これが私の初恋。

「...好き、です。...先生のことが...」

授業中にこんなことを言っているだなんて、きっと私は悪い生徒なのだろう。
私は再びノートにシャープペンで書き込んでいく。
先生の言葉を何一つ取り零すことがないよう。












「君はどうしてこんなところに?」

カメラ越しではない。
静かな、静かすぎること場所で先生の声は驚く程クリアに聴こえた。
音が空気を通って私の身体にぶつかって、そんな当たり前の事が嬉しくて、嬉しくて。

「そんなことはどうだっていいじゃないですか。
初めて2人っきりでこうして会えたのですから」

驚く程ストレートな言葉。
先生は会いたくて仕方が無かったのは私だけなのに。
先生は授業外の時間も自身の勉学に励むことが殆どで教員室のデスクにいるのだって殆ど見かけた事がない。
だから本当に初めてだった、こうして目と目を合わせて話が出来たのは。

「先生の授業大好きだったのに、今日で終わりだなんておっしゃられるから私ショックで、少し頑張ったんです」

私がベッドに伏せるようになると決まってその子は現れた。
それは私が寂しさのあまり生み出した幻、ずっとそう思っていた。
それでもこうしてデュエルアカデミアに入学して色んな事を学び、そして知った。
彼らは私の生み出した幻影などでは無く、たしかにそこにいる存在、カードの精霊だったのだと。

「先生大丈夫ですか?私じゃ運べないので誰か運びますね」

精霊達は私の元に現れた必死でドアの方を指指した。
どこかに導こうとしているように。
最近は身体の調子も悪くなかった。
殆どベッドの上で過ごしているのだから当たり前かもしれないけれど。
だから、だからいつもと違う彼らの言動が気になった。
私は思い切って彼らの示す場所へと踏み出したのだった。

「ここは空気が悪い、名字君の身体にも触るだろう。取り敢えず外に出よう」

倒れていた先生を見た瞬間、少しの間息の仕方を忘れた。
それでも私をここに連れてきた精霊達が大丈夫だと私に微笑みかけていたから私はゆっくり先生に近付いてしゃがみ込んだ。
きちんと呼吸をしている事に私の身体の力が抜けた。

初めて会えた先生に手首を掴まれ名を呼ばれた。
私の胸の鼓動が大きく鳴った。

「いや、すまない。助けを呼ぶ必要はない」

先生が私に微笑みかけている、私だけに、私の為だけに。

先生は立ち上がり私に帰ろうと言った。
早く立ち上がらねば、そう思うのに私の身体は腑抜けてしまっていて脚に踏ん張りがきかない。
本当にいつだって私の身体は役立たずのままだ。
焦れば焦る程身体は言うことを聞こうとしない。

「大丈夫、君のことはちゃんと送り届けるから」

焦る気持ちは先生によって抱き上げられた事で消え去った。
あまりにも簡単に、当たり前に行われたその行為に私の心は再び騒めいた。
気付けば私をここに導いた精霊達も姿を消していた。
本当に、本当に2人きりだった。

「先生、私先生の授業また聞きたいです。
卒業までに、卒業してからでもいいからいつか同じ教室で、先生に分からない所を質問したい、だから、だから辞めないでください、先生」

私のは間違いなく先生に恋をしていた。
でもそれを伝える気はなくて、伝えるべきではないと理解していて。
だから私は大好きな授業を大好きな先生に、それを願った。
だってそれは私が先生を好きになったきっかけだったから。
だからそれが私の精一杯の愛の告白だった。

愛だなんて語れる程私は大人ではないしきっと私は大人にはなれないけれど。

「名字君は私にとって自慢の生徒だ。これからもずっと」

私にとってこれ以上にない言葉。
これはそうに違いない。

「ありがとう、私ここに来て先生に出会えて本当に良かった」

それが分かっている筈なのにもっと、もっとと望んでいる。
最期の我儘だった筈なのに。

私はここに来て今までは知り得なかった感情を得た。
きっとここに来なければ芽生えなかった。
暖かくて苦しくて甘酸っぱくて、そんな。

大好きな先生、沢山の事を教えてくれた先生。
貴方に教えてもらったこの感情をずっと大切に生きていきます。

だからどうか先生の頭の片隅に私が...私がこの世に生を成しているその間だけで構わない。

だからどうか