正論≒反論

廊下を歩いていると、突然後ろから勢い良く抱き竦められた。その反動で足が床から少し浮く。こんなことをする犯人は一人しかいない。それを確認しようと振り向くなり、当前のように口付けられた。目線を上げれば、そこには意地悪そうに笑う三木さんの顔がある。

「三木さん……」
「他の誰だと思ったんだ? お前は俺以外の奴にも、こんなことさせてんのかよ?」
「そういうことではなくて、こ、こういうことは、きちんと俺の許可を取ってからにしてください!」
「お前の許可ぁ?」
「だから、口付けて良いか訊いてくださいってことです」

そう言うと、三木さんは呆れた顔をして俺の身体から腕を離した。

「何だそりゃ、ガキかよ」
「三木さんの感覚がおかしいんですよ! こんな、誰に見られるとも分からない場所で、平気でしてくるなんて……」
「人がいねぇかの確認くらいしてるよ」
「信用出来ません!」

俺の反論に、三木さんは舌打ちをする。うるせぇな、と呟いたかと思うと、面倒臭そうに自室の方へと歩いて行ってしまった。
ぽつんと取り残された俺は、虚しい気持ちに襲われるばかり。三木さんは自分勝手過ぎる。いつだって俺の気持ちなんて無視して……それなのに、どうして嫌いになれないんだろう。
虚しい気持ちが悲しさへと姿を変え、俺は辛くて俯いた。

「おい」

床を見ている俺に、怒ったような声が飛んでくる。顔を上げると、声と同様に怒ったような表情の三木さんが、振り返って俺を見ていた。

「え、何ですか?」
「何してんだ、ついてこいよ」
「あの、どこへ……?」
「俺の部屋に決まってんだろ」

この人は、本当に勝手だ。「決まってんだろ」なんて言われても、そんなこと知るわけがない。
三木さんに聞こえないようにぶつぶつと文句を呟きながら、それでも俺は大人しく三木さんの後に続いて進んでいく。
部屋に着くと、襖を閉めた途端に口付けられた。
それから「あ」と小さな声で言って、三木さんがにやりと笑う。

「口付けていいですか、相馬さんよ」

それは、明らかに俺を馬鹿にした口調だった。
言外に「お前の頼みはきいてやったんだから、断るわけねぇよな」という圧力を感じる。

「だ、だめですよ!」
「はぁ? ここなら誰にも見られねぇし、確認もしてやってんだろうが」
「確認する前に、口付けたじゃないですか!」
「それは忘れてただけだ。思い出したから、いま訊いてやっただろ?」
「だから、だめなものはだめなんです!」
「断られんなら、確認する必要ねぇだろうが。おら、こっち向けよ」
「何で俺の気持ちを無視するんですか!」
「お前の気持ちを優先してたら、一生何も出来ねぇだろうが!」
「そ、そんなことは……っ」
「ならいつなら良いんだよ? 言ってみろ」
「それは……」

俺の本音は言えない。
三木さんに呆れられてしまいそうで、怖くて言えないんだ。

「ほら、お前のいうこときいてたら、何も出来ねぇじゃねぇか」

そう言って、三木さんはまた無理矢理俺に口付けようとする。それを手で制すると、明らかに不機嫌になった。

「そ、……うじゃ…………そうじゃ、ないんです」
「あぁ?」
「そうじゃなくて……」
「何だよ?」
「あの、俺は……こんなことをされたら、は、はなれ……」
「はぁ?」

はっきりと言わない俺に痺れを切らせたのか、三木さんが俺のほっぺたをぎゅっと引っ張った。痛い。

「言いたいことがあんなら、きちんと話せよ」
「はい。……俺は、三木さんに口付けられると、その…………離れたくなくなってしまうので、困るんです。だから、やめてください」

三木さんは何も答えない。
やっぱり呆れられてしまったんだろうか。武士を志しているくせに、こんな簡単に心を乱されてしまうなんて。
恐る恐る見上げた三木さんは、驚いた顔をしていたけれど、それからすぐに優しそうに笑った。

「なんだ、お前案外いやらしいんだな」
「えっ、どうしてそういうことになるんですか?」
「離れたくねぇってことは、もっと先のことまでしてほしいってことだろ? 手順を踏んでやって損したぜ、さっさと最後までしちまえば良かったな」
「な、何でそういうことになるんですか!」
「他にどういう意味があるってんだよ?」
「だから、俺は三木さんのことが……すごく、好きってことです」

三木さんが溜息を吐く。
俺はいやらしい男だった方が良かったのだろうか。そういう意味だったわけじゃないと知って、結局三木さんは呆れてしまったのだろうか……。

「お前何なんだよ」
「……すみません、こんなに好きになってしまって」
「あのなぁ、そこは謝るところじゃねぇだろ。そうじゃなくて、そんなに好きだってんなら良いんだよな?」
「え、何がですか?」
「今夜は俺の部屋に来いよ。口付け以上のこと、するからな」
「な、何で……」
「安心しろよ、ちゃんとお前にやっていいかどうかの確認はしてやるから。まぁだめだって言われても、するけどな。……今夜、来るよな?」

はい、と頷いた俺の声は小さかったけれど、三木さんが嬉しそうに微笑んだということは、聞こえていたんだろう。

2018.04.12
title/Lump様
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