やくそく
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あの敵の騒動の後、プロヒーローへの数々の無礼に頭を抱えるわたしを、事件のショックでの行動だと心配した出久くんと勝己くんに散々構い倒され、漸く立ち直ってきた頃
3人で遊ぶことも増え、金木犀の香りが鼻腔をくすぐる季節となってきた
「え、なまえちゃんたびにでるの?」
「たびっていいかただとめちゃくちゃかっこいいね!」
「…いつまでだ」
公園で砂の城をせっせと作りながら今度行く家族旅行の話をすれば、2人とも顔を歪めてそう尋ねてくる
なんだなんだ、お姉ちゃんがいないと寂しいの?なんて内心ふざけながらも指折り数える
「んとー、ごにちくらいかな〜」
「ごにち、って…おてていっこぶん…?」
「そうだよ〜!せいか〜い!」
「……」
普段から遊びに計算を取り入れてるおかげで、年の割に2人とも計算ができるようになったな〜
感心しながらも頷けば、砂の穴を掘っていた勝己くんの手がぴたりと止まる
そのまま黙り込む勝己くんに、首を傾げて顔を覗き込む
「かつきくん?」
「……いくな」
「え」
「なんか、わかんねーけど、
いってほしくない」
そう言ってわたしから顔を背けて砂堀を再開する彼の言葉に、さらに首を傾げて思案する
(わからないけど、行ってほしくない…?勝己くんも勘が鋭い方だから、もしかしたら何かを感じとったのかな…)
わたしもだけれど、彼も結構勘が鋭い
と、言っても、わたしのほうは本当に感性の方で、彼のは知性で感じとっていることが多いのだけど
…でも、わからないって珍しく言っているということは、今回は彼にとっての《勘》なのかもしれない
(…でも、それにしては、わたしの《感》ははたらいてないんだよね〜)
む〜ん、と唇を尖らせて考え込んでいれば、手の先にこつりと、暖かい何かが触れる
「…!」
それは、わたしの手をゆっくりと包み込むと、痛いくらいにぎゅう、と握りこんだ
驚いてぱっと顔をあげれば、真剣な顔をした勝己くんがわたしを真っ直ぐに見つめていて、心臓がとくりと小さく跳ねる
「…いくな、なまえ」
「……」
直接的なその言葉に、なんて返そうかと言い淀む
お父さんが仕事の都合をつけて計画した旅行は、お母さんもわたしをさんざん着せ替え人形にするくらいに楽しみにしている
わたしが行かないなんて言えば、きっと中止にはなるが2人は悲しむだろうし…
行けば行くで勝己くんがすごくすごく心配しそうだし…
(でも、なにか、わたしにとって悪いことが起こるのであれば…)
何とか頑張って回避できるよう、努力するしかない
勝己くんたちに心配はかけたくないけれど、でも、わたしの我儘で旅行を止めてしまえば…実際問題《資金》がかかる
それは子どものわたしにはどうしようもできないことだし、楽しみにしているお父さんとお母さんに悲しんで欲しくはない
「かつきくん」
自然と俯いていた顔を、ばっと勢いよく上げて彼の手を握り返す
「だいじょうぶ、ちゃんとかえってくるよ」
勝己くんと、出久のもとに、必ず
「だってわたしは、ふたりがひーろーになるのをおうえんしたいもん!」
お父さんの『個性』は幸運だ
そんなに強いものではなく、たまたま転んだ拍子にボールが頭の上を擦るとかそういう『個性』だ
なにか事故に遭うことは考えにくい
まぁ、それでも、人生なんて何が起こるのかわからないんだから、未来を恐れてたら何も出来ないし
もしかしたら何かが起きたわたしを、サー・ナイトアイが視たから、あんなに驚いていたのかもしれないけれど…それでも、未来に怯えたくない
「もしなにかがあったとしても、のりこえてみせるよ」
大切な人を守るためには、力と覚悟が必要なんだと、オールマイトの背中に教わった
まだまだ無力なわたしだけれど、経験は力だ
「まけない、まけたくない」
何より、自分自身に
真剣な勝己くんの瞳を、真っ直ぐに見つめ返す
無言で見つめ合うわたしたちを、出久くんはおろおろとそばで見守っている
「…………ぜったいだぞ」
ぽつり
最初に沈黙を破ったのは、勝己くんだった
「そのやくそく、わすれんなよ」
わたしに何を言ってもダメだと悟ったのか、不貞腐れたよう顔をゆがめて砂の中で指を絡める彼に、へらりと笑う
「うん、やくそく!」
「…!ぼっ!ぼくも…!ぼくともやくそくして!!」
ずっとわたしたちのやりとりを見ていた出久くんが、ハッとしたように声を上げた
それに目を丸くしていれば、彼はもう片方のわたしの手に指を絡ませた
「かえってきたら、ぜったいにまたあそんでね!」
ぐ、と力強い瞳で見つめられ、一瞬ぽかんとするがすぐに気を取り直して彼の瞳を見つめ返す
「うん!やくそくだよ!」
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