「なぁ、何読んでんの?」
最近放課後図書室で本を読んでいるところに客人がやってくる。
遊城十代、この学園で彼を知らない者はいないであろう、そのくらいの有名人だ。
「···」
言葉には出さずに本の表紙を見せる。
それを見ておそらく読書の習慣などないであろう彼は面白みのなさそうなそれに首を傾げた。
「なんか堅そう本だな。
面白いのか?」
「創作物に堅いも堅くないもないと思うけど私は好きだから面白いって思ってるよ」
彼の質問にそう答えるとふーんと興味なさげな返事をいただいた。
そちらから読書を妨げてまで訊ねておいて結構な態度だと思ったが取り敢えず彼をスルーして再び目線を本へと落とした。
「なぁー、それが本当に面白いのか?」
「····遊城君、先程同じ質問に答えたのは私の記憶違いだったかな?」
読書は私の趣味の一つだった。
だからこそその時間を邪魔しようとしてくる彼に若干の苛つきを覚えそう返し、彼の顔を見るとにっこりと眼を細められた。
「それって俺と話してるより面白い?」
「···は、?」
その言葉の意味に言葉が詰まった。
いったい彼は何が言いたいのだろう。
わからない理由は1つ、私達は彼の周りにいる仲間達のような親しい関係ではない。
つい先週実技の授業で初めて対戦しただけの関係だ。
その日まで彼は私の名前すら知らなかっただろう。
しかし何故かあれ以来最近こうして放課後になると私の元に現れるようになったのだ。
「····いったいなんなの?」
「んー?いや、俺と話すの面白くなったら俺の事好きになんのかなって」
その言葉に頭が真っ白になった。
突然の彼の言葉に回らない頭で必死に考える。
その言葉は果たしてどのような意味を含んだものなのかを。
「ど、どういう、意味な、の?」
「お!本置いたじゃん!初めてこれに勝てたな」
手離した本を遊城君は手に取り機嫌の良さそうの顔をして私から遠ざけた。
彼は何がしたいのだろう。
何か話がしたくて読書を中断してほしかったのだろうか。
「なぁ、名前さ。俺の名前呼んで?」
「·······遊城、くん」
「違う、名字じゃなくて名前!十代って呼んでよ」
なぜだろう、目の前の遊城君は先程と同じように笑っている。
でもその笑顔がなぜか怖く感じた。
「····十代、君」
少し恐怖を感じた私は言われた通り彼を名前で呼んだ。
すると彼は普段の見慣れた笑顔に戻った。
「これからは名前で呼んで」
「····で、でも」
「カイザーの事名前で呼んでたよな?なんで俺は嫌なの?」
なんとなくの気恥ずかしさから渋っているとそう詰め寄られた。
理由は簡単だ。
私は亮さんと翔君の従兄弟だ。
子供の頃から知っていてある程度の付き合いがあったから、ただそれだけだ。
「親しくないからって理由で俺の名前が呼べないなら仲良くなれば良いじゃん」
遊城君が怖くなって無意識で椅子から立ち上がり逃げそうになったが彼にそれを阻まれそのまま後ろに下がれば結果的に逃げられないように壁に追い詰められた。
「俺はカイザー達より名前と仲良くなりたいんだけど?」
私の手を取りその手を口元に持っていきそこに唇を落とした。
「な、んで」
「んー?そんなの俺が名前を好きだからに決まってんじゃん」
意味がわからなかった。
つい先週知り合ったばかりだ。
私は一目で誰かを魅了してしまうほどの美少女でもない。
スタイルだって彼の側にいる天上院さんのように完璧ではない、寧ろぽっちゃり気味だ。
デュエルだって遊城君や亮さんのように強くはない。
遊城君が友達になりたい、という意味で好意を寄せているわけではないということなんとなくわかる。
それでも考えても考えてもその理由がわからなかった。
「···名前はさ、俺の事嫌い?」
「·······き、嫌い、ではない、けど」
依然として彼の距離は近いままだった。
片手をとられたまま、彼のもう片方の手は逃げ場を防ぐように私の顔の横にあった。
恋愛小説はあまり読まないが、これが俗に言う壁ドンというやつだろうか、と現実逃避した。
それくらい私の頭の中はこんがらがっていた。
しかし次の彼の言葉でそのこんがらがった思考も真っ白になった。
「嫌いじゃないなら嫌いになるまで俺と付き合ってくれよ」
「····は?」
「まぁぜってー名前は俺の事好きになるから嫌いになんてならねぇけど」
遊城君はそう言ってまるで当然の事かのように私にキスをした。
私達は恋人同士なんかじゃないのに。
あまりの出来事に腰が抜けその場に崩れ落ちそうになる私を遊城君は抱き抱えた。
「な、なんで?私、何も、了承してない、のに」
「んー?大丈夫だって。一生責任とってやるから」
力の入らない身体で遊城君を押し退けようとする私を牽制するかのように強い力で私を抱き締める彼に身体が震えた。
「大丈夫だって、俺は名前の事大好きなんだから」
抱き締められている私からは彼の顔は見えない。
でも彼が笑っていることだけは振動する喉元から伝わってくる。
そしてまるで大切にしている人形を愛でるように私の頭を撫でた。
何も言葉に出来ずにいる私の首もとに顔を埋めた遊城君は耳元で小さく囁いた。
「あんまり怯えられたらこのまま食っちまいたくなんだけど?」
そこ言葉にびくりと身体が小さく跳ねた。
その反応にまた遊城君は楽しそうに笑った。
「冗談だって」
視線を合わせそう言って動けない私にもう一度キスをした。
「今はまだここまでにしといてやるよ」
なぜか私は悪びれもせずにそう伝える彼に怒ることも泣くことも非難すること出来なかった。
彼に食べられてしまう時が早かれ遅かれやってくるのだと思った。
どうして私は彼を拒絶出来なかったのだろうか。