月の味
長雨の続いた後の漸く晴れた日の夜、沖田さんに呼び出された。部屋に行き、促されるまま中に入れば既に飲んでいる沖田さんが座っていて、隣においでと言われて俺も近くに腰掛けた。
「一緒に、月を見ようよ」
「はい」
差し出されたお猪口からはお酒の香りがする。
直ぐに口を付けようとして、躊躇した。今日は近藤局長が忙しかった為に俺も忙しくて、殆ど食べ物を口にしていないことを思い出したからだ。
今飲んだら一瞬で酔いが回ってしまうかもしれない。
そんな俺に気付いたのか、沖田さんがお饅頭も勧めてきた。
遠慮無く頬張り始めた俺の隣で、今日の月は綺麗だねと沖田さんが笑っている。お酒も美味しいし、と満足気だ。
月を見ようと言った割に、沖田さんの興味はお酒に向かっているようだった。
俺の視線はそんな沖田さんに注がれて、やっぱり月に向いていない。それにお饅頭もとても美味しいし。
……今度はお饅頭の方に意識が向かう。
もぐもぐと一心不乱に食べている俺を、唐突に沖田さんが咎めた。
「相馬君、僕は月を見ようって誘ったんだから、食べてばっかりいないできちんと月を見なよ」
「あ、そうですね、すみません」
お腹が空いていたなんて言い訳をしたら、また怒られるだろう。
それでなくとも俺が近藤局長の傍に居ることを沖田さんは余り快く思っていないようだし、忙しかったなどと言おうものなら「自分の無能さを棚に上げないでよ」くらい言われてしまいそうだ。
残りのお饅頭を置いて、俺は空を見上げた。
月はとても綺麗で、まんまるで……。
「月って、お饅頭みたいな形ですね」
思わずそう言ったら沖田さんに溜息を吐かれた。
ちょっと食べることから離れなよ、と仕舞いには怒られたりして。
もう一度謝って再び月を見る。一度真面目に見始めたら今度は月から目が離せなくなって、片手に持ったままだったお猪口の中身が所在無げにゆらりと揺れた。
不意にまた沖田さんが怒る。
「ちょっと、どうして月ばっかり見てるの? 僕のことも見たら?」
「え?」
思わず沖田さんの方を見れば随分と距離が詰められていて、「やっと見た」と笑った沖田さんにされた口付けは、日本酒の甘い味がした。
2016.05.26