推しカプの壁

空が夕焼けに染まる頃部活が終わった。
もう季節は夏だ、随分日が長くなった。
大会も始まり練習はよりハードなものになりみんなと比べ体力の劣る僕は依然のように毎日居残り練習をすることは出来なくなってしまった。

「テツ!コンビニでアイス買って帰ろうぜ!」

今日もそのまま帰ろうとしていたその時、まだ余裕がありそうな彼、青峰君に声をかけられた。
僕よりずっと体力があってセンスもあって人一倍負けず嫌いでバスケが好きで、本当に敵わない。
尊敬すらしている。
でもひとつだけ、丁度いい、僕はまた余計なことをすることに決めた。

「はい、行きましょうか。丁度良かったです、青峰君にお話したいことがありましたから」

「...なんだよ、改まって...嫌な予感しかしねぇんだけど...」

僕の言葉に顔を引き攣らせた彼、まぁ多分僕の話の予想はついているのでしょうね。

「取り敢えず着替えましょうか」

「お、おう...」

さすがに内容が内容ですから、2人になってお話したいですからね。













「僕が言いたいことは先日の屋上でのことです」

「......あ?屋上?」

学校近くのコンビニでアイスを買ってあまり人通りのない道を歩きながら僕はそう切り出した。
彼はまるでわかっていないような顔を一瞬したけれどすぐにそれを悟って僕から顔を逸らした。

「...黄瀬君が偶然見てしまったそうです。あなたと名字さんがなさっていた、アレを...」

「......マジかよ...黄瀬...チッ、あいつ...なんでよりにもよってそんな時に屋上なんて来てんだよ」

「...屋上は公共の場みたいなものですからそれを君が咎めるのはおかしいと思いますが」

黄瀬君が間が悪いことは確かだけれど今それを責めるのはお門違いだとひとつ咳払いをして一呼吸置き再び口を開いた。

「学校は公共の場です。名字さんにも万が一があっては困ります。妙な噂が立てば女性の方が辛い思いをすることになりますから。...君の理性を信じています。まさか本気で学校でそれ以上のことに及ぶことはないと思います。...それでもいくらキス止まりだとしても30分はさすがに長すぎです」

僕がそこまで言い切ると青峰君は僕に視線を戻し___

「......っは」

鼻で笑った。
彼は、制服のポケットに手を突っ込んだまま悪びれる様子もなく言った。

「しゃーねーだろ。だって、あいつ...無意識で誘ってるみてーなとこ、あるからな」

「...は?」

彼女にとって不名誉とさえ思える言葉を口にした彼に思わず眉間に皺が寄った。

「...あいつ、自覚ねーんだよ。俺みたいなのに無防備に近付いてきて、俺が触れたら困った顔で“ダメだよ”とか言って止めるくせに押し退けたりせずにそのまま俺にくっついたまま赤い顔で“やめないと怒るよ?”って微塵も迫力のない、つーか可愛いだけの顔で睨んできてよぉ」

「...っ(そ、それは...確かに...)」

彼の話を聞いて僕の頭の中で彼女の姿を想像することは容易だった。
それくらい“彼女らしい”話だったからだ。
きっと彼女は大真面目に言っているのだろう。
倫理的なものが働いて拒もうとするけれどきっと好きな人に求められることは嬉しくて、だから青峰君を拒まなくて中途半端な抵抗しか出来なくて。
そしてそれは男からすれば堪らなく可愛く思えて。

「(...駄目です、これ以上想像してはいけません!)」

「そんなだから当然キスだけじゃ全然満足出来ねぇけど無理にするわけにもいかねぇし」

「...足りない、とはどういう....」

「いやマジで、あいつちょっと唇つつかれただけでくふにゃってなるしそうしながら頭撫でたら耳まで赤くなって嬉しそうに笑うしなんなら声も可愛いし」

想像したくないのにあまりに赤裸々に彼が語り始めてしまう。
それは僕には少し刺激が強すぎる。

「青峰君、話を逸らさないでください。具体例まで言わなくていいです」

「逸らしてねーよ!俺は真面目に話してんだよ!!」

僕の抗議に青峰君が叫ぶように否定した。
そして優しさで満ちたような、本当に幸福な表情で言う。

「...俺、ほんとにさ。好きなんだよ、あいつのこと。こんなのらしくねぇなとはわかってっけど」

「......はい、分かっています」

別にグラビア雑誌の胸の大きな女性が好きであったとしても青峰君が実際に乱れているだなんて思ってはいない。

「だから、...ちょっとしたことで頭ん中ぐちゃぐちゃになる。声とか、表情とか、ちょっと手が触れたらだとか、そんだけで全部エロく変換される。もうおかしくなってんだよ、俺の脳みそ」

「......」

2人の間に暫しの沈黙、そして僕はゆっくりと息を吐いた。

「...思春期って怖いですね」

「うるせぇ!!」

素直な気持ちを言葉にすれば青峰君もまたシンプルな不服の声をあげた。
まぁきっと仕方のないことなんでしょうね。
小説のように綺麗な感情だけを、なんて無理なのでしょう。
そして別にそれも悪いものばかりでもないのでしょうし。

「...でも青峰くん、そういう気持ちは彼女さんにきちんと言葉にして伝えてあげてください。言葉にしなければ伝わらないこともありますし誤解を生んでしまうこともありますから」

「...らしくねぇけど最初は言ってたんだけどよぉ、あいつ、照れてまともに聞いてくんねーんだよ」

ため息混じりのその答え、まぁ青峰君はたまに恥ずかしいくらいまっすぐな言葉をくれる人ですから、その言葉に嘘はないのでしょう。

「じゃあ困らせない程度にちゃんと気持ちを“行動”で示すんです」

「いや、だからそれやったらああなったんだよ」

「...それはやりすぎです」

僕のツッコミに青峰君はぐぬぬと顔を歪ませた。
別に意地悪を言いたいわけではないのですが、難しいですね、人と分かりあうのって___
取り敢えず僕が望んでいることはこの2人が末長く幸せに過ごせますように、それだけです。

僕はもしかしたら2人が小説の恋人達の様に幸せな結末を迎えるところが見たい読者のような気持ちになっているのかもしれませんね。


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