未来嚥下

仕事の成功のお祝いだとかで、この日は屯所内でかなりのお酒が振舞われていた。
僕は呼ばれていた訳ではなく、偶々トシさんに用事があって来たら飲み会が始まっていて、ついでだから少し飲んでいけと誘われた。
トシさん達の楽しそうな表情を見て、では少しだけと付き合ったものの、やはり僕は新選組ではないから一緒に飲み続けるのは気が引けて、そろそろ帰ろうと思って腰を上げた。
その時だった、お酒の匂いのする相馬君に「申し訳ありませんが、厠まで連れて行ってもらえませんか」と胡乱な目で頼まれたのは。
僕が返事をする前に、ふらりと覚束ない足取りで一歩こちらに近付いてくる。危なっかしくて堪らない。

「大丈夫かい? 厠だね、こっちにおいで」

そう言って彼の手を引いた。
相馬君は「すみません」とやや舌足らずに呟いている。
廊下の角を曲がると、飲んでいる隊士達の喧騒が遠くに聞こえて、そんなに離れた訳ではないのに随分と静かな場所に来た気がした。

「相馬君、厠に着いたけど……」

そう言って振り返ると、相馬君の顔が近付いていた。
驚く間も無く引いていた手が離され、彼の腕が僕の首に回される。それから吐息のような声でいばさん、と囁かれた。

「相馬君……?」

何が起きているのか分からず相馬君を見ていると、熱っぽい目で僕を見上げてくる。彼は酔っているのだと、頭では分かっているのに――僕は思わずその背に腕を回してしまっていた。
廊下に差し込む月明りに照らされた相馬君の髪が、肌が、潤んだ目が、この時の僕の理性を何故だか揺らがせたのだ。

「どうしたの、酔っているのかい?」
「酔って、ないです……」

僕の質問に、酔っている人間の常套句が紡がれて思わず笑ってしまった。
何笑ってるんですかと、相馬君の顔が更に近付いて、僕は触れそうな距離の相馬君を嘘で諭す。

「僕も少し飲んだから、酔ったのかもしれない……だから相馬君、いまから僕がすることは、忘れないと駄目だよ」

それだけ言って、返事も待たずに口付けた。
相馬君が小さく呻く声が喉奥から聞こえたから、その声毎飲み込むように深い口付けをする。
顔を離すと相馬君の頭がふらりと揺れて、それから「俺は、貴方になりたいです……」と泣きそうな声音で呟かれた。

「え?」

問い返した時にはもう、相馬君はぐったりと僕に倒れ込んで寝息を立て始めていた。
この状況から、僕にどうしろと……

仕方なく相馬君を抱えてトシさん達の居る部屋へ戻った。相馬君をトシさんに預けて僕は屯所を後にする。
帰り道に見上げた月は何だか朧で、明日は雨になりそうだなと思う。雨が降ったら屯所には来ない。そこまでの用事は無いからだ。

あぁだけど、どうにか用事を作りたい。
酔いから醒めた相馬君が、さっきのことを覚えているのか確認したい。もし覚えているなら、最後の台詞の意味を知りたい。
忘れろと言ったのは僕なのに、覚えていて欲しいと思うのは勝手だろうか。

千鶴ちゃんを守りたくて顔を出していたのに、今度から目的が変わってしまいそうだ。けれど、それも悪く無い。
千鶴ちゃんはトシさんに惹かれているようだし、僕は千鶴ちゃんの幸せを応援出来る男でありたいから。

相馬君の存在はきっと僕を、僕の目指す僕にさせてくれる気がするんだ。

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2017.03.14 - 2017.04.11
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