夢の終わり

「明日香ちゃんは本当に綺麗だね」

私の言葉に振り返った彼女をスマホのカメラで一枚、パシャリ。
突然のその行動に明日香ちゃんは何が起こったか分からなかったようで一瞬固まってしまうがすぐに状況を理解して私のスマホに手を伸ばした。

「ちょっと、いきなり何をするのよ!」

怒った彼女にスマホを奪われないよう慌てて両手でそれを包み隠した。
彼女の綺麗な顔は眉間に皺が寄せられているがやはり美しいまま。

「大丈夫、可愛く撮れてるから」

スマホを操作して先程撮った写真を表示しそれを確認した。
無防備な状態で撮られた彼女はやはり普段と変わらず美しい。

「そういう問題じゃないでしょう。私の許可を取らずに写真を撮った事が嫌だったの」

褒められたことではない事は私も理解している。
それでもそんな事をしたのはただたんに寂しかったから、なんて。
子供のように自分勝手な理由。

「卒業アルバムのね、写真少し見せてもらったの」

「卒業アルバム?」

PCルームで何やら楽しそうに作業していた下級生、彼女達は明日香ちゃんとも仲が良い子達だった。
何をしているんだろうとふと気になって背後からちらりと覗き見した。
パソコンのディスプレイ、そこに映し出された画像は私達3年生の写真だった。

そこに映し出された美しい笑みを浮かべる彼女の姿に私は胸を抉られるような痛みを覚えた。

「一体誰に向かってあんな顔をしていたのかなって考えた」

「あんな顔って...一体どんな写真だったのよ」

自分勝手な事は自覚している。
ただただ激しく嫉妬したのだ、彼女に笑顔を向けられたその人物に。
隣で笑う彼女の友人に。
私はその場にいなかった、ただそれだけ。

「明日香ちゃんが可愛すぎるから可愛くない写真が寧ろ貴重なんじゃないかって、そう思ってそれを狙って撮ったのに」

360度どこから、いつ撮ったって明日香ちゃんは可愛いから、と。
先程撮った写真を見ながらそう言葉にすれば彼女は頬を朱く染めた。
色白の彼女、その朱色は妙に色っぽくて。

ぱしゃり。

そんな彼女を私は再び写真に収めた。

「だ、だからっ、....もうっ!」

本気で怒ってはいない、だって先程とは違い私のスマホを奪おうとしないのだから。
明日香ちゃんはなんやかんや私に甘い。
そして本当に可愛いのだ。

「明日香ちゃんの写真集作ったら絶対需要あると思うんだよね」

「っ、兄さんみたいな変なこと言わないで!」

少なくとも私は欲しい。
でもそれを私以外の人に見られるかと思うと嫉妬でおかしくなりそうだとも思う。

「吹雪さんはいいなぁ、明日香ちゃんの可愛い姿私よりずっと見てきてるんだもん」

「...一体どうしたの?」

彼女に出会うまで自分がここまで嫉妬深い事を知らなかった。
彼女に出会うまでここまで自分が人を好きになれることをしらなかった。
彼女に出会うまで夜眠るのが怖くなるだなんて、そんなこと。

「離れたくないよ、明日香ちゃん」

「...名前」

卒業式まで1週間を切っていた。
私は実家に帰って地元の大学に進学する事が決まっている。
彼女は自身の選んだ未来の為に留学する事が。

こんな風に話すことも触れ合うことも、当分叶わない。

「子供みたいな我儘言ってるの分かってる。でもやっぱり寂しいよ、明日香ちゃん」

子供のように駄々をこねる私は縋るように彼女の手を握る。
そんな私の手を彼女は握り返してくれた。

「...私が行かないって言えば貴方は笑えるのかしら」

「...そんな、笑えるわけないよ。明日香ちゃんの夢を壊して笑える筈がない...」

知っているわ、そう言って明日香ちゃんは私の手を両手で包み込んだ。
彼女の長いまつげが影をつくる、まるで絵画のように美しい。

「私ね、自分がどう生きたいかって、その明確な目標がこの学園に来て見つけられたの」

「...うん」

「でもね、それは楽しみであって不安もあったの。いっそ貴方を鞄に詰めてこっそり連れていけたら、なんて、そんな馬鹿な事を考えたこともあるの」

「...うん」

実現不可能な話だ、彼女がそんな現実的ではない事を言うなんて。
きっとそれはその場で咄嗟に考えた嘘などではないのだろう。
バカ真面目と言える程真面目で堅実な彼女だ。
そんな彼女が私にそんな事を願ってしまう程。
私は愛されている。

「それは無理だって知っているから。
だからね、待っていてほしいの。
私今よりずっと素敵な大人になって帰ってくるから。
だから...」

「...明日香、ちゃん」

彼女は私の薬指に唇を寄せた。
柔らかくて、赤い、艶っぽいその美しい唇が。

「次会う時には用意しておくから、ここ、予約させて...ね?」

本当に綺麗な明日香ちゃん。
可愛くて、かっこよくて、完璧な女の子。

「...私も予約していい?」

彼女が私にしたのと同じように私も彼女の薬指にキスをした。
不安な顔を隠しきれずに彼女を見ればやはり美しい笑みを浮かべた彼女がいて。

「当然でしょう?貴方以外から受け取るつもりなんてないわ」

美しい彼女が他の人に向けられた笑顔なんて見たくない。
ずっと私だけにその笑みを浮かべてくれたらいいのに。
きっと私はこれからもずっとそう思って生きていくのだろう。

「明日香ちゃん、好き。結婚して」

「私も名前、貴方の事が大好きよ」

彼女と会えない日々の中で私は彼女程魅力的な女性になることは出来ないだろう。
でも誰よりも彼女を愛する女で居続けることは出来る自信ならある。
吹雪さんや彼女の両親に負けない程に。

「ねぇ、騙し撮りみたいな形ではなく一緒に写真を撮りましょう。
私それを励みに頑張ってくるから」

「...うん。私も勉強沢山して良い暮らしが出来るように頑張る」

スマホのカメラをインカメラにして2人並んでシャッターを押した。
一枚、二枚、三枚と。
撮った写真を確認すると私の目は真っ赤になっていた。
隣に写る彼女はやはり美しい。

「名前、有難う」

「...うん、私も有難う」

この時の私は馬鹿だったなって、この写真を見て笑って言える未来を願って。

私達は子供の時間を終える。