きょうふとゆうき







敵、というものに、初めて出くわしたのは、お母さんと買い物に出かけた大きなショッピングモールでの出来事だった







「おかあさん、まだかうの…」


何度も着せ替え人形にされ、げっそりと項垂れるわたしにとてもいい笑顔で「あと一着だけ!!」なんて言うお母さんに仕方ないなぁ、と呟いて試着室に入る
たくさん服を買ってくれるのはありがたいけれど、そんなに箪笥に入りきらないよ…
シンプルな黒のワンピースを着てお母さんに声をかければ「やっぱり黒が似合うわね」って言いながら頷く様子に、ああ、これも買うのかとため息を吐いた


「さて、じゃあ服は終わったから次は今度の旅行の鞄でも買いましょうか!」

「え!まだかうの?かばんはいえにあるのでじゅうぶんだよ!」

「え〜せっかくだから新調しましょうよ〜」

「あれつかいやすいからきにいってるの!それよりもおなかすいちゃったよおかあさん!!」


必死に首を振ってレストランを指させば、仕方ないわねぇ、なんてため息をついてわたしの手を引くお母さんに、こっちがため息つきたいよ、なんて小さく呟いた






レストランの席に着いてパフェをもぐもぐと食べながら疲れきった体を癒しつつ窓の外を見る

ショッピングモールには、たくさんの人が溢れかえっていて親子やカップルがたくさんのお店を見て回る様子をぼーっと眺めた


「……」


ふと、あちらこちらに黒い服を着て帽子を目深に被っている人がちらほらいることに気づいて目を細める
なんだか鳩尾のあたりがもぞもぞとして嫌な予感が脳を掠めてレストランを見渡せば、レストラン内にはいなさそうでほっとする
ちらりと横目でお母さんを見て、お母さんの個性はなんだったかなぁ、と考える


(たしか、自分含めて4人くらいの気配を遮断することができる、だったかな)


ふむ、と唇に指を当てて使い道を考える
この嫌な予感が杞憂であればいいのだが、なんとも拭いきれない不安がある


「…おかあさん」

「なぁに」

「おかあさんの『こせい』って、けはいをけせるんだっけ?」

「えぇ、そうよ〜最近は頑張ると5人までは余裕よ」

「どんなふうにしたらはつどうするの?あたまのなかでおもうだけでできるの?」

「いいえ、こうして相手に触れて念じるとできるようになるのよ〜」


しめた

わたしの頭を撫でて『個性』を発動させるお母さんに内心ニヤリと笑う
今のわたし、最高に悪役(ヴィラン)


「じゃあいまわたしはけはいけせてるの?おかあさんも?」

「そうよ、だからいますみませんって店員さんを呼んでも来てくれないわよ〜」


ふふ、と笑って店員さんに声をかけるお母さんに気づくことのない店員さんを見て、すごい、と声を漏らすとお母さんは嬉しそうにニコニコと笑う

うまい具合にお母さんに個性を使ってもらったから、これでもしもの出来事が起きても大丈夫かな
なんて考えながらゆったりとソファーに背中を預ければ、ドカアアアアンという音とともに震度6くらいの揺れが体を襲う
思わずソファーにそのまますっぽりと沈んでしまい、突然の出来事に唖然とするが、レストランに響き渡る悲鳴にハッと我に返る
ぐっと体を起こして窓の外を見れば、嫌な予感が当たってしまったようで、さっきまで見ていた怪しそうな男たちが『個性』を使って暴れているのが見えた


「あれは…敵!!」

「…あれが…ゔぃらん…」


勝己くんと出久くんが、将来戦う相手

窓からじっと敵の動きを観察する
どうやら力の増幅や雷、体の一部をナイフに変えられる『個性』を持っているようだ
叫んでいる内容は聞こえないが、誰彼構わず攻撃をしてるわけではなく、ただ単に暴れているように見える
ぱっと見た感じ怪我人などはいなさそうだけれど、時間の問題かもしれない


「ヒーローは来てくれるかしら…私たちは危ないから、ここで待機しましょ」


たしかに、こんな子どもには何もできないし、ヒーローが来ても足でまといにしかならない
お母さんの言葉に素直に頷きながらも敵の動向から目を離さないでいると、レストランの扉が蹴破られる音と客の叫び声が耳に入り反射的にそちらに目を向ける


「死にたくなければ静かにしろ!!テメェらは人質だ!!」


…なんてこった

突然腕が銃になってる男が現れて、客を脅しながら奥の席へと集める
その動きに従いながらも、もしもの時のために使っていたフォークをポケットに忍ばせる

…それにしても、ここまで大規模とは思わなかったなぁ…
甘く見すぎていたかも

お母さんと一緒に大人しくそれに従っていれば、さっきまで隣の席に座っていた男の子がプルプルと涙目で震えていた
本当は泣きたいだろうに、頑張って耐えている彼を見ていると何とかしてあげたいと思ってしまう

でも、わたしの『個性』は治癒
怪我してからじゃないと発動できない『個性』なんて、役に立たない
せめて防御系の『個性』があればまだ守れたのにな、なんて思いながら彼の手をそっと握る
すると可哀想なくらい体が飛び上がり、バッとこちらを見る彼に(あ、今気配遮断してたんだった)と思い出した


「おどろかせてごめんね、だいじょうぶ?」

「お、おう」


しー、と指を口に当ててそう問うと、彼は戸惑いながらも頷く


「ぜったいに、だいじょうぶだよ。ひーろーがたすけにきてくれる」


握った手に力をこめれば、同じくらいの力で握り返してくれる
緊張と恐怖で冷たくなったその指先を暖めるように両手で包み込む


「きみは、もう『こせい』わかってるの?」

「うん、おれの『こせい』はかたくなること」

「からだを?」

「そう」

「そっか!すごくつよそうな『こせい』だね!ずっとつかうことはできるの?」

「ながいじかんはむりだ、かっぷらーめんつくるくらいならできるぜ」


なるほど、じゃあずっと使っておくといざというときに『個性』が切れる可能性があるわけだ
敵は銃を使うようだから相性はいいけど使い所を間違えたらアウト
狙われるとは限らないけれど、もしもの時に自分の身を守れるようにはしておいた方がよさそうかな


「わたしたちはこどもだから、ねらわれやすくなるかもしれない」

「えっ」

「けど、きみのそのつよい『こせい』なら、ぜったいにだいじょうぶ」


怖がらせたいわけじゃないけれど、いつでも最悪を想定して準備しておきたい
気配遮断しているわたしとお母さんの後ろにいれば目につくことはないだろうけど、さっきの嫌な予感が無くなったわけではない
油断せずいこう


「もし、もしもねらわれるようなことがあれば、いやなよかんがしたらすぐにきみの『こせい』をちからいっぱいつかって」

「…わ、わかった」


震える唇をきゅ、と結ぶ彼にへらりと笑って安心させるように体を寄せる


さて、ヒーローを待つ間、なるべくみんなに危険がないように慎重に行動をしなければ







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