日付をとうに越えて静まり返った深夜2時___
電気も消してぼんやりとカーテンの隙間から漏れる月明かりの中ベッドでごろんと横になっていた。
隣に寝転んでいる彼ももうぎりぎり、起きているとは言い難い。
夢と現実の境目をふわふわ漂っているような、そんな感じ。
でもそんな状況でまた私の悪い癖が出てしまう。
彼の腕にくっついて肩に額をぴとりとあてる。
「テツヤ君...ねえ、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからお散歩、行きたいなぁー...」
私の我儘に彼は目をしょぼしょぼと開ける。
「...名前さん、またですか?...もうこんな時間ですよ...何かあったんですか...?」
彼の声は完全に寝起き声だった。
目をごしごしこすってこちらを見た目はその声と比例するように眠気を帯びていた。
「なんかね、急に歩きたくなっちゃった。夜の風、吸い込みたいなって。外、ちょっとだけ一緒に歩こ?ね?お願い......」
私の言葉に彼は目を閉じ小さく唸る。
「......散歩に行きたくて起こすなんでまるで犬みたいですね...」
「...わん」
まぁ確かに、と思い犬の鳴き真似をすれば彼は手で顔を覆い小さく笑った。
あ、これいけそう、なんて考えてしまう。
「...本当に困った人です。今日は早く寝るって言ってませんでしたか?」
のそのそと起き上がった彼の膝に頭を乗せるとよしよしと頭を撫でられた。
本当に犬になった気分だ。
他の人ならともかく彼に可愛がってもらえるなら別に構わないけれど。
「なんかね、なんかわかんないけど!お散歩したくなったの!近くのコンビニとか公園までとかでいいから!帰ったらすぐ寝るから...」
彼は諦めた顔でため息を一回。
「......分かりました。では10分くらいで引き返しますからね。...寒いから上着ちゃんと着てくださいね。名前さんが風邪ひいたら僕が大変ですから」
彼の言葉を聞いてガバッと膝の上から起き上がると彼はのそのそとベッドから降りた。
そして欠伸をしながら服を着替え始めた。
「やった〜!テツヤ君大好き!!」
私も急いで着替えてコートを羽織る。
ボタンを彼にしっかりと留められた後仕上げにマフラーをぐるぐる巻きにされた。
顔が半分埋まってしまったけど彼が巻いてくれたのだから良しとしよう。
お互いしっかりと防寒対策をして靴を履いていざ外へ。
殆どの家の電気は消えていて暗い夜道を照らす灯りは路上の街灯だけだった。
昼間より気温が低く空気が澄んでいるような、そんな気がした。
彼の手をぎゅっと握って大きく息を吸って吐いて。
「夜中の外ってしん...としてて、なんか落ち着くね。テツヤ君と歩く夜道好きかも」
私の言葉に彼は欠伸を噛み殺しながらも優しく微笑んで。
「...そうですね。たまにはこういう日も悪くないですね。...でも帰ったらちゃんと寝てくださいね」
「はーい!」
深夜だからあまり大きな声を出していない。
それでもふたりしかいないこの場ではやけに声がくっきりと大きく聞こえる。
呼吸をする度、言葉を発する度に白い息が生まれては消えてを繰り返す。
そろそろ雪が降る季節が迫っているのかもしれない。
「(“犬みたい”って言われてもたまにはこうやって甘えたくなる夜もあるよね。なんでだろう、最近寒くなったからかな?)」
そんなことを考えながら歩いているとお目当ての公園が見えてきた。
街灯とは別に公園に設置された自販機の明かりも見えた。
私は彼の手をぱっと離す。
「テツヤ君、お礼にあそこの自販機でココア買ってあげる!一緒にあったまろ!」
そう言って自販機に向かって小走りで近付き財布から100円玉を2枚取り出しボタンを押した。
ガコンと音を立てて出てきたココアを取り出し同じようにもう一本。
「足元も暗いですからいきなり走ったら危ないですよ」
本当に優しい、そんな優しい彼に購入したココアを一本差し出した。
彼はお礼を言ってそれを受け取り、両手をそのココアで温めた後軽く振ってプルタブを開けた。
「では有り難くいただきますね」
「うん!どーぞ!」
彼が口を付けたのを見て私もココアの缶を開けた。
口を近付ければ漂う甘い香り。
ココアなんて久しぶりだなと思いながらちびちびと飲んでいると隣で彼が小さく笑った。
「どうしたの?」
「いえ、すみません。...さっきの、自販機見つけていきなり走り出した名前さん、本当に犬みたいだったなって思って...」
けしてバカにしてるわけじゃないって分かってる。
だって私を見る彼の目はいつだって、今この瞬間だって私が愛しくて仕方ないって、そんな目をしているから。
「テツヤ君犬派だから良いでしょう?」
「僕は猫も好きですけどね」
よしよしと優しく撫でられた。
「まぁ気まぐれなところは猫っぽいとも言えますね」
どっちにしたって可愛いと思ってもらえるなら全然いいけど。
勿論普段の彼はちゃんと私を女の子として扱ってくれるし。
まぁ子供扱いされてる?って感じることもあるけどそれは多分、というか絶対私のせいだから。
「また走り出されては困りますからベンチに座って飲み終わってから帰りましょうか」
彼はそう言ってベンチが汚れていないか確認して念のため手ではらってから私を座らせてくれた。
どこまでも紳士的、というか過保護というか。
飲んでいるココアがさっきより甘味が増した気がする。
「深夜のココアってなんか特別感あるよね〜。背徳感ってやつのせいかな?」
「そうですね。それに名前さんと一緒ですから、美味しいです」
少しキザな台詞も彼が口にすると自然で嫌味がない。
そしてそんな彼の言葉で今夜も私は分かりやすく、それこそ犬のようにご機嫌になってしまう。
そんな私を撫でて可愛いと言ってくれる彼が大好き。
ココアと彼の優しさで心も体もほかほかになった帰り道、夜の公園を後にしてまたふたり並んで歩き出す。
ふわふわとした気分のまま彼の手をぎゅっと握る。
「テツヤ君、やっぱり夜のお散歩って特別だね。テツヤ君が一緒だと暗い夜道も安心する」
彼はその手を優しく握り返す。
「...帰り道もちゃんと手をつないでいましょう。もう走り出しちゃ駄目ですからね」
いつもより静かな住宅街。
ふたりだけの小さな世界みたいな夜道を歩く。
なんていうかお腹が満たされたような、そんな気分。
家に着いてコートを脱いで再び部屋着へと着替えた。
脱いだコートをテツヤ君が私の分も一緒にハンガーに掛けてくれた。
「...先程ココアを飲みましたから、もう一度歯磨きですね」
「はーい、テツヤ君も一緒に磨こ?」
「もちろんです。ふたりでちゃんと寝る前の準備をしましょう」
並んで歯を磨いて、ふたりで「おやすみなさい」の準備。
歯ブラシに歯磨き粉を付けて渡してくれる彼は本当に私に甘い。
しっかり磨いてそのままベッドに入り込むと自然と眠気が押し寄せてきた。
私はいつも通り彼の腕の中にすっぽりと収まり瞼を閉じた。
「テツヤ君、今日は付き合ってくれてありがとう...すっごく楽しかった......」
彼は私の頭を優しく撫でながら小さな声で囁く。
「......名前さんが喜んでくれたなら僕も嬉しいです。おやすみなさい」
彼の優しいぬくもりと心地いい香りに包まれて私はあっという間に眠りに落ちていく。
そんな私の寝顔を見ながら彼は静かに微笑んで。
「...これからもずっと、こうして一緒にいられますように」
彼がそう呟いた、そんな声が聞こえた気がする。
end