守りたい想い











「ひひひひっいつまで逃げるつもりだぁ〜?」




森の中を駆け抜けて、人喰い鬼の攻撃を避けながらなるべく家から離れるように誘導する




(うまく誘導できてよかった……!)



あのままあそこにいたら、帰ってきた炭治郎くんを巻き込んでしまうかもしれない
なので鬼を倒すのにもあの場から離れる必要があった


舌なめずりしてわたしの背後を見る鬼に「やーい醜いばけものー!短足ー!短い角ー!ばーかばーか!」と煽るだけ煽ればコロス!!!と叫んで追いかけてきたので作戦通りである

お前なんかに彼女たちを喰わせてたまるか


単調な攻撃を避けながら時々斧で鬼の指を切り落とすが、すぐに新しい指が生えてきたので奴らはただの攻撃じゃ死なないことを知る
ならば、どうやって倒すか


さっきありったけ紅い瞳の男から力を吸い上げたからか、体力には問題が無さそうだ
むしろいつもより調子いい。気に食わないけど


(人喰い鬼相手にどこまでできるか……でも、負けられない…!!)


山育ち舐めるなよー!
と雪に足をとられる鬼の爪を躱して再び斧で指を弾く



「くっ…ちょこまかとぉ…!!」



憎々しげにそう呟くと、鬼がその辺りに落ちていた石をこちらへ投げてくる


「う、わっ」


顔の横を通るそれをすんでのところで避けて、更に当てられないようにジグザグに森の中を駆ける


(あぶなっ)


危うい回避に引き攣る口元を手でほぐしながら周りを見渡して逃げ道を頭の中で展開する


確か、この道は…


見覚えのある場所に内心ニヤリとほくそ笑みながら、少しずつ白じんできた空を確認して夜明けまでの時間を計算する


(いつも起きる時くらいの空模様だ。と、いうことは、夜明けまであと少し…!)




夜明けを待つ理由


それはいちかばちかの賭けではあるけれど、鬼舞辻無惨が言っていた「夜明けが近い」から急がなければならない、という意味を紐解くに、奴らの弱点は陽の光ではないかと推測する
要するに吸血鬼戦法だ

だから、夜明けまでにあの場所に鬼を誘導できたら、わたしの勝ち
できなくても、もうひとつの策はある

とりあえず最高にハイッてやつになってない今の状況で倒すのがきっとベスト

じわりと汗が額に浮かび、少し走るスピードが落ちてきているのを感じながらこのあとの経路を予想しながら進んでいく



(あの時の道なら、この先はきっとあそこのはず…!)



わたしにとっての、勝負の場所

























ガサリッ


草をかき分けて出た先は、見覚えのある開けた場所
そして、その先には崖


(相手はクマじゃなくて鬼、うまくいくかな…)



くるりと崖に背を向けて構えをとるのと同時に森から鬼が飛び出してくる



「鬼ごっこは終わりだなぁ〜鬼狩りでもない人間がよくここまでもったもんだ」


下卑た笑いを浮かべながらじわりじわりと近づいてくる鬼をじっと見つめて一挙手一投足に気を配る
1秒でもタイミングを逃せば、わたしの命はない

冷や汗が頬をつたい、上がった息を落ち着かせるために深く、深く息を吸う

そして、ぐ、と息を止めた


「いっただきまーす!!」



飛びかかってくる鬼を直前まで待ち、爪先が頬を掠めると同時に屈んで鬼の背後に回り、その背を思い切り蹴りつけた



「ぐっ、なにっ…!?」


空中で振り返る鬼の目を懐に潜ませていた裁縫鋏で切りつける


「ぎゃああああっ」



切りつけた際に水が弾けたような音がしたが、気にすることなく飛び散る血を顔を顰めながら避けると、そのまま目を押さえて崖下へと落ちていく鬼を見つめる
鋏と斧に付いた鬼の血を空気を切って払うと、崖下へと目を向けた



(知能レベルがクマと一緒で助かった)



けど、油断はできない
なんせ鬼は脅威の再生能力を持っている

崖下で潰れた鬼は、しばらくするとゆっくりと起き上がり崖の岩へと手をつける


(あ、これはやばい)


ボルダリングしてくる気だ


何か怒ったように叫びながら崖をよじ登ってくる鬼に頬を引き攣らせてどうするか思案する


(さすがに同じ手は通じない、よね)



斧と鋏に目をやると、瞼を閉じてもう一度ゆっくりと深く息を吸う
そして耳を澄ませて鬼がどこまで近づいてきているかを確認しながら鋏を懐にしまって斧を両手で構える



(……くる!!!)



パッと目を開けて鬼がジャンプをして登り切ったのを確認すると、そのまま勢いよくその首へ斧を振り払った



「ぐぇっ!!」



(まだだ……!)



力が足りないからか、首は半分繋がっている
血飛沫が上がるのを構うことなく斧を引き戻すと、もう1度半分繋がっていた首へ斧を振り払う



「ぐあぁあぁ……!!」



ぼとり、


首が落ちる



「くそ…!小娘などに……!くそ……!!」



(首だけになっても喋れるのか……!)


どこに声帯あるんだ、なんて考えながらもよろける鬼の体の足を払い、もう一度崖下へと突き落とした



「ぐっオレのからだあああああ……!ぐ、ぇっ」



そして懐から鋏を取り出すと、首だけの鬼の頭を突き刺して地面へと縫い止める



「ぐ、ああああああ…っ!!!」



そこまでしてやっと、息を吐いて額の汗を拭った



「なんだ、なんなんだ、テメェは……!!」



顔を引き攣らせて恐怖の滲む瞳が、わたしを映す



「…さぁ、なんなんだろうね」



その瞳に映るわたしは、今にも泣きそうな情けない顔をしていて、思わず顔を逸らした

そして見上げた先の地平線が、キラリと輝く
徐々に顔を出し始めた太陽の眩しさに目を細めると、くるりと振り返って鬼の顔を見下ろす



「さて、さよならの時間だよ」


そう言いながら陽射しが当たるように体をずらせば、鬼の顔から血の気が引いていく


「くそっ!やめろ!やめろおおおお!!!」


じりじりと太陽の陽射しに焼けて煙を上げていく鬼の顔を静かに眺めていれば、視界が滲んでぽろりと涙が目尻からこぼれ落ちる


(ごめん、なさい)


命を奪うことは、本当はしたくないけれど
生きたいなら、容赦をしてはいけない


(わたしにはまだ、やらなければならないことが、あるから…)


塵となって消えていく姿を最期まで見届けると、そっとその場で手を合わせた



「さようなら」



そう呟いた、その瞬間、


「っ……!」


背後から気配を感じて勢いよく振り返れば、崖下に落ちた鬼の体が陽に焼かれながらも目の前に現れ、その爪がわたしの心臓へと向く



「しまっ…!」



1歩足を引いて体を仰け反らせるが、避けるには間合いが足りない

ぐっと歯を食いしばって腕で庇おうとするが間に合わず、その爪が心臓を貫こうとした、が


パァンッ


胸のあたりが赤い光を灯したと思えば、その爪を弾いた


「!!!」


驚愕しながら鬼の手を見ると、ブクブクと腫れ上がったと思えば腐蝕しだしてぼとりと地面に腕が落ちた

鬼の体も驚いたように体をビクつかせていて、呆然としてそれを見ていれば、ふと、目の前に影が差した


ザシュッ


黒髪を結った、半々羽織の、背中


「……!」



彼は太陽の光を反射して眩く輝くその刀で、鬼の体を真っ二つに裂いた

叫び声を上げられない体は、悶え苦しむようにのたうち回ると、顔と同じように太陽に焼かれ塵となって消えていく



「…………」

「…………」



突然の出来事に頭の理解が追いつかない

じっとその半々羽織を見つめていれば、彼は刀を鞘に戻して振り返ってわたしを真顔で見つめる
それを無言でわたしも見つめ返していれば、彼はわたしへと近づき、痛いくらいに強く斧を握りしめていたわたしの手をそっと握って離させる


カタン、


音を立てて斧が落ち、少し冷たいその手がわたしの手から離れていく




「もう、大丈夫だ」



静かで、落ち着くような声だった


彼が誰なのかわからないけれど、その言葉がじんわりと胸に染み渡っていくのがわかる


(そっか、もう、大丈夫なんだ……)



ほ、と息を吐くと体から力が抜けて座り込みそうになるのを、彼がわたしの体を支えて抱きとめてくれる
その袖を震える手で握って、彼にしがみつきながら、ぽろぽろと涙を零した



「ありが、とう、ございます…」



溢れて止まらない涙を拭いながらお礼を言えば、少し休めと呟いて抱き上げられる
少し低めの体温だけれど確かにそこにある温もりに安堵し、そのまま彼に身を任せ、瞼を閉じる


そして、心地よい揺れを感じながら、意識は遠のいていった














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