何も知らないのは、僕

 相馬君と恋仲になってから、先に進むまでは思いの外早かった。けれど相馬くんのそこは、まるで僕を拒むかのようになかなか解れてくれずにいる。僕達は頻繁に会えるわけでもないから、数少ない逢瀬の合間に慣らすことは難しくて、結局未だに身体を繋げるまでには至っていない。
 それでも諦めずに逢い続けて今日、やっと指が二本まで入った。けれどそれだけでも相馬君は凄く苦しそうだ。

「相馬君、今日はここまでにしようか」

 相馬君の身体の負担も考えて提案したのに、彼は泣きそうな表情になって嫌ですと言った。

「でも、苦しいだけで気持ち良く無いでしょう? 僕は相馬君にそんな顔をさせたいわけじゃないから」

 好きな子に辛い思いなんてさせたくない。かといって、こういった行為をしなくても満足だと思えるほどには僕も大人じゃなくて。だからせめて相馬君の負担が大きくなり過ぎない速度で、関係を進めていきたいのに。相馬君は、僕がその程度も待てない男だと思っているのだろうか。

「違っ、……俺が、もう待てないんです」
「え? 待てないって、どういうこと?」
「だから…………伊庭さんと、その、……つ、つな」
「綱?」

 綱とは何だろう。まさかそれを使って、縛ってほしいとでも言うのだろうか。僕にはそういう趣味は無いし、相馬君だって男女問わずに経験自体が無いと言っていたから、そんな趣味があるとも思えない。脈絡の無い単語に、僕の脳内には疑問符が浮かぶばかり。
 相馬君は薄暗がりでも分かるほど顔を染めたまま、何かを言おうと口を開くのに、結局何も言わずに終わる。

「どうしたの? 何かして欲しいことがあるなら、可能な限り応えるつもりだけど」

 それが例え「縛ってほしい」というものであっても、相馬君がどうしてもというのなら……そう覚悟をしていた僕に、ようやく相馬君が言った。小さくて消え入りそうな声で、「伊庭さんと、繋がりたいです」と。
 その為の準備で恥ずかしい姿を何度も見せているくせに、どうしてそんなことを告げるのが恥ずかしいのか。相馬君の照れる基準が分からないけれど、そんなところも可愛らしいと思う。

「そう思ってくれるのは嬉しいけど、君に痛い思いなんてさせたくないから」

 だから無理をしないで、と続けるつもりだったのに、相馬君が今度は大きな声でまた「嫌です」と言う。

「痛くてもいいから、お願いします」
「どうしたの、何かあった?」
「このままでは俺は、自分を嫌いになってしまいそうなので」
「えっ、どうして?」
「だって……いつまでも出来ないのは、俺のせいですよね」
「そんなことは無いよ。本来そういうことに使う所じゃないんだから、簡単にいかないのは当然なんだし、僕の技術力が足りないのかもしれない。だから君だけのせいだなんて、そんな風に考えないでほしい」
「でもっ……でも、俺は」

 相馬君はそこで一拍置いてから、僕の目を真っ直ぐに見て言ったのだ。

「貴方が、好きです」

 視線と同じくらい真っ直ぐなその言葉が、僕の胸を打つ。あまりの愛しさに、心が決壊してしまいそうだ。言葉に出来ない感情のせいで、息苦しささえ覚える。
 彼を見つめ返すことしか出来ずにいる僕に、相馬君が続けた。

「伊庭さんと離れている時、俺はまた出来なかったという後悔ばかりしていているんです。だから痛くてもいいので、どうか今夜……」

 その申し出に、言葉ではなく口付けで了承を告げる。我慢など出来なくて、相馬君がうまく息継ぎが出来ずに噎せてしまうまで、激しい口付けを繰り返してしまった。
 その間も相馬君に挿入していた指を動かしていたけれど、相変わらずきついままだ。だけど相馬君が恥ずかしそうに目を伏せて「もう、挿れて下さい」だなんて可愛いことを言うから……。

「ごめんね、辛いと思うけど、僕ももう限界だから」

 指を抜いて、そこに自分のものをあてがった。体重をかけて、相馬君の中へと無理矢理押し込んでいく。
 予想に反して、先端はすんなりと挿入出来たものの、安心したのも束の間、そこから先になかなか進めない。相馬君も苦しそうに呻くから、罪悪感が湧いてくる。やっぱり無理なんてさせるんじゃなかった。だけど抜いたら抜いたで、それもきっと相馬君を傷つけてしまうだろう。けれども、問わずにはいられない。

「相馬君、大丈夫? やめようか?」
「それはっ、嫌、です……!」

 そう言うと思っていたから、間髪を入れずに相馬君の腿を持ち上げ、また体重をかけた。けれどきつ過ぎて、どうしても先に進まない。

「相馬君、もう少し力を抜けるかい?」
「……無理っ、で、す」
「そうだよね……じゃあ、僕に抱き着いてみて。ぎゅって、強く」

 上半身の方に力が入れば、多少なりとも下半身の力が抜けることを期待して提案してみた。相馬君は素直に僕にぎゅうっと抱き着いてくる。
 これは功を奏して、ようやく少し挿入が深まった。でもまたすぐに止まる。きつ過ぎて、相馬君も苦しそうだけれど、僕も痛くて汗が出てくる。仕方がないので、そこで抽挿を始めた。最初はゆっくりと、相馬君の表情を確認しながら。
 相馬君の口からは、喘ぎではなく苦しさを逃すような息だけが吐き出されている。どうにかしてあげたいけれど、どうにもしようがなくて、ただただゆっくり腰を動かし続けることしか出来ない。

 互いの余裕の無い息遣いが部屋に充満する。だけど時間と共に、少しずつ相馬君の深い場所へと僕の身体が進んでいっているようだ。それでも半分までが限界だった。だからその部分だけで抽挿を繰り返していると、ようやく相馬君の息に快感が混じり始める。僕も、気持ちが良い。
 最初こそ相馬君の表情の確認をしていたけれど、無理な体勢にならないよう、途中からは相馬君の身体にばかり気を取られていて、顔を見ていなかった。それに気付いて相馬君の表情へと目を向けると、ぎゅっと瞑られた目から涙が溢れている。
 慌てて顔を近付けて、涙を舐めると相馬君が驚いて目を開いた。綺麗な目だな、と思う。そのままこの瞳に吸い込まれて、ひとつになれたら良いのに。

 相馬君は僕と目が合うと、腕を伸ばして僕の頭を引き寄せた。そうして僕の唇へと口付けてくる。相馬君の方からしてくれたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
 思わず舌を絡めると、相馬君がそれに応える。繋がる口から熱が灯って、全身を巡っていく。相馬君の身体も少しだけ弛緩したようで、僕との繋がりが更に深まった。
 口を離すと、相馬君が真剣な表情で言う。

「もっと、酷くして良いです」
「そんなことは出来ないよ」
「でも、俺は伊庭さんに、気持ち良くなってもらいたいんです」
「僕だって同じだよ、相馬君に気持ち良くなってもらいたい」

 その後は、互いに「気持ち良くなってもらいたい」の応酬となり、埒が明かなかった。仕方がないので、相馬君の望みを少しだけ叶えることにする。勢い良く突き上げて、相馬君が悲鳴のような声を上げても構わずに抽挿をしていく。
 きっと少しすれば「やめて下さい」と言われると思っていたから、遠慮なく攻め立てた。なのに予想に反して、徐々に相馬君の声が甘みを帯びてくる。

 とうとう僕のものを根元まで挿入することは出来なかったけれど、それでも僕は相馬君の中で快楽を吐き出したし、相馬君も触ってもいないのに熱を吐き出していた。
 荒い息を整えながら、こんな抱き方をしたかったわけではないのに、という悔しさと、相馬君の自己犠牲を伴うような献身的な態度への苛立ちが混じり、僕の感情が尖り始める。だから少しだけ意地悪をしたくなってしまったのは、仕方がないことなんだ。

「相馬君、初めてなのに後ろだけで達したんだね。そうそう出来ることじゃないみたいだけど」

 こう言えば、きっと相馬君は恥ずかしそうに目を逸らして、淫らな自分を反省して、僕に謝罪を述べるものだと思い込んでいた。けれど相馬君の返事は、僕の予想の範囲を超えるものだった。

「伊庭さんが楽しそうだったので、嬉しくなってしまって」
「僕が? 楽しそう?」
「はい……格好良かったです」

 僕は終始優しくあろうと努めていたし、行為が終わった後の彼の負担も最小限になるよう気を付けていたつもりだった。それなのに、相馬君の目には僕が相馬君を犯すことを楽しんでいるように見えていたなんて……。
 途中から快楽が強まった記憶はあるから、その時にもしかしたら無意識に楽しんでいたのかもしれない。それはまるで人ならざるものになったようで、自分にぞっとする。
 だけど本当に怖いのは、相馬君の方なのかもしれない。僕の手を掴み、優しくその手を自分の頬に当てて、幸せそうに言ったのだ。

「次は、もっと酷くしてほしいです」

お題/Lump様
2019.07.27
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