願わくば
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「お姉ちゃーん!お兄ちゃんがそろそろ町へ下りるよ〜って」
あれから、数年
禰豆子ちゃんはすっかりお姉さんになり、あの後竹雄くんが産まれたあとから3人も出産した葵枝さんは相変わらず綺麗なままだったけれど、病弱だった炭十郎さんは数年前に亡くなってしまった
わたしはと言うと、まだ元の世界には帰れておらず、お金を貯めて出ていくはずがそうも簡単にお金は貯まらず日々炭治郎くんと炭を売りに町へ下りるのであった
あの熊事件から後、炭治郎くんたちには内緒で猪など野生の生き物と対峙しながら山の中で過ごしたことで、体力や俊敏さがアップしたのはとてもありがたい誤算だったのでよかったとは思う
「名前〜」
「はぁい!すぐ行くー!」
炭を背負ってパタパタと外へ出れば、荷車を持つ炭治郎くんと、今日は花子ちゃんも一緒に行くのか、荷車ににこにこと嬉しそうに乗っていた
「ごめんね、お待たせしました」
「よし、じゃあ行くぞ」
ゴトゴトと荷車を引っ張る炭治郎くんの後ろを、花子ちゃんとお話しながら歩く
はじめは息を切らして歩いていたこの道も、毎日歩いていれば体が慣れ、今ではこれだけ話しながら歩いても問題ない
はしゃぎながら葵枝さんに着物を繕ってもらったことや茂くんと喧嘩したことを話す彼女に相槌をうち、時々炭治郎くんとも話をしていれば、あっという間に町へと着いた
「あら今日も花子ちゃんは元気ね〜」
「おばさま、こんにちは」
「名前ちゃんもどんどん美人さんになって〜今度うちの息子と遊んでやってね〜」
町へ下りてすぐに周りのおばさんたちに次々と話しかけられ、炭を売りながら笑顔で返す
その合間にも炭治郎くんは力仕事など頼まれたり、花子ちゃんは同じ年頃の子たちと遊んだりしている
「名前ちゃん、炭ください」
微笑ましくそれを眺めていれば、お米屋さんのところの息子さんがいつものように炭を買いに来てくれた
「三郎さん、こんにちは。いつもありがとうございます」
町へ下りる度に買いに来てくれる彼にへらりと笑って炭を渡せば、こちらこそありがとうと言いながら料金とお米を渡してくれる
町でも評判のこのハンサムさんは、実は禰豆子ちゃんのことが気になっているらしく、わたしが下りてくる度に禰豆子ちゃんのことをこそっと聞いてくるのである
「そ、その…禰豆子ちゃんは今日は何してるの?」
「ふふ、今日は葵枝さんのお手伝いと畑仕事をしてくれてるよ」
頬を染めてこそっと聞いてくる彼がかわいくて、笑いながら禰豆子ちゃんの様子を話す
まだ好きな人はいないよ、大丈夫だよ、と耳元で言うと顔を真っ赤にするものだからおかしくて声を出して笑えば焦ったようにわたし肩を掴む
「な、内緒にしてくれよ!」
「あら、ずっと内緒にしてるじゃない」
「もう!そうやってすぐ揶揄うだろ!」
拗ねたようにそう言う彼に笑いながら謝ると軽く肩を揺さぶられる
こうして歳の近い人とたくさん触れ合えるのも、何だか嬉しくてにこにこと笑う
「名前、そろそろ帰るぞ」
「はぁい。じゃあね、三郎くん。今度は禰豆子ちゃん連れてこようか?」
「…!もう!名前ちゃん!」
ちょっぴり怒る彼の手から逃れるように炭治郎くんの元へと走ると、何を話してたんだ?と聞かれる
「秘密〜」
「そうか…」
人の恋路をそうほいほい話せないからね
少し寂しそうに笑う炭治郎くんの指先をきゅっと握れば、彼はそのまま首を傾げた
「でも、1番わたしの秘密を知ってるのは炭治郎くんなんだからね」
頼りにしてるよ〜とへらりと笑えば、彼の周りにぱぁぁと花が咲いた
…わかりやすい
真っ直ぐで純粋な炭治郎くん
だけど竈門家以外の人と仲良くすると、少しヤキモチを焼くみたいで、先程のように悲しそうな寂しそうな顔をすることが儘ある
何も言わずにその綺麗な瞳で見つめられると、彼の頭に垂れた耳の幻覚が見えてその度に彼を甘やかしたくなってしまうのだ
苦笑いをこぼしながら荷車へ町人さんたちからいただいた野菜やらお米を乗せて帰る準備をすると、花子ちゃんを探す
(あ、いた)
「花子ちゃーん!そろそろ帰るよー!」
パタパタと走り回っていた花子ちゃんは、わたしの言葉にぴたりと足を止めると、はーい!と大きく手を振ってお友だちに声をかけてからこちらに走り寄ってくる
本当ならもうちょっと遊びたいだろうに、帰る時にごねたりしない彼女を見ていると聞き分けの良い兄妹だなぁ、と思うのだけど
(少し、心配なんだよなぁ…)
禰豆子ちゃんもだけれど、彼ら兄妹はあまりワガママを言わない
きっとそれは、女手一つで育ててくれる葵枝さんに対する彼らなりの気遣いと、根本的な性格でもあるのだろう
…できるだけ、甘やかしてあげたいなぁ
素直に戻ってきた花子ちゃんの頭をくしゃくしゃに撫でれば、きゃー!と楽しそうにはしゃぐ彼女に笑みが溢れる
なるべく、わたしが甘やかしてあげよう
ほとんど覚えてないとは言え、前世を合わせると彼らのお母さんみたいなものだ
(帰ったら呉服屋のおばさまに貰った端布でお人形をつくってあげよう)
そういえば禰豆子ちゃんが小さい時にも作ってあげたのだが、どこに行ったんだろうか
昔、禰豆子ちゃんのことが好きな子がいじわるで彼女のリボンをとったことが切っ掛けか、彼女は自分の物は人の目につかないようにしまってしまう癖ができてしまった
きっとあのお人形もどこかにしまっているのだろうな、と思い出すと少し笑ってしまった
1人でふふふと笑っていれば、ふと炭治郎くんとぱちりと目が合う
彼は真顔でじっとわたしの顔を見つめ、そしてわたしの頭と花子ちゃんの頭をぽんぽんと撫でる
「……炭治郎くん?」
「…いや、なんでもない。帰ろうか」
よくわからない行動をとる彼に首を傾げながら頷くと、行きと同じように荷車の後ろを歩いた
彼の背中をしばらく見つめていたけれど、言わないと決めた炭治郎くんは絶対言わないし考えても無駄かな、とため息を吐いて家路へついた
それから数日後
「よし、できたー!」
「きゃー!かわいい〜!」
着物の端布でちくちくとネコちゃんのお人形を作り終え、花子ちゃんに渡せば頬を真っ赤にしてそのお人形を抱きしめてくれた
くるくると回ったと思ったらおにーちゃーん!!と家中を走り回る彼女に笑みが溢れる
気に入ってくれてよかったなぁ
にこにこと笑いながら裁縫道具を片付けていれば、禰豆子ちゃんが櫛とリボンを持って部屋に入ってくる
「お姉ちゃん、髪の毛結んでくれる?」
少し恥ずかしそうに毎朝お願いしてくる禰豆子ちゃんが可愛くて更に笑みを深くしながらおいでおいでと手招く
ちょこん、とわたしの前に背を向けて座る禰豆子ちゃんの綺麗な髪を梳いて、編み込みをしながら髪をリボンで纏め上げていく
(禰豆子ちゃんも、大きくなったなぁ)
初めて会った時はまだ物心ついていなかった時だから、きっと彼女は覚えていないだろうけれど、わたしは天使に出会ったんじゃないかと感じるくらいに彼女の可愛さに感銘を受けたのでよく覚えている
わたしにとても懐いてくれた彼女は、小さい頃から毎日わたしに髪を纏めてもらいたがり、毎日わたしが作ったお人形を抱いて寝ていたなぁなんて過去に思いを馳せていれば、彼女がお姉ちゃん、とわたしを呼ぶ
「なぁに、禰豆子ちゃん」
「花子にもお人形作ってあげたのね、声が家中に響いてた」
くすくすと笑う彼女にふふ、と笑い返すと、そういえばと声を上げて懐に手を入れる禰豆子ちゃんに首を傾げる
「これ、覚えてる?」
胸元から取り出したのは、わたしが昔に作ってあげたうさぎちゃんのお人形だった
「うわぁ、懐かしいなぁ」
…というか………
えっ
今禰豆子ちゃんどこから出したの?
不躾にも彼女の胸元を凝視するが胸の膨らみの大きさは先程と変わっていない
「???」
禰豆子ちゃんの胸元には四次元ポケットでも隠されてるの??
頭にたくさん疑問符を浮かべてじっとそのまま見つめていれば、お人形を見ていると勘違いした彼女がぎゅ、とそれを抱きしめる
「今でもお気に入りでいつも一緒にいるのよ。きっと花子もそうするわ」
花が綻ぶような笑顔に心臓がずきゅん!と撃ち抜かれて思わず胸を押さえる
…ほんとうにかわいい
葵枝さんの遺伝子に尊みを感じていれば、お人形を抱きしめていた禰豆子ちゃんがすす、と擦り寄ってきて甘えるようにわたしの肩に頭を預けてきた
「お姉ちゃん、花子だけじゃなくてたまには私にも構ってね」
ぼそりと頬を染めながらそう言う姿に、もうわたしの心臓は蜂の巣だ
「〜〜!もちろん!禰豆子ちゃんだいすきだよー!!」
がばりと勢いよく彼女に抱きつけば、ころんと2人で畳に転がる
そしてお互いにくすくすと笑いながら手をぎゅっと握り合う
こうして彼女たちと日々過ごすごとに、胸が暖かくなる
元の世界に帰ることを諦めたわけではないけれど、ここにいる間は全力で彼女たちを守っていこう
願わくば、あなたたちの未来に幸多からんことを
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