幸せが崩れるとき
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「ひー、寒い」
ちゅんちゅんと小鳥が囀る音を聞きながら外に出れば、冷たい風が頬を撫でて寒さで鼻につーんと痛みが走る
白い息を吐きながら町へ下りる炭治郎くんの荷物の準備をしていれば、花子ちゃんと茂くんが連れて行ってほしいと騒ぐ声が聞こえて小さく笑みをこぼす
今日もみんな元気だなぁ
朝から大騒ぎしていた六太くんは、禰豆子ちゃんが外で寝かしつけている最中であり、竹雄くんは今から薪割りに行くらしい
「よいしょっ」
炭を沢山入れた籠を持ち上げると、玄関の方へ回り込んで頬の炭を葵枝さんに拭ってもらっている炭治郎くんのもとへとよたよたと歩いていく
「お待たせしました〜」
「あ、ありがとうな名前」
わたしを見てにこりと笑う炭治郎くんの腕へ籠の紐を通すのを手伝い、最後に自分がしていたマフラーを彼の首へと巻いた
「今日は一段と寒いし、雪が深いから気をつけてね」
「あぁ、気をつけるよ。名前も川に行く時は足を滑らせないように気をつけるんだぞ」
「大丈夫だよ〜」
「そう言って一昨日びしょびしょになって帰ってきたの知ってるんだからな」
「え」
あれは炭治郎くんが出掛けている時だったから知らないはず…何故知っているんだ…?
ばっと振り返れば、やばっと声をこぼす竹雄くんと目が合った瞬間に逸らされる
「…竹雄くん!言ったな!!」
「お、俺は悪くないぞ!名前がどんくさいからだろ!」
「そうだぞ、名前。冬の川で溺れたら大変なんだから注意するように」
両手を暖かい手でぎゅ、と握られて諌められ、思わず言葉に詰まる
…確かに、わたしがヘマしたのが悪いな
はぁ、とため息を吐き、眉尻を下げてごめん、気をつける。とぼそりと言うと、炭治郎くんはにっこりと笑ってわたしの手を離した
「それじゃあ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
そ、とわたしの頬を指でなぞると、そのまま雪の中を歩き出す彼の背中を暫く見つめて、みんなで見送る
「早く帰ってきてね〜!」
「気をつけてね〜!」
少し先で六太くんをあやす禰豆子ちゃんと話す炭治郎くんから視線を逸らすと、彼の手が離れて冷たくなった手に息を吹きかけて家の方へと向き直る
(…よし!炭作りと洗い物しなきゃ)
少しだけ温まった手で頬を叩いて気合を入れると、仕事へ戻るために家の裏へとゆっくりと向かった
「あ、そろそろ追加の木取りに行かなきゃ」
炭作りと洗い物を終えて一息ついて空を仰げば、水色から橙色に染まり始めていた
日が暮れると色んな意味で危ないからなぁ
冬はよく薪を使うから、竹雄くんが割ってくれたものじゃ足りないかもしれないな
倉庫へ行き薪の数を数えて近くにいた禰豆子ちゃんに木を少しだけ狩ってくることを伝えると、斧を持って森へと入る
「今日はほんとに寒いな〜」
早めに終わらせて帰らないと
日が落ちるのも早くなったし
いい木はないかなぁ、と周りを見渡してみれば、白い雪の中にぽつりと一輪だけ紅い華が咲いていて足を止める
(彼岸花……)
……あれから、何年経ったのだろうか
サクサクと雪を踏みしめながら彼岸花へと近づき、屈んでその紅をじっと見つめる
家族旅行へと出かけた先の山の彼岸花畑で、神隠しにあったわたし
この出会いに後悔なんてしていないけれど、あの人たちと別れたつもりもない
(どうやったら戻れるかなんてわからないけれど)
諦めたくは、ない
「………勝己くん」
必ず帰ると、約束した
「きっと、帰れるから、」
そっと彼岸花へと指先を触れる
「待ってて」
そっと呟いた、その時、
しゃん、
聞き覚えのある鈴の音が聞こえた
「っ!!!」
この音は……!
あの時に聴こえた鈴の音……!
ばっと勢いよく立ち上がり、周囲を見渡す
突然のことに彼岸花を摘み取ってしまい、そのまた手に握りしめる
(……なんだろう、あの時と、何か……ちがう……)
嫌な予感に胸がざわめき、冷たい風が吹いてわたしの頬を撫でる
(……なに………?)
静かな森を見渡して、気配と耳を澄ませる
「ゃ、ぁぁぁ……!!!」
「!!!!!」
ふと耳に届いた人の声に、誰のものかなんて疑問に思う間もなく駆け出す
ザザザザッ
絡んでくる蔓や枝を払いながら家の方へと近づけば近づくほど、つんとした鉄のような臭いが濃くなっていく
心臓がどくりどくりと忙しなく動き、ぶわっとたくさんの汗が頬をつたっていく
(いったい、なにが、おこって…っ)
いつの間にか日は落ちていて辺りは暗くなっているのに、家の明かりは灯っていない
そのことにぞわりと寒気が背筋を駆け抜けて、冷たかった手先が更に冷えていくのがわかった
「っ、は、……!み、んなっ……!!」
ガサガサガサッ
「っ……!!!ね、ずこ、ちゃん……?ろくたくん……?」
森を抜けて家に近づいて初めに目にしたものは、外で倒れている血塗れの禰豆子ちゃんと六太くんだった
ど、くり
一際大きく心臓が波打つ
手先が震えて、握りしめていた彼岸花が力なく地面へと落ちる
おぼつかない足取りで彼女たちの傍に寄り膝をつくと、そっと触れて鼓動を確かめる
(……!禰豆子ちゃん、は、生きてる……!)
小さな鼓動に目の前がぼやけるが、今はそれどころではない
まずは、治癒をかけないと…!
2人の手をとってありったけの力を込める
どんどん傷口が塞がっていき、禰豆子ちゃんの息が安定してきているのに少しばかりほっとするけれど、
(六太くんの、息が……)
胸に耳を当てるけれど、期待していた音は全く聞こえなくて、きつく眉を寄せる
(……!そうだ!他の子たちと葵枝さん……!)
禰豆子ちゃんと六太くんも気になったけれど、他の子たちも怪我をしているなら治さなければ
震える足に拳を押し付け、無理矢理動かすと、半開きになっていた家の扉を勢いよく開けた
ガタンッ
「……ぁ、……」
そこには、血塗れになった、変わり果てた姿の、
「き、えさ……はな、…」
うそだ、
うそだうそだうそだうそだ!!!
よろよろと彼らに近づき、1番近くにいた竹雄くんを抱き起こせば、胴体からずるりと下半身がずれて血濡れの床にびちゃりと浸かる
「ひっ……」
恐る恐る周りを見れば、葵枝さんや他の子も、あまりにも無惨に転がされていて、天井まで昇った血がぴちゃり、ぴちゃりと床に音を立てて跳ね上がっていた
「ぅっ、お、ぇ、っ……」
《それら》が何なのか、何だったものかを認識した瞬間、胃酸や内容物がせり上がってきて、竹雄くんから離れて床の隅へと吐いた
「う、ぇっ…げほっ……うっ……」
吐く苦しさと、受け止めきれない現実に、涙がぼろぼろと溢れてきて止まらない
「くっ……!!」
何が一体彼らに起こったのか、《何が》やってきたのか
わからないけれど、それでも、ここでずっと吐いているわけにはいかないことは、わかる
「ふ、ぅっ、くっ…」
吐き気と涙を無理矢理押さえつけて、袖で溢れた涙を拭うと、もう一度彼らと向き直る
泣くな、絶望するな…
そんなのは今するべきことじゃあないはずだ…!
(なお、さなきゃ……)
こんな姿のまま、いさせたく、ない……
よろよろと立ち上がり、ゆっくりと彼らのもとへと膝をつけると、一人一人に手を当ててありったけの力をこめる
(なおれ、なおれ……!!!)
切り離されてしまった胴体が、じわじわと光に照らされてくっついていく
こんなにたくさん力を使ったことがないからか、すごく体が重たい
頭もすごく痛いし、吐き気だってする
けれど、みんなを、治さなきゃ
順番に彼らの手を握り、傷を癒していく
わたしが作ってあげたお人形を抱いて、葵枝さんに守られるようにして事切れている花子ちゃんの前に膝をついて、歯を噛み締める
「は、なこちゃん……!」
冷たくなってしまった小さな手を握って、力をこめる
(なおれ、なおれ、)
パキリ、
「……!」
小さな、音だった
けれど、今のわたしにはとても大きな音に聴こえて、嫌な予感がしてすぐに振り向いて構える
ダンっ
が、気がついたら床に敷き倒されていた
「ぐ、」
強く打ち付けた背中に顔を顰めて小さく声を漏らせば、お腹に膝を突き立てられ、両手を頭の上に縛り上げられた
そいつは、背後の月明かりで姿は見えなかったけれど、体系的に男のようだ
(……こいつが、やったのか……!!)
暗闇の中で鈍く光る紅い瞳を、鋭く睨み返す
「……お前は…ふむ、」
その男はす、とわたしの首元に鼻を擦り寄せて、すんすんと匂いを嗅ぐ
「っ……!」
「……なるほど、これは面白い」
わたしの手を縛っていない方の手で、目元をす、と撫でられて気持ちの悪さに目を細める
「あな、たが、やったの……」
彼らを、こんな、姿に
「そうだが。だから、なんだ?」
「っ……!」
悪びれもなく当たり前のように放たれたその言葉に、怒りで頭にかっと血が上り『個性』を発動させる
「……!これは…力を、吸い取っているのか…!」
面白い、
そう呟くと、男はわたしの着物の胸元を、長く鋭い爪で乱暴に裂いた
それにピクリとも反応を返さず、男の力を吸いつくしてやる勢いで力を発動させ続ける
「…ふん、動じぬか。まぁいい。」
そのまま、わたしの胸元に、ぷつりと爪先を沈めさせると、何かを彫るように肌を裂いていく
突然の痛みに脂汗が頬をつたうが、声を上げたくなくて、必死で唇を噛む
「いずれ、貴様は私のものになる」
「ぅっ、」
「そうだな、時が経てば、迎えに来よう」
うっとりとした声に乗せて、意味のわからないことをのたまう男の言葉には答えず、唇を噛んだまま睨みつける
「あぁ、もったいない」
唇の端が切れたのか、血の流れる感触がしたかと思えば、口端をぺろりと男が舐める
「……!!」
「こっちも綺麗にしておいてやろう」
ぺちゃり、ぺちゃり、と切られて血の流れる胸元を舐められ、痛みと気持ち悪さに顔を歪めて身を捩る
「ん、はぁ…これは、甘美だ…」
男の紅い瞳が細められ、舌なめずりをしたかと思えばぐっと顔を近づけられる
鼻が触れ合うほど近づいたその顔は、端正だけれど不気味で、吐き気を催す何かがあった
「瞳の色も私に似ている…いい、実にいい」
力を発動させているからか、瞳が緋くなっているのだろう
だからと言ってこの人殺しの男と同列にされたんじゃたまったもんじゃない
「あなたと、いっしょに、しないで」
喉から絞り出すように出した声は、思ったよりもはっきりと出すことができた
男は漸く声を出したわたしの頬を指で撫でると、気味悪くニヤリと笑う
「俺の名前は、鬼舞辻無惨だ。覚えておくといい。
…あぁ、夜明けが近い。今貴様を連れ帰ることはできないが…また、いずれ迎えをやろう」
それまでお利口にして待っていろ
そう耳元で囁かれ、さっとわたしから離れると瞬きの間にその姿は消えていて、呆然と男がいた場所を見つめる
そのまま数秒固まっていたが、ハッとして拳を痛いくらいに握りしめた
「…………鬼舞辻、無惨っ、誰が、あんな男の、ところなんかに…っ!!」
吐き捨てるようにそう呟くと、握りしめた拳が震えていることに憤りを感じて唇を噛む
何も、できなかった…!
恐怖してしまった…!
あの不気味な化け物は、敵なんかよりも、もっと恐ろしい存在だ
対峙している間、ずっと首元にナイフを突きつけられているような、心臓を鷲掴まれているような感覚に、体が震えて指先さえ動かせなかった
わたしは、奴に《生かされた》のだ
「くっ……!」
悔しさと情けなさに拳を床に叩きつけ、よろりと起き上がる
ぽろぽろと溢れて止まらない涙を拭うことなく、振り返って葵枝さんたちを見た
「ごめ、んなさ…っごめんなさい……!!」
結局、守れなかった
わたしが、弱かったばかりに、何も、
「っ……」
ゆっくりと彼らに近づいて、なるべく綺麗になるように着物の袖で顔についた血を拭っていく
わたしの涙が彼らの頬につたい落ち、小さな傷を治癒していくけれど、その体に、温もりが戻ることは…ない
あぁ……なんて弱いんだろう、わたしは
茂くんをぎゅっと抱きしめて、そっと床に横たえる
彼らを丁寧に綺麗に床に並べると、外にいる六太くんと禰豆子ちゃんのもとへ行こうと玄関の扉を開けた
その瞬間、再び嫌な予感が胸を突く
「これは…あの男に、似ている気配……」
歯をぐっと食いしばり、裁縫箱の中の鋏を掴むと着物の袖と裾を切る
これで、動きやすくなった
吐く息は白いけれど、不思議と寒さは感じない
何かの気配はだんだんとこちらへ近づいてきているようで眉を顰め森へと視線を向けた
そして、そこからガサガサと音を立てて現れた《何か》を睨みつけて構えをとる
「なんだぁ〜?いい臭いにつられてやって来てみれば、いっぱい食糧があるじゃねぇか」
下卑た笑いを立てて森から出てきたのは、頭に角を生やした化け物だった
(……人喰い、鬼)
なるほど、葵枝さんや炭十郎さんが言っていたのはおとぎ話でも言い伝えでもなく、本当のことだったのか
(つまり、さっきのあの男も、人喰い鬼か)
鋏を懐にしまい、玄関に立てかけられていた斧を掴み、鬼を睨みつける
これ以上、この場所を穢させは、しない
今更守るとか言うなって話だけれど、わたしがここで奴を倒さなければ、きっと彼らはぐちゃぐちゃに食い荒らされてしまう
(なんとしても、倒す……!!!)
人喰い鬼の倒し方なんて分からないけれど、やるしかない
「ぜっったいに、まけない!」
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