嫉妬*
気付いたのは偶然だった。相馬という小姓の、近藤局長を見る目に憧れ以上の物が含まれてることに。
いや、気付けた理由は分かっている。俺自身が兄貴をそういう目で見ているから、俺と同じ目をしたあいつが気になったんだ。
よぉ、と言って相馬の肩を抱く。
お前、局長のこと好きなんだな。脅すような口調でそう囁くと、一瞬肩を震わせたものの、直ぐに普通の表情になって「はい、尊敬しています」とこいつは答えた。
「隠すなよ、尊敬だけじゃねぇんだろ?」
「どういう意味ですか?」
「もっと深い仲になりてぇだろ、ってことだよ」
「そんなこと……」
困ったように目を逸らす相馬が面白くて、俺は思わず笑っていた。
「協力してやるよ」
「え?」
「局長を落とすのに、協力してやるって言ってんだよ」
何故三木組長が? と不審がる相馬を引き寄せ、声を潜めて耳打ちする。
「お前が上手くいったら、俺の方にも協力してくれよ」
「三木組長も、どなたかお慕いしている方がいらっしゃるんですか?」
「そうだよ、誰にも言えねぇ相手だから、秘密にしてくれる奴にしか頼めねぇんだ」
そう言うと漸く合点がいったようで、相馬は「分かりました」と頷いた。澄んだ目だった。
俺の部屋に連れ込んで、機会を活かせるように練習しろよと言ってみる。
「どういう意味ですか?」
「局長はあんなだからな、色仕掛けに弱いんだ」
「っ、局長は、真面目な方で!」
「分かってるよ、だからだろ? 真面目だから色仕掛けに弱いんだよ」
馬鹿だな、お前。そう言って笑うと、俺には出来ませんとぬかしやがった。
「ならお前は局長が他の誰かのものになるのを指を咥えて待つんだな? 分かってるとは思うけど、沖田だって局長を好きな一人だからな。お前、沖田に勝てんのか?」
「沖田さんが……」
相馬の表情が硬くなった。
身近な人物の名前を聞いて、一気に現実感が湧いて怖くなったんだろう。
「沖田さんのことも、尊敬してますけど……」
強張った表情でそう言いながら、考え事でも始めたのか相馬が言葉を切った。
少しの間を置いてから、相馬が俺の目を見て言った。
「でも、局長には俺自身を好きにってもらえるように、頑張りたいと思います」
はっきりと、そう言い切ったこいつの目は本当に綺麗だった。
その瞬間、俺の中に真っ黒い感情が湧いた。
俺だってずっと好きな人が居るのに、お前よりずっとずっと前から好きでいるのに、同性だし兄弟でもあるから必死に自分の気持ちを押し殺してきたんだ。
お前だって男同士だなんて知られたら、周りからどんな目で見られるかくらい分かってるんだろ? なのにどうして迷わずそんなことが言えるんだ。
「なら、練習するよな?」
そう言った時の俺の顔は引き攣っていなかっただろうか。いや大丈夫だろう、相馬は疑いもなく「そうですね」と答えたのだから――
「そんなんじゃ近藤局長は落とせないんじゃないか?」
挑発すれば「分かってますよ」とこいつにしては珍しく、拗ねたように言って俺の上で相馬が腰を振る。
目を瞑っているのは、この行為を局長としているものだと脳内で掏り替える為だろう。
事実、動きの合間に吐き出された息と共に「こん、ど……さん」と漏れてくるか細い声が、俺の存在を無視していた。
俺も目を瞑り、今俺の上で動いているのが兄貴だと考えてみる―――駄目だ、多分兄貴はこんなことしない。
相馬の方は擬似的な満足感を得られているのに、俺は無理だなんて不公平じゃねぇか。それともこれは、相馬を貶めている罰なのだろうか。
不意に声が掛けられた。
「三木組長、気持ち良いですか?」
「えっ?」
「俺の動きですよ、気持ち良いですか?」
「まぁ、良いは良いけど、それじゃイケねぇな」
俺の言葉に相馬は「もっと速く動いた方が良いんでしょうか」と独り言を呟いた。途端に相馬の動きが激しくなって、俺の方が変な声を出してしまう。
相馬から汗が滴って、吐かれる息は眩暈がする程湿っていて、心臓が締め付けられるくらいの快感がせり上がって、あぁこんなことをしているのに、何で俺達はお互いを好きじゃないんだろうな。
行為が終わると相馬は「どうでしたか?」と必ず訊いてくる。
多分局長がこんなことをされたら、少なくとも身体の方は簡単に陥落するだろう。言いたかないけど、日を追う毎にこいつの具合は良くなっている。だけどまだ自信なんて持たせたくない。
「まぁまぁってとこだな」
「そうですか……」
それじゃもし機会があってもまだ落とせないですね、と小さく呟いた相馬が俺に興味を持つことはない。呆気無く去って行く後ろ姿に、未練だって感じられない。
相馬が去った後、部屋で寝転がる俺の瞼に浮かぶのはやっぱり兄貴で、俺自身の気持ちにも迷いなんて無い。
あんなに一生懸命に生きてるあいつの幸せを、願ってやれなくて悪いとは思う。
だけどまだ駄目だと思わせて、相馬が局長を口説く機会をこの先も奪い続けていきたい――俺は、お前の真っ直ぐさに嫉妬しているから。
兄貴に軽蔑されるのが怖くて堪らない俺の前であの日、同性という枠を簡単に飛び越えて、諦めないと言ったお前のその強さが羨ましくて、同時にとても憎らしかったんだ。
2016.03.30