普段と変わらない放課後、私が部活が終わるのと同じ時刻に彼もまた部活を終え制服に着替えて部室を出ると当たり前のように私に現れこれまたいつも通り「帰りましょうか」と手を差し出してきたのは生まれた時から私の家の隣に住む幼馴染、黒子テツヤ。
特別拒む理由もないのでその手を取ると彼は柔らかく微笑んで歩き始める。
拒む理由もないけれど逆を言えば繋ぐ理由もないのだけれど。
でも当たり前のように彼が促すからそれをなんとなく拒まずにいる。
というか最近彼からのスキンシップが少し過剰になっているような気がする。
家の前に着くと彼は手を握ったまま私に向き合って——
「名前さん、今日も可愛かったです。明日はお休みですし一度汗を流してからお家にお邪魔させてもらいますね。以前名前さんが読みたいと言っていた本が見つかりましたので、持っていきます」
そう言って顔を近づけて私の額に優しく唇を寄せた。
そして流れるように頬にもう一度、そして最後に私を優しく抱きしめてから満足げな顔で帰っていった。
...いやいや、普通の幼馴染ってそんな別れの挨拶しない、よね?え?それとも私の知らない間に日本人ってこんなに...?
あと当たり前のようにこの後の予定も決められたし、まぁ別に何か予定があったわけじゃないからいいのだけれど。私も私でこんな感じだからこそ勝手に決められてしまうのだろうけど。
家の中に入りドアを閉め頬に触れればそのが少し熱を帯びているように感じられた。
とりあえず私もシャワーを浴び汗を流すことにした。少し冷たいシャワーを浴びればきっとこの熱も収まるだろうと、そう願いながら。
30分程してシャワーを浴び服を着替えすっきりした彼が宣言通り私の家に来た。
時刻はもうすぐ20時を迎えようとしている。
本来こんな時間に異性の友人の家を訪ねるなんて普通は褒められたものではない。
というか大抵親に止められる。
でもそれが許されているのは私達が幼馴染だから、いや、というよりも私の母にとって彼がお気に入りだから、というのが大きいと思う。
彼が持ってきたのは、ハードカバーのちょっと厚めの本。
「一緒に読むと眠くなりませんから」とすぐ横に座って本のページを開いた。
元々彼は活字を読んで眠くなるようなタイプではなかった筈だけれど...いや、部活で疲れているから、ということなのだろうか。
様々な予測が頭をよぎったけれど私はもうそれ以上考えることをやめた。
考えるだけ無駄だと分かっているから。
諦める事と切り替えが早いのは私の長所であり短所でもあると思う。
私は彼の隣で彼が持ってきてくれた本を開く。
わざわざ私の為に探して持ってきてくれたのだから、と私は純粋にこの本を楽しむことにした。
...まぁやっぱりちょっと近すぎるんだけどね、距離感が。
本に集中しようと決めた直後彼は私の肩に頭を預けてきた。
ていうかその体勢絶対楽じゃないよね?私より背の高い人がやったってしんどいだけなのでは?でも私がそれを言葉にする前に彼が先に口を開く。
「名前さん、耳、綺麗ですね...」
「っ、ちょ、て、テツヤ君!?」
耳元で囁いて、彼の唇が私の耳のふちに触れた。
そして流れるように今度はうなじにキス。
ていうか耳が綺麗ってなに?
清潔に出来てるってこと?それとも形が綺麗だってこと?
おかしい、なんなのこのテンション。
良い加減文句の一つでも言おうと口を開きかけたその瞬間___
「......好きです。今も、ずっと」
なぜこのタイミングで...?
あの、本を読もうって言い出したの、誰だったっけ?
動揺している私を他所に彼は普通に読書に戻っていた。
本当に最近この幼馴染の考えていることがわからない。
彼と並んで本を読んでいると暫くして眠気が訪れて欠伸が漏れた。
それこそこの状況で?と呆れられるかもしれないけれど分かってほしい。
最近あまり眠れていなかったのだ。
原因なんて一つしかない、このどこか得体の知れない幼馴染のせいだ。
最近必要以上に考えさせられることが多くてなかなか寝付けなくなってしまっていた。
けれどその原因になっている張本人はそれに全く気付く様子がなく。
「眠いんですか? では一緒にお昼寝しましょう」
そう言って手を引かれ、そのままベッドへ連行される。いやいややっぱおかしいって。
そもそも昼寝って時間じゃない。
寝ていいって言うなら普通に寝たいからもう帰ってほしい、隣の家なんだから。
でも気付けば彼は私と共にベッドに横になっていて後ろから優しく私を抱きしめていた。
なんでこんなに簡単に流されてしまうのだろうか。
背中にぴたりと胸があたりそこから伝わる彼の鼓動がくすぐったく感じる。
「こうしてると名前さんの匂いが近くて落ち着くんです」
「匂い、て...テツヤ君さぁ...なんか最近スキンシップちょっと激しすぎない?」
私の意見に彼は悪びれた様子もなく普段通りの声色、トーンで。
「そうでしょうか?僕としては我慢している方なんですけど...それに昔からよくこうしてお昼寝してたじゃないですか」
と言って顔を私の肩に埋めてしまった。
「(いやいやいや、そんなの高校生になった今言うのおかしくない?これは...寝て、大丈夫なのだろうか?)」
確かにそんな葛藤をしてしまうくらい私は彼にこうされているのを自然に受け入れてしまう気持ちも心のどこかにある。
「寝てください。名前さんが本当に嫌がるようなことは絶対にしません。安心して眠ってくれて大丈夫です」
言いたいことは山程ある。
でもそれ以上に眠気が凄くてそのままうとうとしていると背中から静かな声で囁かれた。
「...好きです。本当に...誰にも渡したくないくらい」
ストレートなその言葉にドクン、と大きく心臓がはねた。
「本当はもっと抑えたい、抑えようとしていたんです、でも名前さんが僕の知らない、他の誰かのところに行っちゃうかもしれないと、それが不安で仕方なくって...」
甘えたような吐息混じりの囁き、私を抱きしめる彼の腕の力が強くなる。
「...だから、今は少しくらい...素直に甘えられていた子供の頃のように、貴方への想いを言葉にして伝えさせてください...」
彼は私を寝かせる気なんてないようだ。
こんな体勢でこんな話、寝られるわけがない。
「子供の頃みたいにって...そんな頃から私のこと好きだったってこと?」
振り返りぽつりと問いかけた言葉に彼は一瞬きょとんとした顔をしてこちらを見る。
そしてすぐに困ったように目を細めて笑った。
「...え?なに、その顔...」
「すみません。ただ...名前さんが僕の気持ちに気付いていなかったことに驚いて...」
そのまま私を抱きしめる腕にさらに力が込められる。
さすがにここまでされると苦しい、でもそんなことを言える空気でもない。
「保育園の時にしたプロポーズ、覚えていますか?...子供のおままごとのように聞こえたかもしれません、でもあれは僕にとって本気のプロポーズだったんですよ」
低く、静かに、でもはっきりと。
耳元で囁かれたその言葉がじんわりと胸に沁みていく。
離れる気なんて一切ない。
むしろ、絶対に手放さない。
そんな意志が、抱きしめる彼の腕から伝わってくる。
あの頃と変わらない距離。
でも違う、私たちはもう無邪気に戯れあっていたあの頃とは決定的に違う。
私も彼も昔よりずっと大きくなって、暖かくて...
「(...ほんと、こんなにかっこよくなっちゃって)」
私より素敵な女の子なんて沢山いるだろうに。
そんな素敵な女の子の中に彼を好きな女の子だってきっといるだろうに。
偶然近くにいた私をずっと想っていてくれるだなんて、本当に、本当に...
無言で彼を見つめる私、彼は穏やかな笑みを浮かべて私を見つめていた。
「...名前さんだからこそ、なんですよ」
私が考えていることなんてきっと彼にはバレバレなんだろう。
ずるいよ、私には彼の考えていることな?て全然わからないのに。
でもそれは私の疑問に対して答えのようで答えになっていない言葉だった。
彼の言う核心はとても曖昧で。
でもそれは私も同じなんだと思う。
私が彼を拒まないのは、ただ“好き”で“ただ一緒にいたい”それだけだから。
彼といると安心出来る、凄く暖かい。
だから言葉よりも、今この距離がすべてを証明してくれる。
「......ねえ、テツヤ君」
「...はい?」
本当になんて優しい目をしているのだろう。
その目が私を好きで仕方ないと主張しているみたい。
「私寝ても大丈夫、なやつだった?」
自分に好意を抱いている年頃の男の子の腕の中で、そんな無防備な姿を晒して。
彼はふっ、と笑ってそっと私の頬にキスをした。
「勿論、大丈夫です。だから早く寝てください。起きていられる時の方が僕は我慢しているんです。名前さんが眠ったら僕も眠れますから」
彼はそう言って私の肩に顔を埋めた。
睫毛がはっきりとみえるくらい近い距離。
私も前を向き目を閉じた。
私はもう、笑うしかなかった。
そして安心して、まぶたを閉じた。
本当に小さな子供だった頃の彼のプロポーズ、私もね、今でも昨日のことかのように鮮明に覚えてる。
私もあの時の返事、本気だったんだよって。
起きたらちゃんと伝えるからね。
end