あなただけのゆめ





あれから、自分の個性を伸ばすために、お父さんやお母さんの目を掻い潜ってあらゆるものを治癒していった
怪我をした鳥や仔猫を治癒したり、草花にも力を使ってみたらすごく元気になって庭が生い茂っちゃったからお母さんたちにバレないように頑張って草抜きした

そこでわかったことは、治癒の力は自分には効かないということだ
この前転んだ時に自分に使ってみたけれど、全然効いてくれなかった
なんてわたしに優しくない『個性』だ

あとは自分の涙とか汗にも治癒する成分が含まれているようで、自転車の練習で転んでズル剥けた勝己くんの足が痛々しすぎて泣いちゃった時に、涙が彼の足に落ちると見る見るうちに怪我がなくなったことで判明した
ということはわたしの体液全部が治癒の成分が含まれているんじゃないだろうか、なんて考えたけれど、怪我を舐めるなんてできないから唾液とか他の体液は調べたことない
それと一番の難点というか弱点は、一日に治癒できる回数は3回までという制限つきだったことだ
あとは軽い怪我などは完全に治癒できるけど、病気や大きな怪我は治りきらせることはできない
4回以上しようと試みてみたら頭痛と嘔吐がひどくて倒れたこともある
あの時はお母さんにこっぴどく怒られたなぁ、なんて考えながら微笑むお母さんに手を引かれて道を歩く



どうやら今日は出久くんの家に向かうらしい
お母さん同士でお茶会をするそうだ

出久くんと出会ったあの日から、お母さんと出久くんのお母さんの趣味が合うとかでよく遊びに行くようになった
たまにそこに光己さんと勝己くんも参加してみんなでわいわい遊ぶことも多いが、今日は爆豪家は家族でお出かけらしく、ぶすくれながら光己さんに手を引かれる彼を見送ったのはつい10分前のことだ
行く前に「うわきするなよ!」と散々言われたけれど、既に彼の中ではわたしが嫁になるのは決定事項らしい
苦笑いしか返せなかった


「名前、足痛くない?」

「だいじょうぶだよー」


最近勝己くんについて遊び回るようになったからか、体力がつくようになった
お転婆になったわね、と嬉しそうに笑うお母さんに、そこは喜ぶところなんだろうか、と内心思う



「ごめんくださーい」

「ごめんくださーい」


大きな団地に入り、お母さんがチャイムを鳴らしたので真似して続けて言えばバタバタと2つの足音が聞こえてきた


「いらっしゃい!」

「なまえちゃん!!」


満面の笑顔で迎え入れてくれた可愛らしい親子にきゅん、と胸を高鳴らせながら出久くんに手を引かれて中に入る


「おじゃまします」

「なまえちゃん!このまえのおーるまいとのとくしゅういっしょにみよう!!」


ニコニコと笑う出久くんの目は少し充血していて、泣いたのかな、なんて考えながら彼についていく
この前『個性』の診断に行くんだ!と張り切っていたことを思い出したが、開口一番にその結果を聞けなかったということは、きっとそういうことなんだろう
前の人生では、『個性』なんて超人能力なくて当たり前だったから、『無個性』が珍しいというこの倫理観、正直いまいちわからないでいる

何かあれば言ってくれるだろうと思い、今は彼と大人しくオールマイトの特集を眺める
それにしても見事な劇画タッチだなぁ、なんてぼんやりと思いながら見ていれば、出久くんがテレビを真っ直ぐ見ながらわたしの手をぎゅ、と握った
彼の顔を横目でちらりと見て、テレビのオールマイトへ視線を向けながらその手を握り返せば、嗚咽が聞こえてくる


「…なまえちゃん、あのね、あのっ」

「うん」

「うっ…ぼ、ぼく、」

「うん」

「む、『むこせい』、だった…!」


滝のように涙を流しながら、ぎゅう、と力が込められる手をもう片方の手でそっと握る
そのまま彼の方を見て、彼の言葉を待つ


「ぼく、おっ、おーるまいとみたいに!」

「ん、」

「ひーろーに、なりたい、のにっ…!!」


そのまま涙をとめどなく流し続ける出久くんへ体を寄せて彼の気持ちを受け止める

『個性』の持っているわたしが、彼に大丈夫だよ、なんて安易には言えない
たとえヒーロー向きでないこの『個性』であっても、あるのとないのとではワケがちがう
いつか出るよ、とか大丈夫だよ、なんて、言えないけれど…

徐々に落ち着いてきたのか、深呼吸をして涙を止めようとする彼の目尻をそっと優しくなぞる


「いずくくん」

「ひっく、うん、」

「きみは、あきらめるの?」


ヒーローに、なることを


とてもひどいことを、聞いているのかもしれない
けれど、これから彼はいやでも『無個性』と向き合っていかなければならない

じっとこちらを見つめる彼の瞳を覗き込む
戸惑ったように揺れるその瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた


「……」

「……」


一生懸命考えているんだろう
眉をきゅ、と寄せて黙り込む彼を無言で待つ


「…あ、あきらめたく、ない」

「うん」

「ひーろーに、なりたい…!!」


ばっと顔を上げてそう告げる彼の瞳は、もう先ほどのように揺れてはなく、ギラギラと光り輝いていた

…強いひとだ

そんな彼にほっとすると、へらりと笑ってぎゅ、と両手で小さな手を握りしめる


「それならわたしは、いずくくんのゆめを、おうえんする」

「なまえちゃん…」

「それは、いずくくんだけのゆめだ

だから、ぜったいに、あきらめないでね」


もしかしたらこれから、君の夢が笑われることがあるかもかしれない
けれど、赤の他人に人の夢を笑う資格なんてない
だから…君は、君だけの夢を諦めないでほしい

祈るように彼の手を握りながら瞼を伏せれば、その手をぐいっと引かれ、気がつけばわたしは、彼の胸の中にいた

ぎゅううう、と痛いくらいに抱きしめられ、苦笑いをこぼすとそのままその背中をぽんぽんと叩いた



これからの彼の人生に、たくさんの光がありますように


心の中で、そっと願った







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