そのてのあたたかさ
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もう日は落ちて、空には月が明るく輝いていた
先ほどの場所まで何とか戻れば、怪我をした男の人と炭治郎くんはいなくて、炭十郎さんが立っていた
炭治郎くんが呼んでくれたのだろうか
大人を呼ぶとは本当にいい判断だ
疲れきった体に鞭打ちながら草を掻き分けて前に出れば、炭十郎さんの瞳が月に照らされて一瞬刀のように鋭く光る
その鋭さと威圧感に足が止まり、体が震えた
(…、なに……この、いあつかん……)
「…!名前ちゃんか!」
彼はわたしに気づくと、ハッとしたようにその瞳と威圧感を引っ込めてわたしに駆け寄ってきた
思わず一歩後ずさると、それに気づいた彼は眉尻を下げて少し離れた位置で膝をつく
「怖がらせてすまない。炭治郎から話は聞いた。無茶をしてくれたが、無事でよかった」
「……あの、おとこのひとは…」
「息はあるが、傷がなんとも酷くてね…」
助かるか助からないか言わないあたり、危ない状況であるのは間違いなさそうだ
早く行って治さなければ…きっと痛い思いをしていることだろう…
「おむかえにきてくれてありがとうございます、いえにむかいましょうか」
「あぁ、早く帰って炭治郎を安心させてあげてくれ」
そう言って困ったように笑う彼に頷いて、家へと向かう彼の背中を見つめながらそれに続く
(さっきのは、きっと…殺気というものだろう…)
あの時の敵の時とは、比べ物にならないくらい、鋭かった…
(彼は、一体……)
何者なのだろうか…
ただの炭売りができるような瞳ではなかった
………いや、やめよう、人のことを詮索するべきではない
彼は炭十郎さんで、炭治郎くんのお父さんだ
それだけわかっていれば、それでいい
少しだけ寂しそうなその背中を見つめて、少し駆け出して彼の隣に並んでその大きくて暖かい手をそっと握った
一瞬びく、と手が震えて、驚いたようにわたしを見る彼にへらりと笑えば、情けなく笑い手を握り返してくれた
(なんだか、お父さんみたい)
少しだけ寂しくなり、その温もりを離さないように強く手を握りしめた
「ただいま」
「もどりました」
「「名前ちゃん!!/なまえ!!」」
家に着けば、葵枝さんと炭治郎くんがばっと振り返り、炭治郎くんは勢いよく立ち上がるとたたたたっと駆け寄ってそのままの勢いで抱きつかれた
「わっ、と」
あまりの勢いに倒れそうになるのを、炭十郎さんが背中を支えてくれて堪えることができた
しっかりと体勢を整えると、炭治郎くんの背中をぽんぽんと撫でてごめんね、と呟く
「っ……ばか!!ばかだなまえは……!!ひとりでくまにたちむかうなんて……!!」
ぱっと顔を上げた炭治郎くんは、涙で瞳を濡らしながらそう声を上げる
怒られるのも当然だ、だけど、後悔はしていない
「ごめんね、しんぱいをかけて」
だからわたしが謝るのは、彼らに心配と迷惑をかけてしまったことにだ
「あと、ありがとう、かれをたすけてくれて」
布団に寝かされている彼に目を向ければ、苦しそうに唸っていて思わず眉を寄せる
「……なまえ?」
「…あとでいっぱいおこられるから、いまはちょっとかれのそばにいってもいい…?」
そう言って彼から体を離せば、炭治郎くんはこくりと頷いてわたしから離れてくれた
急いでそのまま彼のもとへ駆け寄れば、顔に大きな傷のついた年若い少年だった
(これは…ふるい、きずだな…)
古い傷痕は、治すことはできない
そっと彼の手を握って力を送り込む
「…!!名前ちゃん、その瞳…!」
「わぁ、きれいだ…」
炭十郎さんと葵枝さんが瞠目し、炭治郎くんはキラキラと目を輝かせてわたしを見る
わたしが『個性』を発現させている間、瞳が緋く光るのである
まるで緋の目みたいな感じだなー、なんて最初の頃思ったのを覚えている
そのまま力を送りこみ続けていれば、痛みが和らいだのか、キツく歪められた彼の顔がだんだん緩められていく
ペラリと布団と着物を捲って包帯の隙間を確認すれば、傷が綺麗に治っていてほっとする
そのまま着物と布団を整えて彼から退くと、また手を握って「もうだいじょうぶですよ」と小さく声をかけた
「名前ちゃん、君は…」
「すごい!きずをなおせるの?」
炭十郎さんの言葉の後に間髪入れずそういう炭治郎くんに苦笑いをこぼして、そういえば『個性』の話はしてなかったことを思い出す
けれど、ここでは『個性』はないみたいだから、下手に伝えるとややこしくなりそうだな…
「……すこしまえから、きずをなおすちからをつかえるようになったの」
「そうか……名前ちゃん、その力は外では使わないように」
人攫いにあってしまう、と炭治郎くんに聞こえないようにわたしに伝えると、彼はわたしの頭をぽんぽんと撫でる
(そうか、貴重な力は、お金になるからか…)
その可能性は考えてなかったな、とごくりと唾を飲みこむ
「あなた、怖がらせちゃダメよ」
「あぁ…すまない、そんなつもりではなかったんだ」
「…はい、ありがとうございます。きをつけます」
わたしのためを思って言ってくれたことはわかる
ただ使うなだけ言われていれば、多分普通に使っていた
何故ダメなのかを教えてくれたおかげで、使用する環境に注意が必要なことがわかった
心からお礼を言えば、炭十郎さんは力なく笑う
「さて、疲れただろう。体を拭いたら手当をしてもらいなさい」
「じぶんのきずはなおせないのか?」
葵枝さんから暖かいタオルを受け取れば、炭治郎くんが純粋に問いかけてくる
「ありがとうございます。…うん、じぶんのきずは、なおせないの。たにんのきずだけ。あとしんだひとをいきかえらすのはできない。」
「……そうか」
それを聞いた炭治郎くんは、黙り込んで何かを考え込む
そしてよし、と呟くと、私の手をがしりと掴んだ
「じゃあなまえがきずつかないように、おれがまもる!」
「…たんじろうくん」
「なまえはおんなのこだからな、きずをつくっちゃだめだぞ!」
優しく頬に手を滑らせて傷の下をなぞる指に、頬が緩む
(ほんっとーに、優しいなぁ)
「じゃあたんじろうくんたちのきずは、わたしがぜんぶなおすね!」
そういって、2人で指切りげんまんをする
(また、約束がふえたなぁ)
今度こそ、破らないようにしなければ
そう心に、強く誓った
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