わたしの弱さ










あれから、産屋敷というところを目指して山を超え谷を超え、喋る烏にも漸く慣れてきた頃










「人に化ける鬼、ですか?」


藤の花の家紋の家にて
冨岡さんと向かい合いお茶を啜っていれば、彼がこの町で請け負った任務について話し始めた


「あぁ。死んだ恋人が戻ってきたと話す青年が行方不明となり、母が呼んでいると言って帰った娘そのあと母探し回っていたという案件から、人に化けられる鬼ではないかとのことだ」


その人の大切な人に化けて誘い出したところを襲うなんて、なんて酷いことをする鬼なんだろう…
変身能力があるということは、血鬼術を扱える鬼ということ
気を引き締めてかからねばならない


きゅ、と眉を寄せて拳を握れば、冨岡さんが「名前」とわたしの名前を呼ぶ


「はい」

「お前はここで待機だ」

「……え!!!」



思わぬ展開に声をあげれば、冨岡さんがため息を吐く


「お前はまだ刀さえ持たない一般人だ。自分の力を見誤るなよ」


その言葉はわたしの胸にグサリと突き刺さり、自分の力を過信していたことを思い知らされた


(そうだ…あの鬼を倒せたのだって、わたしが強かったからじゃない)


たまたま、運が良かっただけだ

大切な人たちを守れなかったのも、わたしが弱かったからだと悔いたはずなのに


(はずかしい、)


彼の隣で一緒に戦えると、少しでも思ってしまったことが

思い上がっていたことを反省し、ひとつ息を吐くと顔を上げる



「……わかりました。お気をつけて」

「…あぁ」



















冨岡さんをこの家で待つ間、外出は禁じられなかったがなるべく外には出ないように心掛けた
わたしのせいで何かあってからじゃ遅い
今まで冨岡さんには『個性』のことは伏せていたけれど、もし怪我をして帰ってくるようなら惜しみなく使うようにしようと決意する



「……よし、今日も何かお手伝いさせてもらおう」


藤の花の家紋のある家の家人は、鬼に狙われたところを鬼殺隊に助けられた過去を持ち、鬼殺隊の誰もに無償で尽くす事を約束してくれている
と、そう聞いたけれど、鬼殺隊でもないわたしまで御厄介になるわけにはいかない
なのでここに来た日から家事などのお手伝いを一緒にさせてもらっていた

宛てがわれた部屋から出て、この家に住まうおばあさんのもとへと向かう
その道すがら庭に植えてある立派な木や池をぼーっと眺めていれば、曲がり角で突然目の前に影がさす


「む?」

「う、わっ」


ぬっと現れたのは大きな男の人で、ぶつかりそうになるのを身を捻って躱そうとすれば、転びそうだと思われたのか腕を掴まれて引き寄せられてしまった


「わ、ぁ…!」


更に腰を引き寄せられて体が倒れないように固定され、まるでダンスを踊っているかのようなポーズになってしまった
突然のことにびっくりして固まっていれば、彼はわたしの顔を覗き込んでくる
キラキラと太陽の光に反射した金髪が頬を擽り、炎のような瞳と目が合い、それがあまりにも力強く綺麗で、目が離せなかった


「君、大丈夫か?」

「…っ、は、い」


声をかけられたところでハッと我に返り、慌てて返事を返す
あまりにも近い距離にドキマギとしながら体勢を整えようとすれば、そっと手が離れていってほっとする
少し後ろに下がって改めて男の人と向き合うと、ぺこぺこと頭を下げた


「前を見ていなくてすみません!ありがとうございました!」

「うむ、ここの庭は綺麗だからな。目を取られるのも頷ける。が、余所見をしていては危ないからな、今度から気をつけるといい」

「はい!」


へらりと笑って頷けば、わたしの髪をくしゃくしゃと撫でて、そのまま去っていく彼の大きな背中をじっと見えなくなるまで見送ると、ひとつ息を吐いて目的地へと向かった

















その後、無事家人のおばあちゃんの元へ辿り着き仕事をいただいたわたしは、せっせと客人や冨岡さんの洗濯物をしたりご飯の準備をしたりと忙しなく動く
合間におばあちゃんとお茶をしたり、こっそりと素振りをしたりしながら過ごしていれば、段々と日が落ちてきて空がうっすらと淡い橙へと変わっていた

頬を流れる汗を手の甲で拭って空にかざせば、雲の隙間からちらりと顔を出した夕日がわたしを照らす



「……もうすぐ、逢魔ヶ刻だ」






「名前ちゃん〜」


ふいに、背後からおばあちゃんに声をかけられてピクリと指先が震える
さっと振り返れば、彼女が手をこまねいてわたしを呼んでいた


「はい、なんでしょう?」


小走りでおばあちゃんの元へ駆けていけば、微笑みながら桃色のハンカチで汗を拭ってくれた


「こんな時間に悪いんだけど、お醤油を買ってきてくれないかい?落としてお醤油全部ダメにしてしまって…」

「え!大丈夫ですか?お着物汚れませんでした?何ならお掃除してから行ってきます!」

「大丈夫よ。日が暮れる前に行ってもらいたいから、よろしくね」


心配そうに申し訳なさそうに目を細めてそう言うおばあちゃんに、お茶を飲みながら彼女の境遇を聞いた時のことが頭に過ぎる

桃色のハンカチをそっと撫でて、目の前で娘を鬼に喰われたことを話した彼女は、寂しそうに笑ってわたしに『幸せにおなりなさい』と言った


「……わかりました、行ってきます」


少しでも心配かけないようにしなければ

しっかりと頷いて、手に持たせてくれた小銭をぎゅっと握ると、早足で門を出た















「え、と……確か十字路を右に曲がってすぐ……あった!」


調味料などを取り扱っている小売店へたどり着くと、すぐに醤油を買って帰路へと着く


(お店が近くてよかった………冨岡さんは、もう帰ってるかな…)


今日の晩御飯は鮭大根があるって言ってたから喜ぶだろうなぁ

無表情だけれど、いい事があったり好物を前にすると少し空気が柔らかくなるのだ
一緒にいて、少しだけ彼の機敏がわかるようになってきたことは、少し嬉しかったりする


冨岡さんのことを考えながら袋を抱えて歩いていれば、ふと、何かに見られているような気配を感じた
何となく嫌な予感がしてぴたりと足を止めるけれど、ふぅ、と小さく息を吐いてまた歩を進める


(…なんとなくだけど、振り向いたらダメな気がする)


空は橙と紺が混じりあっていて、時刻は逢魔ヶ刻
境界を覗いてはいけない


「……」


じり、


近くに、何か…いる



「なまえ」


「……!!!」




この、声は……


いや、そんなはずあるわけない…



「おい、なまえ!むしすんな!」


「か……つ、きくん…?」



やっぱり、勝己くんの声だ…

あまりに懐かしい声に、胸がきゅ、と苦しくなる


けれど、振り向くことはできなかった


だって、アレは……勝己くんではない



(人に化ける、鬼……)



どう考えても、選ぶ相手を間違えたよなぁ


いつの間にか止まっていた足を動かし、もう少しで着くはずの藤の家紋の家へと急ぐ

すると、勝己くんの声は焦ったようにおい!と声を荒らげるが知ったこっちゃない
だってどう考えても、勝己くんではない


(鬼がどうやって相手の知り合いに化けるのかは謎だけれど、勝己くんを選んだあたり過去を視ているわけではなさそう…)


どちらかと言うと幻のようなもので、相手の望む姿を魅せているのだろうと考える


「……なんっ……なんでや…!なんで俺の血鬼術が効かへんねん…!!」


まさかの関西弁鬼ーーー!!!

あまりの衝撃に振り向きそうになるのをぐっと堪えて足を早めるけれど、目の前に見えているのに一向に着かないのはこれもまた幻覚なのだろうか
だとしたら、とてつもなくヤバい



「もうええわ!それなら直接手を下すまでや!!」

「っ…!」



迫りくる気配に思わず身を屈めれば、毛先が鬼に切られてはらりと地面へ落ちる
それを気にする間もなくでんぐり返りをしてその場を離れると、さっきまでいた場所に鬼の爪が突き刺さる



「っ、えらい勘のええ嬢ちゃんやなぁ!」

「わっ、と!」


寸でのところで鬼の攻撃を躱して逃げ回るが、いつまでもつだろうか
藤の家紋の家の近くなので冨岡さんさえ気づいてくれれば…!

額から汗がつたうがそれを拭うことなく持っていた醤油の袋を開けて瓶をとると、鬼の顔へ向けてブチ撒ける


「ぶへぇっ目がああああ目がああああ!!!」


あ、このフレーズ聞いたことあるや

なんて思いながら全力で走れば、少しだけ家へと近づいた

が、鬼の目が回復すると同時にまた届かなくなる


(なるほど、自分の目に見えた物に幻覚を魅せるというわけね)


それなら、何とか目を狙い続けるしかないかな


懐に手を伸ばしていつかの裁縫鋏を手に取ると、深く、深く、深呼吸をする

鬼と対面して向かい合い、相手の動きを観察し、ピクリと手が動いた瞬間に目を逸らさないまま狙いを定めた


「っ、よいしょーーー!!!!」

「グアアアッッ」


目に一文字に線が走り、鬼の目を潰す


「くっ…くそ!くそ!!なんでや!!鬼殺隊でもないのに……!!」


鬼は悔しそうに喚くと、ザッと姿を勝己くんに変えた


「!!」

「けど、これならどうやあああ!!」


躊躇った一瞬の隙を突いて、鬼の爪が咄嗟に出したわたしの腕を抉る


「〜〜っ」


痛みで声が出そうになるのを歯を食いしばって止めると、鋏の刃を開いて鬼の目を抉る


「うぐっ…!!いたああああああああぁぁぁ!!!」

「やられたら、やり返す主義でね」

「お前っ鬼か!!俺は今お前の大切な奴の姿なんやぞ!!!」


鬼に鬼って言われた…

若干ショックを受けながらも、目を押さえる勝己くんの姿をした鬼を鼻で笑う


「だって、幻覚でしょう?体を乗っ取られてるわけでもないなら、結局は別人だ」

「くっ…正論すぎて言い返されへん……!!」


そんなやりとりの合間に、また鬼の傷は修復されるが、わたしの腕からは血がだらだらと流れて地面へと流れる


「…なんやお前の血…めっちゃええ匂いする」

「変態」

「変態ちゃうわ!!なるほど、稀血と見たで!!」


ペロリと舌舐めずりをする鬼に顔を顰めて鋏を構えるけれど、そろそろヤバいかもしれない
打つ手が無くなってきた…
日輪刀も持ってない戦い慣れてないわたしには意表を突いた攻撃しかできない
それに比べ鬼はなんだか殺る気まんまんになってるし


(だけど…生きることを、諦めるわけにはいかない!!)


顔を上げて鬼を睨みつけて鋏を構える


「ぜっっったいに!!わたしは!!勝つ!!!」


そう叫ぶと同時に鬼が切りかかってくる

一撃目は大振りで動きも読めた


(躱せる…!!)


身を捻り、爪を躱して地面に手を着けば、先程爪で抉られた腕が痛み、一瞬動きが止まる



「もらったでええぇぇ!!」

「!!」


その隙を見逃されるわけもなく、目の前に爪が迫る
が、次の瞬間


ザシュッ


鬼の腕が、飛んだ



「あ゛あ゛ぁぁ!!クソっ!!次はなんや!!」



無くなった腕を押さえて叫ぶ鬼を呆然と見ていれば、目の前に炎の羽織りがはためいた



「遅くなってすまない!!よく持ち堪えた、少女!!!」



もう日は落ちたというのに、輝きを失わず煌めく金髪に瞠目する


「あなたは、今朝の…」


「む、腕を怪我しているな。少しだけ辛抱してくれ」


彼はちらりとわたしを一瞥すると、刀を構えて鬼と向き合う




そこからは、あっという間だった



鬼が何か言葉を発する間もなく、その首は胴体から切り離された
じりじりと塵になって消えていく鬼を瞬きもせず見ていれば、ふいに体が浮いて身を固くする



「さて、手当てせねばな」


どうやら、彼に抱き上げられたみたいだ

現状を漸く理解すると、ハッとして顔を上げた



「あ、あの!助けていただいてありがとうございます!」

「構わん!」

「えっと、怪我をしたのは腕なので、わたし歩けますので下ろしていただければ…」

「構わん!」

「???」


下ろされるどころか、更にしっかりと腕が体に回り困惑する

ダメだ、日本語が通じていない


口端を引き攣らせ、小さくため息を吐く

何を言っても無駄だとわかり、大人しく運ばれることにした











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