胸の印
▼▲▼
ぱちり。
目を覚ませば、古いけれど綺麗な木目の天井が目に入った
視線だけで周りを見渡せば、特に変わった様子のない和室で、どうやら自分は布団に横になっているようだった
状況を分析しながらゆっくりと布団から身を起こすと、肌蹴た着物の胸元を直そうとして胸元に貼られたガーゼに眉を寄せる
(……人喰い、鬼)
段々と甦ってくる記憶に、手が震えてきて拳を握る
「……葵枝さん…花子ちゃん、竹雄くん、茂くん、六太くん、禰豆子ちゃん……」
ぽたり、ぽたりと握った拳に涙がいくつも流れ落ちて布団に染みを作り、消えていく
助けられなかったみんなのことを思い出して、唇を噛んで嗚咽を飲み込んだ
(ごめん、なさい……弱くて、ごめんなさい……!)
体を丸め、声を押し殺して泣き崩れる
(わたし、強くなる、から……)
そして、絶対に、あの男を倒す……!!!
散々泣いて、決意を新たにすると、少しだけ心がスッキリとした気がした
ふぅ、と息を吐いて改めて部屋を見渡すと枕元には見たことの無い着物が置いてあり、そっとそれを手に取る
(起きたら着替えろ、ってことかな…)
もしかしたら助けてくれたあの人が置いたのかもしれない
わたしの着物は、もう着れるようなものじゃなくなってたはずだから
袖や裾を鋏で切り落として汗と血で汚れた着物を思い出して、あの姿を見られたのかと思うと少し恥ずかしさに頬が熱くなる
(…かっこいい人だったな)
起き上がって着替えるために帯をするりと外して畳へと落とす
肩から着物をずらせば、引っかかったガーゼがはらりと落ちて「あ」と声を漏らす
せっかく手当てしてもらったのに、申し訳ない…
でも落ちたガーゼをもう一度つけるわけにもいかず、傷口に目を向けて、ピタリと固まる
「…なに、これ……」
鬼舞辻無惨につけられた傷は、漢字で《鬼》と書かれていた
(え、なに、どういうこと……?趣味悪っ…というか何で鬼?)
何か彫られてるなぁとは思ったけど、まさか自分を体現する《鬼》って……
なんかわたしのことを鬼と言われてるみたいで、とても嫌だ
顔を顰めてその傷跡を指でなぞれば、ちくりと痛みが走る
「…治るかな、これ……」
自分の傷は治せないのはわかっているけれど、こんな傷残したくない
力を発動させてみるけれど治る様子は一切なくて、大きくため息を吐いた
そうして1人で落ち込んでいれば、誰かの足音が聞こえてぱっと顔を上げる
「入るぞ」
その声と同時に開けられた襖の先にいたのは、わたしを助けてくれた半々羽織の男の人だった
「…………」
「…………」
「…!お前、その傷…!」
暫くお互い無言で見つめあっていたが、彼はわたしの胸元の傷に気づくと大股で近づいて来る
そして畳に放り投げられていたわたしの脱いだ帯を踏むと、ずるりと足を滑らせて体勢を崩す
「え、」
そのまま傾いた体を受け止め切れず、バタンっと大きな音を立てて背後へ倒れ込んだ
「い、いた、い……」
せめて倒れ込んだ先が布団でよかった
畳だったらもっと痛かったはずだ
打ち付けた後頭部を摩って痛みで閉じていた目を開ければ、目と鼻の先に端正な顔があって目を瞬かせる
ハッとして着崩れた着物を整えて前を隠すと、そこで我に返った彼がわたしの胸元の合わせをばっと開けた
「えっ」
「……この傷、誰にやられた」
戸惑うわたしに構うことなくそう問いかけられる
「……鬼舞辻、無惨…あの男は、そう名乗ってました」
「!!!!」
カッと目を見開くと、その傷口にぐっと力を入れられて痛みに顔を歪める
「あの男と、接触したのか…」
静かな怒りを纏ってわたしの胸元の傷を睨みつける男は、わたしが痛がっていることに気づいていない
更にこの押し倒されているような状況や、傷口を掴むことでわたしのささやかな胸を鷲掴んでいることにも気づいていないのだろう
…気づかないくらい無いわけでは、ないと信じたい
助けてもらった身だから蹴り倒すことはできないけれど、そろそろやめてほしい
「あ、の…」
「なんだ」
「その、痛い、です…あと退いてくれると助かります」
きちんと座って話しませんか?
そう言えば彼はハッとして改めてわたしの姿を目に捉え、固まったかと思えばそっと胸から手を離してくれて、ぎこちない動きでわたしの上から退くと「隣の部屋で待っている」と言って部屋から出ていった
「……本当に、何なの…」
「失礼します」
「んんっ…入れ。…先程は失礼した」
「いえ…」
咳払いをして正座をして待っていた半々羽織の君に苦笑いをこぼしてそっと前に用意された座布団へ腰を下ろす
少し気まずい空気になるけれど、これから彼に話す内容を思えばしっかりしなければ、と居住まいを正す
「改めて、助けていただいてありがとうございました。わたしは名字名前と申します」
三つ指ついてゆっくりと頭を下げ、顔を上げていいと言われて顔を上げると彼の端正な顔を見つめる
すると先程のことを思い出したのか、ぽっ少しだけ血色が良くなる頬を誤魔化すためか、うるさいくらいに咳払いをし始めた
「んん゛っんー!…俺は鬼殺隊の冨岡義勇という。状況を詳しく説明してもらおうか」
「(…鬼殺隊?)はい」
気になる単語はあったけれど、いちいち聞いていたら話が進まないか…と事の顛末を彼に話す
『個性』のことは伏せて、竈門家を襲った鬼舞辻無惨のこと、胸元にダサい傷をつけられたこと、その後また違う鬼と出会って森の中に誘い込んで戦いになったことを順を追って話していけば、彼は少し顔を歪めてはぁ、とため息を吐いた
「そうか……だが、娘が1人で鬼と戦うのは無謀すぎる」
「……あの、その刀は、普通の刀と違うんですか?」
わたしが斧で何回も鬼を切っても再生したけれど、彼が切ったあとは完全に消滅した
タイミング的に太陽の力があったとしても、それでも別の力が働いてるように見えた
「あの、よろしければ、鬼のことやその刀のこと、そして鬼殺隊のこと教えていただけませんか?」
今後、あの鬼舞辻無惨を倒すのであれば知っておくべきことだろうと思う
真剣な表情でそう問いかけるわたしに、冨岡さんは小さく頷くと簡潔だけれど丁寧に鬼殺隊や刀のこと、鬼のことを教えてくれた
「…じゃあわたしが対峙したあの鬼は、血鬼術を使えない下っ端の鬼だった……」
それであれだけ苦戦したというのに、それ以上の鬼となれば太刀打ちできるだろうか……
顎に手を当てて考え込むわたしに、冨岡さんはため息を吐くとわたしの頭をぽんぽんと撫でる
「名前」
「、はい」
「俺とともに来い」
「!!」
え
突然の言葉に、ぴしりと固まる
「あの兄妹には鱗滝さんを紹介したが、鬼舞辻無惨のこともある。産屋敷預かりになると思うが一度お館様に話を通してみよう」
兄妹???鱗滝さん???産屋敷???
まって、情報過多すぎて頭がついていかない
そこに行けば鬼殺隊に入れるの??お館様とは??
いや待てよ、その鬼を倒せる刀があれば、鬼舞辻無惨を倒せるんじゃ……
ふむ、と考えてひとつ頷くと、ぱっと顔を上げて真っ直ぐと冨岡さんを見上げる
「冨岡さん」
「?」
「是非、よろしくお願いします」
わからないことだらけだけど、強くなるためならなんだってやる
わからないことは追追聞けばいいや
深く頭を下げれば、彼はわかったとすんなりと頷く
「あ、でもその産屋敷?というところに行く前に、家に寄りたいのですが……」
まだ、彼らを弔っていないし、炭治郎くんや禰豆子ちゃんがどうなったか気になる
そう言えば、冨岡さんはそれなら大丈夫だ、と返す
「お前が話すその少年は家族を弔ったあと、鬼となった妹と共に鱗滝さんのもとへ向かった」
「……おにと、なったいもうと…?」
またもや爆弾発言である
(は?鬼になった?え??)
どういうこと?
混乱して頭を抱えるわたしに状況を知らないと悟ったのか、冨岡さんは炭治郎くんと会った時の状況と禰豆子ちゃんが鬼舞辻無惨に鬼に変えられたが人を襲わず炭治郎くんを守ろうとしたこと、そして冨岡さんの師のもとへ向かうように伝えたことを話してくれた
(鬼になっても優しいのは変わらないのね、禰豆子ちゃん…)
わたしに襲いかかってきた鬼を思い出し、ああならなくてほっとするが、元を正せば鬼にした奴が悪いのであって禰豆子ちゃんは何も悪くない
「鬼舞辻、無惨……」
みんなを殺すだけじゃあき足りず、禰豆子ちゃんを鬼にするなんて
「……ぜったいに、ゆるさない…」
憎しみを込めて拳を握り閉めれば、胸元の傷口がじくりと痛み、あの時のように小さく赤い光が灯る
「!」
「っ…!」
傷口が焼けるように熱く、心臓まで溶けてしまいそうだ
畳に手をついて突然の痛みに蹲れば、冨岡さんがわたしの肩を支えて傷口を見つめる
「一体、どうなっているんだ…」
「ぐっ、ぅ……!」
耐えるように唇を噛み締めれば、彼は大きな手でわたしの背中を摩ってくれた
その手に意識を集中して痛みを紛らわせていれば、幾分か冷静さを取り戻して、胸元の光が弱くなってくるのがわかった
「…光が、」
しばらくするとその赤い光は徐々におさまっていき、痛みもゆっくりと引いていく
「っはぁ、はぁ……すぅー…は、ぁー」
荒くなった息を整えるために深呼吸をして、そっと傷口に触れれば、触れたところがチクリと痛むけれど先程の強烈な痛みはない
「……なるべく早く、診てもらったほうがよさそうだな」
「……はい」
この傷は、一体どういう意味を持つものなんだろうか…
不安げに眉を寄せるわたしに、冨岡さんは黙ってわたしの頭を軽く叩くと、何も言うことなく立ち上がる
「準備が出来次第出発する」
ぎこちない彼の優しさに、小さく笑って頷いた
「はい!よろしくお願いします!」
.
▲▼▲
- 20 -