26:感情に蓋をしたい

三沢君が帰ってきた。
だけれどそれはいつもの三沢君ではなかった。
いつものような凛々しく穏やかな彼とは程遠い、確かに動いてはいるのにどこか生気のないような。

彼はタニアに強く惹かれた。
それが故に自身を失望され手放されてしまったことに大きく喪失感を感じてしまっているのだろう。

十代君が三沢君がタバスコを飲んでいたと教えてくれた。

うん、なんていうか、ここは私の部屋なのだけれど。
どうして十代君はナチュラルにここにいるのだろうか?

そもそも学生を部屋に入れるのは倫理的にはどうなのだろうか?
この世界の基準がいまいち掴みきれていないので安易に突き放す事も躊躇われてしまう。

「そういやぁさぁ、名前はあの時ああ言ってたけど本当の所どうなんだ?」

「あの時?」

言葉の意味が分からずそう聞き返すと十代君は少し躊躇いがちに続けた。

「·····じゃあさ、名前ってどんな奴が好きなの?」

「·····え」

唐突な質問に言葉に詰まる。
安易に彼を見た事をきっかけにその意志が強そうな瞳と視線がぶつかった。
真っ直ぐなその眼に呼吸が止まる。

「·····好きな奴とか、·····付き合ってる奴とか、いんの?」

なぜそんなことを聞くのだろうか。
いつもと同じ筈の十代君の歪みのない眼が怖い、それは私に嘘をつくことを赦さないと脅しをかけるような、そんな風に感じるのはきっと私に不純な心があるからなのかもしれない。

「·····いない、恋人なんて、いないよ、·····好きな、好意を持ってる人は、ごめん、わからないの」

何を言っているのだろう。
目の前にいるのは所詮はただの子供でしかない。
その子供に何を怯えているのだろうか。

適当に流せば良かったのに私はどうしてその言葉を選んだのだろうか。

十代君は相変わらず何を考えているかわからかい。
その顔はにこりと表情を変え私に近付いた。

「俺はさ、あんまそういうの分かんなかったんだけど、·····今はちょっとだけ、三沢の気持ち分かるんだ」

そう言って私の髪を一房掬ったがそれはそのままするりと十代君の掌からすり抜けた。

「今度はぜってー俺がデュエルすっから、·····また見ててくれよな?」

じゃあなと一言別れを告げて私の部屋から出ていった。
私は部屋を出ていく十代君の事を見る事が出来なかった。


ああ、なんだというのだろうか、本当は私は、私はきっとこの感情を知っている