ぬいぐるみより、近くに
「……さくらさん」
風呂から上がり、声を掛けた利吉に応える者はいない。起きて待っていたはずの彼女はベッドに横になり、すうすうと小さく寝息を立てながらぐっすり眠っていた。
その胸元には数日前に利吉が贈ったくまのぬいぐるみが大切そうに抱きしめられている。ぬいぐるみの耳のあたりにはさくらの頬が寄せられていて、唇がかすかに触れていた。
(……気に入ってもらえたのは嬉しい、が)
複雑な感情が利吉の胸の内に渦巻く。
ぬいぐるみに、しかも自分が贈ったものに嫉妬するなんて大人げないと思いながらも視線がさくらが抱きしめているぬいぐるみからどうしても逸らすことができない。
「君、ちょっと代わってくれないか?」
ほんの冗談で囁いたつもりだったが想像以上に声が切実で思わず苦笑してしまう。
もちろん利吉の言葉への返事はない。彼女は未だぬいぐるみを抱きしめたまま幸せそうに夢の中にいた。
利吉はそっとベッドに片膝をつくと、さくらの頬に触れた。
「……そんなに愛おしそうに抱いていると、妬いてしまいます」
込み上げてきた独占欲が思わず言葉に滲む。
そのまま利吉はベッドに横たわるとぬいぐるみを抱くさくらごと抱きしめて自身の胸の内に納めた。そして変わらず眠り続けるさくらに小さく笑みを溢し、ちゅ、と彼女の額に唇を落とした。
「唇へは、また貴女が起きているときに」
それはぬいぐるみへの小さな敗北と、利吉の小さな意地だった。
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